父譲りのそれ
「あの男の子って、今どこにいるんですか?」
様々な感情を湛えた目を真っ直ぐ向けて、紅の少女はそう言った。
まさか、噂をすれば影、という言葉を体験してしまうとは思わなかった。散々来ないと思われたその少女は、酒場中の人間の視線を受けながらまっすぐ店主の下へ行った。
顔見知りらしく、店主は心配そうな顔を少女に向けている。
「…見た感じ普通だな。髪はともかく」
リードの言葉に頷く。深紅に輝く髪は、見たことも無ければ聞いたことも無い色だ。自分の白金よりもさらに珍しい。
しかしそれ以外はリードの言うとおり、目立ったところは見られない。強いて言えば、年齢よりやや幼く見え、女性というより少女という印象を受ける。
人外の血は髪だけに受け継がれたか。
断言するにはまだ早い。半魔であるはずの、他でもない自分が、魔族特有の瞳を持っていないからだ。父譲りである緑の目は妹と違って完全に自前だ。だが母親からは膨大な魔力を受け継いでいる。…使いこなすことは出来ていないが。
今更ながらふと疑問が浮かんだ俺は、少女達の会話に聞き耳を立てているリードに声をかけた。
「聖獣はどんな見た目をしているんだ?」
「あ?」
リードは片方だけの眉を大きく上げて口を歪めた。器用な男だ。
「そんなん知るかよ。変身能力あるんだぞ?」
「変化出来るとしても、元となる姿があるはずだ。例えそうでなくても普段している姿があるんじゃないのか」
「………いや」
今度は少し考えるような仕草を見せた後、軽く首を横に振った。
「少なくてもスレイアにはねぇぜ。スレイアは二度同じ姿を見せない。…まあ、誰も見てないときには適当な姿になってるかもしれねぇけど。」
「…じゃあ、この国の人間でスレイアをスレイアと認識出来る人間は、神官だけということか」
「何で神官は出来んだよ」
「分かる、と長本人が言っていた」
昔を思い出しながらそう答えると、リードは小さく何度か頷いた。
単純男はあっさり納得しているが、その言葉が本当かどうかを調べる術は無い。国の頂点に立つ人物が神と言ってしまえばそこらを走る猫とて神となる。
この国の建国史すら疑えば、スレイアの存在すら危うくなる。
そんな可能性とて皆無では無いのだろうが、全て俺の空想上の話だ。推測ですらない。
意識を現実に戻すと、丁度少女が店主との会話を終わらせたようだった。
「俺達に用があるみたいだぜ」
獣人の聴力を活用したリードが俺に何でもないことのように言った。問おうと口を開いたが、それより先に少女がこちらに向かってきてしまった。
「…あの、あなた方にもお世話になったそうで…。迷惑かけてごめんなさい」
鮮やかな髪色とは正反対に、少女は大人しい気性らしい。深々と頭を下げた少女に、慌てた様子でリードが言いつのる。
「いや、おめぇさんが謝ることじゃねえだろ。あのハゲ男達が悪いって」
「俺達に気にする必要は無い」
実際、被害を被ったのは店をぼろぼろにされた店主くらいだ。その後リードが酒を大量に買った為、その被害も大分巻き返せているだろう。結果リードが大損した訳だがそれは本人の意志によるので気にする必要はまったく無い。必要無い。
そんな俺達の反応が意外だったのか、一瞬間が空いた。しかし、少女はにじむような笑みを見せて礼を言った。
それを見て安心したリードが、本題を切り出す。
「そんで、俺達に何か用なのか?」
「はい。あなた方は、黒髪の男性を知っていますよね」
疑問ではなく断言しているのは、店主から一部始終を聞いたからなのだろう。リードが頷いて答えると、少女は真っ直ぐな目をして訴えた。
「あのときの男の子って、今どこにいるんですか?」
俺達は押し黙った。
スイのことを問われても、俺達に答えられることはほとんどない。
「私、どうしても実際に会ってお礼がしたいんです。会って、話がしたい。会いたいんです。もしあの人のことで知っていることがあれば、教えてくれませんか?」
どうやら、わざわざ酒場に来たのもそれが理由のようだ。会える可能性は少ないのに、その少ない可能性ですら捨てきれない。同じ境遇なだけに、気持ちはよく分かった。
俺とリードはお互いの顔を横目で見合った。あまり気は進まないが、俺はため息を一つついてから正直に話した。
「俺達があの男について知っているのは、スイという名前くらいだ。居場所も知らなければ素性も知らない。たまたま出会い、酒を交わした仲だ」
「……そう、ですか…」
少女は目に見えて気落ちした様子だった。だが俺達の様子に気づくと、すぐに控えめな笑みを作って誤魔化した。
「ごめんなさい。あなた方は偶然あの人に会っただけなんですよね。会えなかったのは、すぐに逃げた私が悪いんです。時間取らせてすみませんでした。」
流れるような謝罪の言葉に、少女の焦燥が見えた。礼を言いたいだけならここまで思い詰める必要は無い気がする。
ただならぬ様子の少女に、躊躇いつつも口を開いた。
「俺からもいいか」
「何でしょうか」
「貴女が聖獣の血を引いているというのは本当か?」
本当は早々と聖獣の居所を聞き出したかったが、さすがに唐突過ぎる。だからまず情報の虚実だけでも確認するために俺はそう問うた。
俺達は、少なくとも俺は、この少女が神官の一族だと思っていたからだ。
否、そう思い込んでいたから。
少女は目を軽く見開いたあと、朗らかに笑みをこぼした。面白い冗談でも聞いたかのように。
「私は捨て子ですが、スレイア様の御子であるはずがありませんよ」
「……捨て子?」
「ええ。この近くの孤児院で育ちました。12歳の頃、父親に連れてこられたそうなんですが……、あんまり覚えてないんですよね…」
言葉と同時に少女の顔が少し陰った。覚えていないことにか、両親が居ないことにか、どちらにせよ俺にその辛さは分からない。
「あの子、……スイという方には、初めて会った気がしないんです。もしかしたら、って…」
「そうかぁ…。これなら、あんとき捕まえときゃ良かったな」
本当にそうだ。
捕まえてあの少年から情報を引き出せば、今のような状況には至らなかった。ここまで無駄に混乱することも無かっただろう。
しかし、後悔しても仕方ない。
そんな事よりも、しなくてはならないことがあるようだ。
「リード」
短く名を呼ぶと、俺より感覚が鋭敏な男は軽く頷いて立ち上がった。突然の奇行に少女が目を白黒させている。
「店の中にいたほうが良い」
状況を掴めていない彼女の横を通りながら一応言っておく。旅人がいるこの酒場の方がまだ安全のはずだ。
そいつらは出入り口に向かって走っていく俺達を唖然とした顔で見ていた。もしかしなくても側で守った方が安全だろうが、そこまでしてやる義理は無いな。それよりも、災害の元凶を滅した方が早い。
「よっしゃ、金づる来たー!これで酒代取り戻せる」
いるはずのない魔獣達を前にして、リードは嬉々として武器を手に取った。
「俺が殺した分をやるつもりは無いからな」
「この守銭奴が!」
リードの文句を無視して周りを軽く確認した。
元々人が少なかったからか被害はそれほどない。つまり、多少はある。
「倒れてる奴は俺が酒場に連れていく。酒場の中だけには絶対入れるな」
「りょーかい!」
リードの快諾を耳にしながら、俺は負傷者に向かって走った。
それにしても守銭奴とは聞き捨てならない。俺にだって金より優先する物くらいある。




