夢の続き
放課後、鈴埜さんは軍の送迎車に乗って施設に帰っていった。
リュウカは道の途中でこっそり透明な状態から姿を現し、僕と共に家路についていた。
飛行機雲が伸びている。僕が空を飛ぶ時も、あんな雲が出ているのだろうか。
室長と話した時に言われたことが、まだ頭の中を巡っている。
今現れている超竜だって、元を正せば宇宙人が送り込んだ秘密兵器だ。基本種と呼ばれるウミガメも、宇宙人が海に種をばらまいて生まれたものでしかない。
地球人と宇宙人はいがみ合った。それこそ今、誰も侵略してこないのが不思議なくらいに父が戦っていた頃は激戦の連続だった。
僕はこっそり横を歩くリュウカを見た。昼のことはもう忘れているのか、明るい表情で歩いている。
僕はどうして、あんな言葉を気にしてしまったのだろう。自分でもよく分からない。ただ父が不幸なまま死んだという僕のイメージがぐらつき、今までの自分が何だったのだろうと思い返すことはある。
「なあ、リュウカ」
僕は青が変わりつつある空を見上げ、呟いた。リュウカがきょとんとしたまま僕にその翠の目を向けてくる。
「パッシブ星に帰りたいとか、仲のいい友達のこと思い出したりしないの?」
僕の突然の質問にリュウカは小首を傾げた。だがすぐに柔和な顔つきで僕に確かな声で答えた。
「少しは思います。向こうにも友達はいますし、慣れた場所ですから」
「そうだよな」
「でも、ここへ来るって選んだのは自分です。それにこうやって自分で来なかったら雲雀さんにお会いすることは叶いませんでした」
リュウカはにんまりとする。僕と出会えたことはそんなに幸せなのだろうか。僕は後ろ髪を少しかきむしって、また訊ねた。
「パッシブ星ってどんな感じなの」
「どんなっていうと……?」
「いや、地球っていうかここら辺と比べてなんか違うとか、そういうの」
リュウカはしばらく考えた後、ぽんと手を叩いた。
「地球に比べてごはんがあまりおいしくありません。卵は雲雀さんのところで食べさせてもらえる奴の方がおいしいです!」
お前の気にするところはそこかと僕は呆れた。しかもリュウカに出している卵はスーパーの特売品でお高い奴ではない。それでもリュウカをしてあまりおいしくないと言わせるのだから、日本人の口に合わないことは想像に難くない。
「でも機械とかは向こうの方が発達してます」
「じゃなきゃギアとか作れないよなあ」
「まあ、そこが基幹産業ですから」
「死の商人?」
「違いますよぉ。パッシブ星でギアとか作ってる人達は、みんな怪獣の脅威から他の星を救うんだって気持ちをこめて毎日生きてるんですよ」
そう告げるリュウカの目は輝いていた。そのリュウカも、いつかロボット作りに挑みたいと言っている。もしそうなったら、リュウカも自分自身の告げた驚異から人々を守るための希望の光に変わるのだろうか。
「雲雀さんは――」
リュウカがおもむろに顔を上げ、僕を見つめる。静かに視線を返すと、リュウカはか細い声で質問してきた。
「やっぱり、ロボットが嫌いなんですか」
難しい質問だった。僕は口を真一文字に閉じてから、首を縦に振った。
「苦手だよ、どうしても」
「お父様のことを恨んでるんですか?」
その質問には首を横に振って答えた。
「正直、そこらへんはよくわかんない」
「そうですか。それでも私は、SP1が大好きです」
リュウカがまぶしい笑顔で僕を励ます。一文字を描いていた僕の唇の両端が、上向きになった。
「今日さ、思ったんだ」
「何をですか?」
「神嶋室長来ただろ。その時に宇宙人が僕の父さんを殺したことを忘れるなって」
「確かに……そうですけどね」
「でもさ、リュウカを見てて分かったことがあるんだ」
「え?」
「鈴埜さんだってSP1が好きだし、リュウカだってSP1が好きだ。違う星で生まれて違う生き方してるのに、同じことを言ってる。そこに違いなんてないんだって、ようやく分かったんだ」
うつむき気味にぽそぽそ喋る僕はきっと自信なさげに見えただろう。それでもリュウカは僕の手を取り、前にぴょんと飛び出した。
「軍人女もそうですけど、好きっていう気持ちに宇宙人とかそういうのって関係ないんだって、私はそう思ってます」
「そうだよな。だからリュウカが地球に来て、みんなを助けてくれてるんだって僕は知ってるから」
褒めるように素直な言葉をはくと、リュウカは照れたのか横を向きながら体をもぞもぞよじらせた。
「お前の夢、叶うといいな」
「それは……その、前にも言ったとおり私だけじゃどうにも出来ない問題です」
「だから叶うといいなって言ったんだよ」
「わ、私のことなんてどうでもいいんです! 雲雀さんは英雄たる人間にならなければいけません。軍人女をたぶらかすくらい平気でしないと」
そういうのは僕のキャラじゃない。そう言ってもリュウカは納得しないだろうなと思うと頭が痛くなる。そもそも多少親しくなったとはいえ、相手はあの鈴埜夕陽だ。どこにそう付け入る隙があるのか。その想像力の欠如に、痛くなった頭が三倍ましで締め付けられるようだった。
「まあ、リュウカも鈴埜さんもみんな心配してるから、早くSP1が戻ってくるといいけどな」
「確かに……それは重要ですね」
「ただSP1が戻ってくるより、超竜が出てくる方が先だと思うけどね」
「雲雀さん、大活躍してこの国の人間を驚かせてやって下さい! 絶対にゼロエックスに手柄を譲っちゃ駄目ですよ!」
そこまで釘をさすかと唖然とするが、リュウカの目は真剣そのものだ。
でも僕は、超竜を自分の手で倒したいと思っている。
一人でずっと僕を支えてくれたリュウカに、せめて報いる方法があるとするなら、リュウカが運んできてくれたギアで戦果を上げることだ。
僕に出来るだろうか。
でも僕は不安を顔に出すことが出来ない。そういった喜怒哀楽を、リュウカはすぐに見抜いてしまう。
「夕飯、何にしようか」
僕がリュウカに訊ねると、リュウカは「前に料理屋さんで食べたのみたいなのがいいです」と調子のいいことを言ってきた。
当然すぐに却下を出したが「ちょっとくらいいいもの、今日は食べるか」と笑った。
超竜を倒したあとのことがまだ見えない。
僕はかすれていく飛行機雲を見て、目を閉じた。




