重みのある名
この国に来てから起きた出来事でどうしても解せないことがあった。酒場に現れたあの魔獣達だ。あれは通常ならいるはずのない場所にいた。
自国もそうだが、神に抱かれたとされる神聖なこの国には国全体にまで及ぶ大規模な結界が張られている。それは神殿の近くに行けば行くほど強くなっていき、神殿を越えてしまうと逆に意味を成さなくなる。神が住む霊山にその眷属である神官の力が及ぶはずが無く、霊山には聖獣の魔力につられた魔獣で埋め尽くされている。そんな話があるだけで実際に見たわけではないが。
つまり、この国の結界が緩んでいるということになる。結界のゆるみ自体はそれほど問題ではない。神官長の力が衰えているのならば次代の長を選べばよいだけだ。
けれど、実際の被害が既に起きている。あの辺りがたまたま人の少ない一角だからそれほどの被害はではなかっただけで、もしこの孤児院で同じ事が起きたら死人が出かねない。
この国で起きている何かには、しっかり調べる必要がありそうだ。
「まあ、情報収集するっつのは分かったけどよ。」
今日も俺より早く起きていたリードは、俺がこれからの行動予定を伝えると不服そうに唸った。唸ると人より鋭い犬歯が覗く。
「お前は一人で残るわけだよな。何してんだよその間。」
一人で町中を歩き回るのが不満らしい。
「俺は残って、レヴィアと話をする。」
「…協力要請って訳か。」
理由を言えば納得すると思ったが、リードは未だ眉を顰めたままだ。俺が予想していたよりレヴィアのことを気に入ったのか。義理と人情を信条にしている男だから裏切る心配はしていない。仕事としてこう考えてから、俺は自分の布袋を手に取った。
急に何かを探し始めた俺に首をかしげるリードは首をかしげた。その間抜け面に取り出した物を見せる。
「げっ…」
小さな銀色の筒は、窓から入る日差しを反射した。その入り口の片側に付けられた藍色の石は魔石だ。見た目はただの装飾品だが、高名な魔導具士によって造られた魔道具で違わない。
リードはその使用方法を教わったときと同じ顔をした。
「覚えてたか。後でこれを彼女に渡す。」
「…分かった。頼む。」
苦々しい顔になるのも仕方ないだろう。腹黒男が作った作品というだけでなく、その名前がまた酷い。重宝出来る物なだけたちが悪かった。
リードを追い出そうとしたところで丁度レヴィアが姿を見せた。本当は今日も酒場に行きたかったらしいのだが、ジーラ院長に怪しまれぬよう今日はじっとするつもりだったらしい。
俺はレヴィアと二人、昨日あてられた俺達の部屋に入った。
「あの、」
少し驚いた。部屋に入ると、なんと切り出そうかと俺が口を開く前に彼女が笑みを浮かべた。
「ルヴェイトさんって、珍しい御名前ですね。」
「…ああ。」
自覚はしているし、理由も分かっている。それを指摘した人間が久しぶりすぎて反応が遅れた。
「あ、もしかして他の国では違うんですか?」
「いや、母国でもあまり無いことだな。」
「あ、やっぱり“ル”は女性名なんですね。」
俺は頷いて肯定した。
スレイア神はこの国だけで奉られている聖獣だが、それとは別にこの世界を創った創世神が存在する。ルナという女神だ。だから子供を産む女もそれになぞって“ル”の文字を入れられることが多い。近年では無くなり始めている宗教的文化だが、俺は母の希望によりその文字がついたという。無論その娘も。
散々からかわれた幼少期は不思議に思っていたが、母は母なりに人間の文化に早くなじみたかったではないかと思う。
エーリの母と乳母は元々それを強く信仰する地域に住んでいたからと聞いた。なのに何故あいつにはその文字がないのか。その答えはもう二度と分からない。
「でもルヴェイトさんも神様の文字を貰ったんですね。私の名も、スレイア様に通じる名前なんですよ。」
「…レヴィアというのは、自分で覚えていた名なのか?」
「はい。父に付けて貰った、大切な名です。」
あいにく彼女の父が神なのか母が神なのかは分からないが、どちらにせよ聖獣は彼女を望んで捨てたわけではなさそうだ。
「そうか。同じだな。」
俺の名にも、彼女の名にも複雑に広がる縁が繋がっている。




