くじかれたのを拾ったのは
「却下ですわ」
ルエーナとよく似た妙齢の女性は、すっぱりきっぱりそう言った。
顔が歪んでしまう。恩人でもあり、尊敬している彼女に感情の見えない声でそう言われるのは、かなり辛かった。…それでも、退くわけにはいかないんですよ。
気を抜くと下に向いてしまうのをこらえて、私は再度口を開いた。
この国を出て行く方法は、少ないけど無い訳じゃなかった。
私はこの国にはいらない人間だ。だけど、勝手にどこかに行くわけにも行かない。特に兄妹達はかなり心配するだろう。
だから、私が消えたことは公にせずただ秘密裏に外に出れば良かった。しかし、脱出なんてできるわけがないので王様やアレージュノ様に了承を得るつもりである。
今まさに、それをつっぱねられたのだけど。
「私は、ここにいても何もできません。育ててもらった恩に仇成すようで申し訳ないのですが…」
「そんなことは大事ではありませんわ。」
先ほどからアレージュノ様はただひたすら事実をつきつけていた。
「貴女はここから出て、どうするつもりなのです。今まで離宮で何の不自由もなく暮らしていた貴女が、今更出て行って何ができるのですか」
うう、正論だ。そして、無表情の迫力がすさまじすぎる。傾国と言っていいほど美女だからなおさら。
気を抜けば頷いてしまいそうになる頭を固定して、ぐっとアレージュノ様を見据えた。
「分かりません」
ごまかしも、ふざけるのも、目の前の女性にはまったく効かない。
ただ、自分の気持ちを伝え続けるだけだ。
「でも、私は外に出たい。出来ることがあるかもしれないのに、暖かい場所で安穏としていたくないんです」
「…駄目ですわ」
「アレージュノ様!」
懇願するように名を呼んでも、アレージュノ様はとりつく島もない。
なお言いつのろうとしたとき、アレージュノ様はいつもよりも少しだけ動揺していた顔を、不意に私からそらした。
「貴方も何か言ったら?」
貴方?
私はアレージュノ様が向いた方、隣の部屋に続く扉を見た。その扉がゆっくり開かれる。そこから現れたのは、ルヴェイトの数十年後だろうと思われる、美貌の男性。
この国の王様である。
……お、王様!?
アレージュノ様は正妃であり、その隣の部屋は王様に続いているに決まっている。だけども、まさかここで現れると思っていなかった。口から心臓が飛び出るかと思った。
王様は悠然とした足取りでやってくる。
…私の方にやって来ている気がするが、多分きっと気のせいに違いないよねぇ。
王様何でこのタイミングで来るのさ!
アレージュノ様相手だってかなり緊張するというのに、片手で数えられる位しか会話をしたことがない王様なんて、その場にいるだけでもうアウトだ。
唖然とアホ面をさらしているだろう私の前まで王様はやってきた。
あ、似てるけど表情が違うから受ける印象は違うな。こっちの方が偉そう。
と、あまりの緊張に思考が明後日の方に行っている時だった。
ぽん、と頭に大きな物が乗せられた。眼をやらなくても分かるそれは、王様の手だった。
「そんなにこの城は嫌か?」
「………はい?」
感情の無い声で問われた予想外過ぎる言葉。多分そのとき、私はアホ面を超えたドアホ面をしていたと思う。
私の様子があんまりにも酷かったからか、王様はちょっと驚きつつ手を離した。
「質問を変えるか。…この城にいるのは辛いか?」
「まさか!」
思わず声を荒げてしまった。だって、辛いとか嫌いとかそんなことあるわけがない。そりゃあ小さな不満は毎日抱えるけど、そんな日常が一番大切だと一回死んだ私にはよく分かる。
「この城に出たいのは、何か出来ないかと思ったからですよ!」
「…そうか」
王様は下げていた手をもう一度上げて、またもや私の頭を何度か軽く叩いた。
「お前、アリィが渋ってる理由は分かってるな?」
アリィとはアレージュノ様の愛称である。そう呼ぶのは王様だけでそう呼んで良いのは王様だけだ。なんだかかんだいって仲良し夫婦である。
「はい。護衛の手配が必要だからですよね」
他にも色々あるだろうが、とりあえず私はそう頷いた。すると、確信を持ってそう言ったのに、アレージュノ様は少しだけ複雑そうな顔をなされた。あら?
だが王様が頷いたのですぐにそちらに意識がいく。
「そうだ。即位権が無いに等しくともお前は皇女。簡単に死んで良い立場じゃない」
「はい」
「それと、」
「はいっだぁ!」
はい?と聞き返そうとしたら、先ほどまで頭に乗っていた手が額に下りてデコピンしてきた。
上体が軽くのけぞって、私はジンジンする額を両手で押さえる。頼むからそういう時は手加減してください!
だけど、こういうのって家族っぽいよな。昔親父にやられたわ。あれも痛かったがこれには叶わない。
「アリィはお前を心配して反対してんだ。分かれ」
涙目になりながら王様を睨んでいると、呆れたようにそう言われた。驚いてアレージュノ様を見ると、ばちりと眼があったあとすぐに顔を背けられた。無表情に見えるその顔が少しだけ赤いのは気のせいではあるまい。
その様子に、私は猛反省した。
「…有り難うございます」
額から手を離して、アレージュノ様に頭を下げる。
正直、かなり驚いている。アレージュノ様は合理的な女性だと思っていたから、私を引き取ったのも何か思惑があってのことだと思っていた。それでもいいなんて思っていた自分が凄く恥ずかしい。
「…貴方が居なかったら、あの子達は今のようにはならなかったわ」
こちらこそ、有り難う。顔をあげるとそんなことを言われた。
ちょっと大げさ過ぎる気もするが、そう言われるととても嬉しい。
多分アレージュノ様を母と思うことは出来ない。きっと彼女も私を娘だとは思っていないのだろう。しかし、彼女は私をちゃんと大切に想ってくれていた。
だから、少しだけ罪悪感が胸にこもってしまう。それでも言葉を覆すつもりはない。
「それで…、話を戻しますが」
「ああ」
「迷惑をかけることは重々承知しております。けれども、私は意見を変えるつもりはありません」
「…外に出て、功績を必ずあげられると胸を張って言えるか?」
…王様は本当に厳しい人だ。だが彼より王に相応しい人を、私は知らない。
私はゆっくり息を吸った。
背筋を伸ばして顎を引く。父を真っ向から見つめた。
「言えますとも」
必ず人魔和平に貢献しますと続けた私に、王様は笑った。
少しだけ、悲しげに。




