ENJOY余生
肩の力を抜いて寛大な気持ちで読んでみてください。
ふざけきったギャグ小説です。
待合室の硬いソファに座りながら、そこのテレビで「開運なんでも鑑定員」を眺めていた。
相変わらず鑑定品の説明が長い! どうでもいいんだよそんなことは! さっさと値段を教えろ! 本人評価格百万円だって? そんなにするワケないだろ、そのボロい壺が! どうせ二千円だよ! いいから早く値段を教えろ! 黙ってろ今*耕司!
などと脳内で叫んでいたら隣に座っていた爺さんにブン殴られた。声に出してたらしい。
「中園さーん、中園洋太さーん」
と、名前が呼ばれた。僕の名前である。
ああ、まだ値段が発表されてないのに……
僕は後ろ髪を引かれる思いで診察室に足を運んだ。隣に座っていた爺さんがニヤニヤしている。あいつ後で殴る。
扉を開くと、茶髪の若造――なんだこんな冴えないやつが医者かよ――が待っていた。どうぞお掛け下さいと言われる前に僕はマッハで椅子に腰掛けた。フッ、勝ったな……。
「どうも医者の赤倉です。今日はどうされましたか」
医者がバタ子さん並に高い声で訊いてきた。外見と声が全く合っていない。
もうちょっと考えて声優選べよ……と思ったが僕は大人なのであえてツッコミをいれずに症状を話すことにした。そう、僕は超おっそろしい病魔に侵されているかもしれないのだ!
「実はですね」僕は椅子に深く掛けなおした。医者はごくりと唾を飲んでいるに違いない。「お腹がすくんです」
ああ、言ってしまった。このおそろしい未曾有の脅威を!
「お腹がすく?」
医者が信じられないといった顔で訊きなおした。
「そうなんです。しかも一日に三回もすくんです」
医者は、ううむ……と唸りながら顎に手をやった。
「三回、というと……いつ頃すくんですか」
「まず朝ですね。起きたあとはいつもお腹がすきます。それからお昼です。正午を過ぎる頃には必ずといっていいほどお腹がすきます。……しかも、それから夜にまでお腹がすくんです。二十時ぐらいにはもう、ぺこぺこなんですよ!」
「それは困りましたね」赤倉先生はパソコンのモニターを真剣そうな顔で見ながら言った。「じゃあお薬出しておきますね、この薬でお腹はすかなくなるはずです」
「まだ症状があるんです」
「うるせーなもういいよ早く帰れバカ」
何やら赤倉先生が気になることを口走ったような気がしたが僕は無視して話すことをした。すう、と深呼吸する。
「実は……眠くなるんです」
「眠くなる?」
「そうなんです。それも毎日です」
「大変なんですねえ」
「毎日ですよ! 毎日、夜の十二時あたりにはもう眠くなって、いつの間にか寝ちゃってるんです! そしてそのまま……朝まで目が覚めないんですよ!」
「ははあ」
医者はモニターから目を離さずに頬杖をついた。
「じゃあお薬出しておきますね。……さっき出した薬でいいや。これで眠くもなくなります。このクスリさえ使ってればよくなりますよ」
医者はあくびをしながらそんなことを言っていたが、僕は騙されなかった。
「ふっ、赤倉先生……隠しても無駄ですよ」
「はあ?」
「僕は、もう……長くないんでしょう」
医者は面食らったようだ。かなり驚いた顔をしている。
が、すぐにメガネを掛けなおし、真剣な表情に戻った。
「どうやらご自分で分かっていたようだ」
ああ、やっぱり!
そうじゃないかと思ってたんだ、こんなに色々体に異常が出て……
「先生、どうか正直に教えてください。……僕は、あとどれぐらいなんですか」
医者はハンカチで汗を拭うと、喉から声をしぼりだすように言った。
「百歳まで生きられるかどうかは保証できないです」
な……なんということだ……!
僕は愕然とした。
病気が重いことは何となく分かっていたが、まさか百歳まで生きられないとは――
「ですが症状を和らげるだけならできます。それがこの覚せいざ――薬なのです。こいつがあれば眠くもならないお腹も減らないで病みつきになりますよ。ちょっと待ってください、今処方箋書きますから」
そう言って紙にボールペンで処方箋を書き始めた。ってちょっと待ってよ、今処方箋を手書きしてるってことはさっきまでパソコンで何やってたんだこの人。
「お、やった感想きてるぞ。なになに、『クソ小説乙 二度と書くな』だって? ふざけんなよ」
何だか分からないけどぶつくさ言ってる医者をシカトして僕は診察室を出た。
待合室にはさっきの爺さんがまだ座っていた。
どうしても気になっていることがある。
「鑑定結果、いくらだったんですか」
爺さんはにんまりと笑い、
「十億円だと」
なんてこった!
そんな歴史的瞬間を見逃したのか僕は! 最悪だ、死にたい……。いやいや自殺するまでもなく僕はあと少しの命なんだ、落着け。だいたい予約録画してあるじゃないか。
僕は、薬局で薬をもらいながらこれから先の短い人生について考えをめぐらせていた。
百歳まで生きるかどうか保証は出来ないなんて――いくらなんでも酷すぎる!
僕は絶望的な気持ちで湘南の海を泳いでいた。
相変わらずこんな黒くて汚い海が評価されてる理由が分からない。やっぱ海といえば南伊豆だよね!
と思っていたら大波にのまれた。
バカにしすぎて湘南の海に怒られたのか……
江ノ島に打ち上げられた僕はふらふらと散歩していた。そもそも何で泳いでたんだ、僕は。
うっ、お腹がすいてきた……そろそろ死ぬかもしれない。
でも今回は薬があるんだよな、大丈夫だ。そう思い、注射器を……あれ?
しまった! 波にのまれて失くしてしまったんだ! ……なんということだ……。
とりあえず何か食べないと死んでしまう。海の家でサザエでも食べよう。
「すいません、サザエ一つ」
「はい、四百円になります」
出てきたのは若くて可愛い女の子だった。天使みたいに可愛い。死ぬ前に一度、この人と描写できないようなことをしたいなあと思った。
「しかし四百円は高いですね、負けてもらえませんか」
「はあ」
「百五十円ぐらいになりませんかね」
「いやあそれはちょっと……せめて三百円とか」
「二百円で!」
「大負けに負けて二百五十円」
「いや、二百円!」
「しょうがないなあ、負けました。二百円でお売りしましょう」
なんて優しい女の子だ!
本気で結婚を考えた僕だが、よく考えたら一円も持っていなかったのである。
ということを話したら左フックからの右ストレートでKOされた。
ダメだ、今ので完全にトドメだ。僕はもう…………死ぬ。
意識が遠のいていく…………百歳まで生きたかったなあ…………。
こうして僕、中園洋太、九十四歳の生涯はここに尽きたのである。
最後まで読んでくださり誠にありがとうございました。
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