予想外の所で
スレイアの神官達は、神に仕える者であると同時に、優秀な治療士であることが多い。薬などを用いる者もいれば、治癒魔法を使う者もいる。
治癒魔法は数ある魔法の中でもかなり難しいとされる。
しかし、聖獣スレイアの血を引く者達はいとも簡単にそれを使いこなす。
酷く緩慢な動きでレヴィアは、その掌を傷を負った男の上で動かした。その動きに合わせて、注がれた魔力が鋭い爪痕を消し去っていく。
周りから控えめな歓声が上がった。さすがと言うべきか、この国の人間らしき人々はそれほど驚いておらず、獣人の剣士に対して感嘆していた。
「終わりました」
息をついて手を離したレヴィアは、油断し怪我を負ったリードにほほえんだ。リードは呆けた顔で腕を動かすと、阿呆のようにはしゃいだ。
「すっごいな!痛くも痒くもねぇよ。見た目も綺麗だし、傷なんか無かったみてぇだな。」
「良かったです」
「いやー助かったぜ。ありがとな」
リードは無事を確かめるように腕を回している。この調子だと、やはり完治しているのだろう。
速く、そして完璧な治癒だ。
「とんでもないです。むしろ、魔獣をしとめてくれてありがとうございます」
「それこそ礼なんか言われる筋合いはねぇよ」
波長が合うのか、リードとレヴィアは和気藹々と会話している。何故こんな状況で朗らかに笑い合えるのか、俺にはまったく理解不能だ。
魔獣は全て葬られ、舗装されていない草の生えた地面に横たわっている。始末した張本人はその側に座り込んでおり、聖獣の子の治療を受けていた。
俺が運んだ負傷者は、恐らく酒場の中で治療を受けたことだろう。
そして、………俺は周りに目をやって、思わずつきそうになる溜息を飲み込んだ。
数多くの人間が俺達を遠巻きに見つめている。その顔には羨望とも畏怖ともつかない感情が浮かんでいるが、どちらにせよ注目されていることには変わりない。
魔獣をほぼ無傷で倒した獣人と、一瞬で傷を無かったことにした深紅の髪の少女だ。目立っても仕方ない。
だが、その他に俺が含まれていることが耐えられない。
王族としてここにいるのではなく、今の俺はただの旅人。目立つことは、あまり良いことではない。良い気もしない。
未だにほのぼのとした雰囲気を出している二人に、少し躊躇われたが話し掛けた。
「場所を変えたいんだが」
リードはやっと周りの状況に気づいたようだった。
「そーだな。とりあえず宿屋に戻っか?」
「宿屋…」
宿屋からここまで、そう距離はなかった。
酒場にいた旅人か泊まっている可能性があり、拠点が同じだと今だけの面倒事がしばらく続くかもしれない。
黙った俺に、レヴィアが「あの」と控えめに声を出した。
「もしよろしければ、私の家に来てくれませんか。」
「助かるが、構わないのか?」
「家、と言っても孤児院のことですし、旅人さんに泊まってもらうことはよくありますから。」
レヴィアの申し出は二重の意味で有り難かった。リードの視線を感じつつ俺は頷いた。
魔獣を換金し、レヴィアの案内で孤児院に向かっている途中、リードは不意に重いため息をついた。
「やっぱ下級扱いか…」
魔獣達は、体格があまり大きく無かった。丁度猪くらいだろうか。形はどちらかというと鼠に近かった気がするが。
それに、向こうは生きている大鼠を見ていない。能力を鑑みたら中級でも良いような気はするが、数も多いこともあり下級扱いとなった。
「そういえば、お酒をたくさん買われたそうですね」
笑いながらそう茶化すレヴィアは、大分リードに気を許しているようだ。良く言えば快活な気質に惹かれたのだろうか。
「ほとんどあのスイって奴が飲んだんだけどな」
「そうなんですか!?」
「あいつ強かったぜ。また会うことになったら俺も一勝負してみてぇな。……ま、実際会ったらとりあえず捕まえる」
「お願いします」
「おっ、おう」
妙な迫力をかもしだして即答したレヴィアは、まだ諦めてはいないらしい。しかし、先ほどの焦った様子はなくなっていた。
真剣な顔で詰め寄った少女に驚きつつ、リードは思い出すように顔をしかめた。
「分かんのは、あいつの種族くらいか…」
「分かるのか?」
「んー、多分半獣人だと思うぜ?すっげー特別な事情が無けりゃ」
やたら特別なことを強調しているのは、自分のことを指しているのか、それとも俺か。
「はんじゅうじん?」
一般市民であるレヴィアが首をかしげた。
「俺が獣人っていう種族なのは分かるよな。……獣人は知ってるよな?」
獣人は旅人であるか街から出た集落にその種族だけで暮らしていることが多い。あの酒場にも数人いた。レヴィアもその問いには頷いた。
「あなたは、狼系獣人ですよね」
「そう!犬じゃねーからな。狼だからな」
「は、はい」
リードは形相さえ変えているが、粘着質で激しく鬱陶しい腹黒男ではないのだから、そこまで念を押す必要は無いだろう。
目の前にいるのが素直な少女ということに気づいたのか、軽く咳払いして続きを説明した。
「で、半獣人っつうのは人と獣人の間に生まれた子で、見た目は普通の人間だ。けど獣人の身体能力だけは持ってんだよ」
その説明でレヴィアも納得したようだった。
「あそこの店長さんの話を聞いて、ちょっと不思議だったんです」
「まー、多分なんだけどな」
リードは頭を掻いてそう締めくくった。
「では、私も獣人さんと関係が…」
呟きつつ、聖獣の子とされている少女は歩くスピードを速めた。
大分、国の中央部に来ていた。まだ小さな教会くらいしか建っていないが、これ以上行くと神官長のいる大聖堂が見えてしまう。
そこから、近くもなく遠くもない場所に孤児院は建っていた。
思ったよりも立派なその建物の前で、レヴィアは振りかえる。
「少し待っていてください。院長に話をしてきます」
「頼む」
孤児院の中に消えていった彼女を見送ってから、若干苦々しい顔をしているリードを見た。
「で、本当は何なんだよ」
その顔を見る限り、俺が内心異を唱えていたことには気づいていたようだ。顔には出さないようにしていたのだが。
「その前に、まずレヴィアは聖獣の子で間違い無いだろう。あの治癒魔法は、俺が今まで見てきた中でも群を抜いていた」
それはリードも同意なようで、軽く頷く。
「そのレヴィアは、スイのことを“会った事がある気がする”と言った。神官長が言っていたことだが、聖獣の血を引く者は、聖獣の血を感じることが出来る。その感覚は本人達にしか分からないが、レヴィアが言っていたように感じるんじゃないか」
「なーるーほー…ど?」
何かひっかかるのか、リードは思案顔で首を捻った。俺の考えは以上であり、そのひっかかりは解消しておきたい。リードの言葉を待つが、孤児院の扉が音を立てて開いた。
出てきたレヴィアは、口元をひきつらせて笑った。
「自己紹介が、まだでした……」




