してはならぬと言われたこと。
レヴィアは大分俺達に気を許しているようだ。名について深く触れられるのは避けたかったのだが、結果的には良かったのかもしれない。
この機会を逃してはならない。
俺が改まってたたずまいを直すと、レヴィアはそれに気づいて自分も背筋を伸ばした。
「俺達は聖獣に会うためにこの国に来た。」
そう切り出した言葉に、レヴィアが驚くことはなかった。他国の民でもスレイアを崇める者はいくらでもいるだろうし、ただの旅人だって物珍しさで霊山に向かうことはある。レヴィアがその者達にどういう感情を抱いているのかは知らないが、その目に一瞬軽蔑の色が宿ったのを見た。
しかし彼女は元来の性質が善人なようで、そんな目で恩人を見ることは彼女の気質が許さなかったようだ。「そうなんですか」とすぐに気を取り直してほほえんで言う。
「私はまだ行った事ないです。危ないですし。」
「側まで行ったことは」
レヴィアは首を横に振った。
霊山に接して山道と一体化しているこの国では、神殿を越えるとその神域に入ることになる。その方法が一番の近道であれどそれが許されているのは一定の位を持った神官だけだ。旅人は他の道を使うことになるが魔獣がうろつく霊山を長く歩くのは手練れの者でも難しい。広い霊山で何処にいるかどんな姿なのか分からない聖獣を探すのは、人間には不可能だ。
だから、俺は頼まなくてならない。
「俺達と共に霊山に来てくれないか」
レヴィアは目を瞬かせただけだった。。解せないことが多すぎるからだろう。
「貴女に、聖獣を探して欲しいんだ。」
聖獣の御子であり、しかしそうとは知らない彼女は至極もっともな質問をした。
「何故、私に?」
簡潔な問いに俺も簡潔な回答をしようと口を開いたが、止める。この流れではいたちごっこな気がしてならない。遠回しな言い方でもわかりやすく伝えた方が良いだろう。
「俺が貴女に初めて放った言葉は覚えているか?」
「…えっと、私が、」
顎に手をやりうつむいた彼女の言葉は、切られて何もなくなった。思い出したのか忘れたのかは知らない。ただ俺は、追い打ちをかけた。
「貴女は聖獣の御子だ。」
彼女の、顎に向けた手とは逆の手が服を強く握った。
異常な力を持つ少年が、ある少女を聖獣の御子と言ったところから始まった。その少女は少年を懐かしく想い、特異な力を見せつけた。二人には面識が無く、しかし少女に記憶は無い。都合の良いことに、この院で過ごした以前の記憶が。
「で、でもリードさんは…」
「あの推測は、半分正しいんだろう。獣人の血を引いていたって別に不思議ではない」
きっと、半獣は半獣なのだ。もう半分が神と崇められた獣であるかどうかなだけで。
おおまかに説明したが、自分は平凡だと信じていた少女はまだ納得しきれない。自分が異常と、認められない。その気持ちは分からなくもないが、俺にも事情というものがある。
「俺は、貴女のような髪と瞳は見たことが無い。」
息を吞んだ音が聞こえたが構わず続ける。
「それは、地毛だろう?」
髪の色を変える術はいくらかある。自国を追われた者などはよくやっていて、他でもない実の妹もやっている。しかし、妹と違いそれを出来る人間が側にいなかった彼女はその特異をさらして生きてきた。
「……他の大陸なら、あると思ってたんです。」
やがて呟くように言った彼女の顔は悲しげだった。恐らく正確には、そうなのだと自分に言い聞かせていたのだろう。落ち込んだ声色に、俺はかける言葉を探す。だがあいにく慰めるのは昔から苦手で情けないが何を言っていいか分からない。
「でも」
不意に落ちた声は暗い物ではなかった。
「少しほっとしました。人間でなくとも、魔族ではないようですから。」
……やはりと、言えば良いのか。
国民性というのは例え聖獣の御子でも例外ではなかったらしい。俺の正体は絶対明かせないな。頭の残念な獣人にもあらかじめ伝えなければならない。
「それで、返答は?」
「…行きます。私も、スレイア様に会ってみたい」
予想通りの答えで良かった。自分が聖獣の御子と知ったら、会いたいに決まっている。自分を捨てた真意が知りたくないはずがない。
あとは、彼女の力でどれだけ早く聖獣が見つかるかだ。
「ですが…」
不安な顔つきの彼女に、俺はあえて同意せずに努めて安堵させるように笑う。
「魔獣のことを心配しているのなら、安心して欲しい。貴女は俺達が守る。傷一つつけさせない」
レヴィアの目を見てそう言うと、彼女は呆けたように硬直した。
無愛想な面もだが、あまり笑うのもよくないと言われたのを、その時初めて俺は思い出した。




