じゃあ行こう、さあ行こう。
しゃきり、しゃきりと音がする。その音と一緒に床に落ちるのは、黒い長い髪。私の髪だ。
ところでどうして生まれ変わっても黒髪なのか。
この国に一番多い色だからしょうがないのかもしれないけど、どうせなら父親に似たかった。憧れ金髪。
まぁ言えませんが。特にルーエに言ったら怒る超えて泣かれそうだし。
「……ああ、勿体ない…」
ルーエはそう言いつつ躊躇を見せることなく鋏を入れていく。
やるとなったから思い切りよく切っている彼女だが、初めは反対していた。そばで私たちを見学しているルエーナも相当。
彼女は私たちを眺めながらぽつりと呟いた。
「お兄様が見たら絶句しますわね」
「しそうだね」
しようとしなくても想像できてしまった。すぐに復活して私に文句を言い出す姿も。
元々、切るのを一番反対していたのは長男だ。その所為で今世の私はずっとロングヘアである。
短い方がシャンプー少なくて済むじゃないと言ったら馬鹿かと言われたことすらある。貧乏性は良いことなのに…。
まぁ、結局譲らなかった結果がこれだけど。
そう言うわけで、肩にかかるかかからないかの長さになった。ホントはもっと切りたかったんだけど、長い論争の末生まれた妥協がこの長さだ。
「自分は長いの嫌だっつって短くしたくせにね」
「お兄様昔長かったんですの?」
「そうそう。15歳くらいだったかな?」
そうか、5年前だし当時8歳のルエーナは覚えないか。
あの頃はまだ可愛かった。身長は伸び始めてたけどまだ幼い顔立ちで、美人というほめ言葉が似合う顔だった。
「可愛かったよ。女の子みたいだったなぁ」
さぞかし女装が似合ったことだろう。
………今でも出来るかもしれない。あ、でもガタイ良いから無理か…?
「…お姉様、それお兄様に言いました?」
「ええ。しかもその後に“スカートはいてみようよ。絶対似合うから!”と続けてました」
反応が遅れた私より先にルーエが答えた。その言葉を聞いて、ルエーナは大きくため息をつく。
「んー、言ったっけ?」
言ったかもしれない。さすが自分。しっかり女装をさせようとしていたらしい。
「…お兄様も可哀相に…」
ルエーナがなにやら哀れみの表情でそんな事を言った。そんなに酷い事だったのか…。
特に覚えてないから何とも言えないけど、とりあえずお兄ちゃんごめんよ。
「髪を切った理由はそれですわね」
「そうだったのか…」
まさかこんな後に彼の行動の理由を知るとは…。
「じゃあ謝ったら伸ばしてくれるかな」
「私もみたいですわ。だから、帰って試してくださいませ」
その通りだ。深く頷いて笑うと、安心したようにルエーナも笑った。
「おぬしらいつまで起きとるつもりじゃ…」
ベッドからうざったそうな声が聞こえた。早寝早起きが趣味という彼女は先に寝ていたのだが、どうやらうるさかったらしい。
謝ってルエーナをベッドに、ルーエを自室に送る。
「お姉様はまだ起きてますの?」
「ちょっとやることあって」
「……あれですか?」
恐る恐るといった風にあれを指さしたルエーナに、もう一度深く頷いた。今度は笑えなかった。
そこにあるのはルーエに用意して貰った数々の道具だ。
「あれを入れる空間魔法作ってみようと思って」
「空間魔法!?」
驚いたルエーナにちょっとへこんだ。やっぱり難しいらしい。成功するのか。
「初めてだし、出来るか分かんないんだけどね」
空間魔法とは、ようは空間を作ってみようという魔法だ。
離宮広いし、ほしい物は本くらいだったから必要無かったけれど、旅には絶対必要だ。
必要なのはイメージ力と、魔力制御力、そして純粋に魔力量。
私は装飾品が入っている棚に向かった。稀少な魔石だが、王族にはたまに献上品として送られてくる。
好きに使って良いとは言われてるけどもったいなくて使えなかったんだよなぁ。
だからこそ、棚を開けると数個入っていた。
って、数個かい。
「……んー、足りるかな?」
「…妾が作ってやろうか?」
「え?」
いつのまに起きてきたのか、すぐ後ろにリズ様が立っていた。
驚いたが、とても助かる申し出だったので素直に頷く。
「ありがとう。じゃあお願いします」
「妾の魔力を使うんじゃ。失敗したら返すんじゃぞ?」
「無理です…」
魔石って作ろうと思って作れるものなのか。それすら今知ったと言うのに。
魔力を放出して疲れてしまったリズ様を寝台に送る。明日出発なのに大丈夫だろうか。
だがとりあえず心配は後にして、私は用意して貰ったバッグと大量の魔石をテーブルに並べた。
使うのは肩から提げるこの大きめのバッグ。そして数学の授業に聞いた先生の無駄話。十数年経った今でも覚えてる、あの印象的な話。
四次元の話だ。
二次元は一本横に広がる直線に無限の直線を並べた物で、それを面とする。その次の次元である三次元は直線に無限の面を置いた物で空間と呼ぶ。
そして、四次元とは直線に無限の空間を並べた状態のことを言う、らしい。
そもそもそれは先生の持論であったし、いまいち自分でも理解出来なかった。ていうか私文系だし。
それでも自分なりに考えてみた。
どうやったら四次元空間を作れるか。
ここに一つのバッグがある。そして魔石で作ったダイヤルを取り付ける。
魔石は魔力で出来た石なので、魔法で作った現象に干渉するときにはよく使われる。だから私が貰ったあの銃の引き金も魔石なのだ。
ダイヤルにバッグの中の空間を“記憶”させ、それをダイヤルの番号数だけ繰り返す。最後に、何も入っていない番号にダイヤルを切り替えれば。
「お、出来た出来た」
私は空のバッグを持ち上げた。うん、軽い。当たり前だ。
見た目だけだと何も入っていないバッグなのに、実は中にはたくさんの道具が入っている。
詳しく言うと、救急道具とか保存食とか着替えとか…あとお金。
魔力を“記憶”させる時の必要な分だけに制御するのが難しかったけど、案外うまくいった。
結構時間がかかってしまった。子供組、先に寝かせておいて正解だったな。
…しかし、私ってホント無計画な人間だよな。これだって作ろうと思ったらもっと前から作れたんだし、ちょっと反省しなくては。
最後に一度大きくのびをして、私もベッドに滑り込んだ。
「じゃあ、準備はいいかの」
「うん。ばっちり」
私は指で丸を作りながら肩にかけているバッグを軽く持ち上げた。
「すっごいですわね…。私、空間魔法なんて初めて見ましたわ」
「そうなの?」
驚いたが、ルエーナとてこの国から出た事は数える位だ。多分旅をすれば見る事もあるだろう。
だがルーエは何故か嬉しそうに笑った。
「これで、エーリ様は正真正銘上級魔術師ですね!」
「違うから…。1mしか転移できない上級魔術師なんてやだよ…」
「1m!?」
「本気で驚かないでください頼むから」
「いや…、驚いた」
改めて言わないでください。そう言おうとした私にリズ様は少し目を鋭くさせた。
たまにアレージュノ様にもされる行為だ。魔力を、視る。
「確かに、ゼロに等しいの」
「あの、ホントにその辺にしてくれませんかマジで」
ぐさぐさと言葉の刺が胸を差す…。
と、へこんでみてるけど実際そこまでへこんでる訳じゃないんだよな。
過ぎた力は自分を滅ぼす。
それに、私にはすでにこの世界では異常なほどのイメージ力がある。ルヴェイトをよくチートチートと言ってるけど、私の魔力が高かったらそれこそチートだ。
ゲームバランスを崩す存在なんてまっぴらごめんである。ゲームじゃないけど。
リズ様は私から視線を外すと、変わりに手を握った。
「では、おぬしに本物の転移魔法という物を見せてやろう」
「おお…、じゃあお願いします」
私は深く考えず、素直に頷いた。
満足げなリズ様は目を伏せて、恐らく魔力のコントロールに入った。
しばらくして、視界が真っ暗になる。転移魔法特有の現象だ。
正直に言おう。
私はこのとき、離宮の中庭から、王様が私の護衛と共に待っている王宮まで行くのだと思っていた。
王宮まで歩いて行くとかなり目立つし、帰るときも結構苦労したのだ。
だからリズ様は、誰の目にもつかないように転移魔法を使ってくれるのだと思っていた。方向音痴な彼女だが、多少外れていたとしてもそこまで困ることはないだろう。
そう思っていた。
まったくもって、という言葉が似合う。
まったくもって、甘い考えでした。




