最後の朝食 後
※ルヴェイト視点です。
「じゃあ、魔王と和平結んでこい」
「無理だ」
いろいろな難関を丸ごと無視して簡潔にそう述べた自分の父親に、俺はきっぱりと言い放った。
この父親は昔から、かなり無茶なことを言ってくる。その対象は俺だけではなく、臣下達にも及ぶ。宰相などはよく胃の辺りを抑えながら了承しているが、俺にそんな自虐的趣味は無い。
無茶を断られると、こっちが拍子抜けするくらいあっさり退く王だが、今回はまったくその気はなさそうだった。自分と全く同じ色の瞳が、俺を射貫く。
「無理じゃない。……ちなみに私には無理だ。むしろ、魔族領に向かったところを嬉々として襲ってくるだろうな」
どういうことだ。あんたは一体何をしたんだ。
思わずでかかった言葉は、またもや向けられた真剣な瞳に遮られた。
「お前なら、できる。」
その後に告げられたその根拠に、俺の人生で二番目に驚いた。
一番はもちろん、目の前にいるエーリと初めて邂逅したときのことである。俺を見て苦笑したように口の端をゆるめた赤子の顔を、俺はこれからも忘れられないだろう。
「じゃあ、お父様に戦争の意志はないということですのね!」
昔を思い返していたので、一瞬反応が遅れた。嬉しげに顔をゆるめるルエーナの隣は、渋面を浮かべたままのエーリがいる。
さすがに、エーリはルエーナほど幼くないか。……むしろ、こいつは俺よりずっと成熟した人間だ。
心の底から喜んでいるルエーナには悪いが、勘違いさせておく方がよっぽど酷だ。俺は首を横に振った。
「恐らく、和平が結べなかったら今度は魔族の殲滅にかかる」
「……そうだよね」
渋面をさらに渋くさせたながらエーリは、凍り付いたルエーナの背中をなだめるように撫でた。それに苛立った自分に呆れつつ、ルエーナに言い聞かせた。
「この国は魔獣に襲われやすい。強硬手段も辞さない。…だが、決して望んでる訳じゃない。その為にもわざわざ選定の儀を称して俺を使いに出したんだろう」
魔族との和平を望む国は、少ない。
高すぎる魔力故に歩く有害物質となっている魔族達は、基本的に忌み嫌われている。この国と密接な関係を持っている四大国のうち、スレイア神国のそれは特に顕著だ。自分たちがあがめる神である聖獣スレイアが、魔族から生まれたただの魔獣だと魔族側が主張しているからである。その正否は分からないが、もし魔族との和平を望むと知らしめたらかなりの不満を示していただろう。
そもそも、和平を望むと言っても、こちら側の要求はこの大陸の魔獣を殲滅するのを手伝ってもらうことだけだ。深い関係になるつもりもないので、こっそりやればいいだろうというのが王の意志だ。
そこで、選定の儀を控える俺に白羽の矢が立った。
選定の儀はこの国だけの神聖な儀式。他国の介入を頭ごなしに断ってもまったく問題がない、稀少な機会。それを、王が逃さない訳がなかった。
長期期間ここを空けたくなかった俺はもちろん粘った。だったら隠密部隊を作れば良いのではないかと。
だが、最終的に俺は頷くしかなかった。行き方を突き止めることはともかく、和平を結ぶことは俺以外不可能に近い。俺でも無理かもしれないが、俺が一番何事もなく進む可能性が高い。
「なるほど…」
「でも、何でルヴェイトならいけるのさ?」
エーリの疑問は最もだった。ルエーナも同じ考えなのだろう、訝しげな顔をしている。
「それはな」
「それは…!?」
なにやら不穏ともとれる好奇心を浮かべたエーリに苦笑しそうになったが、それはこらえてはっきりと首を横に振った。
「言えない」
「えええええええ!?」
「な、何ですのお兄様!すっごい気になりますわ!」
「納得するにふさわしい内容だった、とだけ言っておくか。」
「余計気になるよ!」
身を乗り出してこっちに顔を寄せたエーリから眼をそらし、正確には視線を降ろしてエーリの食器を眺めた。次いで、ルエーナのそれも見やる。
その視線に気づいたエーリが気まずそうに体を元に戻した。不意に黙ったルエーナも、俺の言いたいことが分かったのだろう。
「とりあえず、食え」
まだ何か言いそうな二人に駄目押しして、俺は食後の紅茶を飲み干した。
「……さっきの根拠だがな。」
「ん?」
「そのまま聞け。俺しかできないという根拠は、母上に聞けば分かるかも知れないぞ」
「どういうことですの?」
「ルエーナは諦めろ。お前には選定の儀の時に言うと陛下本人が言っていたからな」
そろって首をかしげた二人に思わず笑みを漏らしてしまった。
混乱するのも無理はない。混乱するようなことを言っている自覚もある。
「とにかく、知りたかったら母上に聞いてこい」
俺は時計を見た。大分長引いてしまった。素早く立ち上がって食器を手に持った。
「俺はもう行く。……恐らく今生の別れにはならないだろう。じゃあな」
「あっさりしてるねぇ…。でもちょっと待って」
さっさと行ってさっさと帰りたいだけだと内心で呟きつつ、俺は引き留めたエーリの方に向き直った。
「そのピアス頂戴?」
離れても、繋がっているように。
俺が外したピアスの片方をルエーナに渡しながらそう言ったエーリに、離れたくなくなることをするな、とは言えなかった。




