ハイスペックな皇太子
兄王子は私の隣に座った。食事がすぐに運ばれる。
「ルエーナはどうした?」
「…教育係さんに連れてかれたよ…」
「…そうか」
しょぼんとうなだれる私の頭がぽんぽん叩かれた。口数が少なく無表情なため、クールとよく言われる彼だが身内には甘い。
彼の身分を正確に言うと、皇太子だ。現在彼が一番有力な国王候補である。
そんな彼は、実の妹のルエーナと違い父親似だ。
プラチナブロンドの少し硬質でまっすぐな髪、エメラルドのような碧の瞳、細身に見えて筋肉がしっかりとついたしなやかな体つき。
本の虫と化す私とは逆に体を鍛えるのが趣味な彼は、すでに騎士顔負けの腕らしい。剣を使ってるとこなんて見たことないし、剣なんて詳しくないから見たところで分からないけど。
その上冷たいほどの美貌を持つ彼がもし前世にいたら、下駄箱からあふれんばかりのラブレターがでてきてもまったくおかしくない。むしろ絶対そうなっていただろう。
そのくらいハイスペック彼は、私の大事な大事な兄ちゃんです。
「起きてくれて良かったよー!一人で食べなくちゃいけなくなるとこだった」
「お前は相変わらず食べるのが遅いな」
「遅い方が健康に良いんだよ」
「そういうもんか」
兄は頭から手を離すと、食事に手をつけ始めた。いつ起きても暖かい食事が出るってすばらしいことだよね。
私も食事を再開させる…前にこれだけ聞いておく。
「お兄ちゃん仕事忙しいの?」
「…何度言えば分かる。兄と呼ぶな」
「ええー…。うん、分かったよ分かったから睨まないで!」
お兄ちゃんは、いやルヴェイトは兄と呼ばれるのを嫌っている。でもルエーナにお兄様って呼ばれれているが何も言わない。私に兄と呼ばれるのが嫌なのだ。
「もー、ルヴェイトはおこちゃまなんだからー。呼び名なんてどうでもいいでしょうが」
拗ねた感じに言ってみる。お前なんか妹じゃないって言われてるみたいでちょっと悲しいんだよ。でも、私自身は嫌われていないし、むしろ大切にされている。
……もしかして、精神年齢的に年増な奴にお兄ちゃんとか呼ばれたくない!ってことか!?
いやでもルヴェイトにも乳母にも妹にも、転生していることは言っていない。
ただ、異常なほど大人びてるのはばれてるかもしれないね。小さい頃は私がお世話していたようなものだったから。暗い夜道トイレいけないのをついていったりとかね。ちなみに当時7歳と4歳(精神的には21歳)。
思い出に思わず笑ってしまいそうになったが、またぎろりと睨まれれば笑みなんて引っ込む物。
「20になる男におこちゃまだと?」
大人げないくらい低い声。そういえば、ルヴェイトはいつからか私が子供扱いすると過剰に怒るようになった。兄と呼んでも駄目、子供扱いも駄目。ホントにわがままなんだからー、お母さんそんな風に育てた覚えありません!
「分かったよ。ごめんってー」
眼力がすごくなった今ではそんなこと言えないけどね。素直に謝ったからかルヴェイトはそれ以上怒ることなく最初に質問に答えた。
何でも、最近仕事が忙しいのは“選定の儀”が近いかららしい。選定の儀というのは私も知っている。だてに本の虫じゃないからね。
選定の儀というのは、皇太子が20歳を超えると行う儀式だ。この儀式なしでは即位することはできない。ここまで読んだとき、私はベタだな!って叫びそうになった。あるよね。RPGにそういう儀式的なもの。
だけどこの儀式、実はかなり変わっている。儀式の内容が毎回違うのだ。
その時代の現王が毎回考えて、その子がこなす。王がOKを出したら儀式完了。これだけ。かなり変だよね。
王によって変わるので、毎回難易度が違う。今の王がした儀式の内容は、『この大陸にいる上級魔獣をを殲滅すること』
こなせないと誰もが口をそろえた。実際、前の王は自分の子が即位できないようあえて難しい儀式を考えたのだ。前の王様馬鹿だったから。
そんな無茶ぶりな儀式だが、現王は見事こなしてみせた。色々な人間、たまには獣人の力も借りて見事35歳の時に儀式を終了させた。すごい王様!
ちなみに、即位できるようになった王様はすぐに前の王様を蹴落として自分が王様になりました。民には喜ばれました。めでたしめでたし。
前回は15年もかけた長い儀式だったけど今回はどんなのだろうか。
「エーリ。手が止まってるぞ」
「あ、うん」
またもや食べ損なうところだった。……食事は大分さめている。もちろん代えてくれなんて言わないし言えない。久しぶりにやっちまった。
黙々と食べていると、ふと視線を感じた。もう食べ終わったのか。早く食べるのは健康に悪いんだってばー。
どうしたの、と口にする前に声がかかった。
「今回はどんな物なんだろうな…」
おそらく選定の儀のことを言っているのだろう。
「不安?」
「…まあな」
珍しい。ルヴェイトが素直だ。絶対「そんなわけ無いだろう」とか言うと思ったのに。
私は一度スプーンを置いて、ルヴェイトに向けて手を伸ばした。
「…おーう」
……頭を撫でようとしていたのがばれたのか、すぐに掴まれた。そんなに子供扱いが嫌なのか!
ルヴェイトは私の手を離さずに、ただため息をついた。
「もし、陛下の時のような儀式だったら…会えなくなるな…」
ため息とともに落ちたつぶやきを聞き取って、思わずにやけた。不安はそっちだったか。
「寂しいの?」
可愛いなあ。いつもこんなに素直だったらいいのに。
「……ああ」
苦虫を潰したような顔をされたが、ルヴェイトはやっぱり素直に頷いた。
茶化したかったが、はっきり言って私も寂しい。きっとルエーナだってすごい寂しがるだろう。
「ならすぐに終わらせて帰ってくればいいんだよ。ずっとここで待ってるから」
「…そうだな。」
少しほっとしたような顔のルヴェイトにほほえみながら、私は手を抜こうとした。さめてる食事だが食べないのはまずい。
「え、何?」
だが、手が抜けない。むしろ、絡めるように手をつながれる。恋人つなぎ、といえば分かってもらえるだろう。ルヴェイトは昔から手をつなぐとき、こんな風に指を絡めてくる。癖なんだろうな。
「もし、俺がいない間に嫁に行ったら」
「ルエーナが?」
「お前が!」
何故かやたら強く言われた。ルエーナ14歳だからまだ早いか。女王として即位権持ってるし。
「うん。私が嫁に行ったら?」
「多分俺はキレる。嫁いだ先をめちゃくちゃにされたくなかったら、言葉の通りここでおとなしく待ってろ」
キレるって。めちゃくちゃって。具体的に何するんだろう。
ってそんなことは言えないけどね。ぞくっとしたから。最近たまにあるんだ。ルヴェイトに見られていると、背筋に悪寒が走んの。ぞくっとね、ぞくっと。こういうときは反論しない方が良い。そんなこと言われても王様に命じられたらどうしようもない、とかね。
「わ、分かったよ。」
「ならいい」
どうにもならないので、とりあえず頷いておいた。気が済んだのかルヴェイトから手が離される。慌ててスプーンを掴み、食事を再開した。
食べ終わってもルヴェイトはその場にいた。目をつぶってなにやら考えているみたいだ。あ、眉間にしわよってる。
「この城で簡単に済ませられるやつならいいのにねえ」
楽観的にいきたいが、ルヴェイトは私の言葉にさらに眉間にしわを寄せただけだった。