ネガティブなときこそポジティブに
「………寝れない」
選定の儀が言い渡されたら、パーティは終わる。様々な人が様々な思惑を抱えて自国に帰っていく。
それは自分も例外ではなく私はすぐに離宮の自室に帰った。
慣れないパーティに疲れたので、すぐ寝るつもりだった。ルーエにはすでにそう伝えており、この私室には今私しかいない。
しかし、まったく眠くない。むしろ目がギンギンする。
しばらく寝返りを繰り返してからむっくりと起き上がった。何か飲んでこよう。ルーエはいないけど、紅茶くらいなら私にだって淹れられる。
私室についている比較的小さな台所へ向かった。
紅茶の種類を眺めてみる。そこに書いてある名前は、どれも私にはなじみのない物だ。前世の頃もよく紅茶を飲んでいたが、この世界と同じ名前を見かけたことはない。紅茶という言葉は通じるのにね。
とりあえず、適当に手を伸ばして触れた瓶を手に取った。
暖かい紅茶を飲むと、寒い外気にさらされていた身体が幾分か温まったように感じた。
けれども、私は眉を少し寄せた。
「やっぱりルーエのが上手いな…」
なまじ舌が肥えてしまったため、自分が作った物じゃ満足できない。昔は庶民舌だったのに。
ふと、カップに満たされた濃い飴色の液体に視線を落としため息がこぼれた。
この紅茶をよく好んでいたルヴェイトは、明日この国を立つ。きっとしばらく会えなくなるだろう。それは構わなかった。前に本人に言ったように、ここでずっと待ってるつもりだったし。もちろん、嫁に出されなければの話だけど。それにルヴェイトの旅に関しては、実はあんまり心配していない。
問題は、私の個人的な感情にある。
「お姉様…、起きてらっしゃる?」
恐る恐るかけられた小さな声に、私ははっと我に返った。珍しいなあ。やっぱり、ルエーナも不安なんだろう。かなり慌ててたもんね。
慌てて立ち上がり、入り口へと走る。
「起きてるよ。今開けるね」
控えめにノックされていた扉を開ける。そこには寝間着ではなく、少し着込んだルエーナがいた。
「どうしたの?」
「あの……、一緒に寝ても良いですか…?」
おずおずと上目遣いで強請る妹に鼻血を出すとこでした。服を掴んで首をかしげるという小技まで持ってくるとは…。殿方にそういうことはしちゃいけませんってちゃんと言っておこう。今日会った白衣の人には特に。
喜んでー!と居酒屋のような答えを返してから、ルエーナを招き入れた。
「二人で寝るのも、久しぶりですわね…」
「そうだねぇ」
私の寝台は、私があと三人くらい乗っても余裕があるほど広い。だけどあえて二人ぴったりとくっついて寝っ転がった。こっちの方が暖かいのだ。暖房用の魔道具が無いわけではないけれど、あれって使いすぎると体壊すからね。自然に暖まる方が安全。
「お姉様」
入ってきた時から、ルエーナは何か言いたげな顔をしていた。多分言いたい内容も分かっていた。
「お父様は、お兄様に王の座を継いでほしくないのでしょうか」
「ルエーナはどう思う?」
「私は…、思いませんわ。」
はっきりした口調だった。私は口を挟まずに頭を撫でて促す。
「お父様も人の子、いつかは天寿を迎えられてしまいます。その時、後を継ぐ者がいなければこの国は混乱することでしょう。お父様はすばらしい人。国をそんな状態にするとは思えません」
ルエーナは少し不安そうに眉を下げたまま、一気に言った。私もそうだが、ルエーナが寄せる国王への信頼は厚い。
けれどもルエーナは、「でも」と息を吸ってから続けた。
「それなら、あんなこと言わないはずですわ」
「何か目的があるんだろうね。……ルエーナは何だと思う?」
ルエーナは泣きそうな顔になった。意地悪してごめんね。一度視線は迷うように外されたが、しばらくして決意したように私へと定まる。
「魔王の討伐ですわ」
「…そうだね」
私とは少し外れた推測だったが、対して変わらない。魔王を殺せば、きっと魔族を1000人殺すより多くの魔族が消滅するだろう。そして、魔王一人を狙うのなら、大勢の兵士はいらなくなる。その分少数精鋭でなければならない。つまり、死ぬのが大勢か少数かというだけだ。
結局戦争が起こるのと変わらないし、どちらにせよ人と変わらない魔族を殺すのには変わらない。
私は、兄が人に近い者を殺すのも、魔獣に民が殺されるのも見たくない。多分ルエーナも同じことを考えている。
「どうなるかな…」
私の独り言にルエーナは敏感に反応した。
「私は、どうなってほしくもないのです…!」
それがただのわがままだと分かっているのだろう。ルエーナは私にだきついて肩辺りに顔をうずめた。きっと泣きそうな顔を見られたくなかったんだろう。
「うーん……」
ルエーナの頭を撫でながら、これからのことを考えてみる。
まず第一に、ルヴェイトが旅先で死んでしまうことは除く。そんなことは予測も推測もしたくない。
とりあえず、もしルヴェイトが魔族領への道を見つけたとする。さすればルヴェイトを筆頭とした少数精鋭が魔王を狙いにいく。もしくは、四大国対魔族の戦争が始まる。魔獣に困っているのは我が国だけではないのだ。下手すれば総力戦という形になる。
逆に、ルヴェイトが魔族領への道を見つけられなかったとする。もし、その間に国王が亡くなってしまったら、国は混乱の渦に堕とされる。ルエーナが女王になるという可能性もあるけど、それも国王次第だ。私は論外。
確かに、どうなってほしくもない。
「じゃあさ」
首を傾けて頭をルエーナのそれとくっつけた。そのまま、ゆっくり目を閉じる。
「他のルートを探そうか」
しょうがないで済ませないなら、自分で動くしかない。
人生は一度きり。それなのに私には二度目がやってきた。ならば、今度こそ後悔のないように。