第5話
こいつの声はとても透き通っていて、良く響く。楽器のような音色とも言っていい声質を感じる。
そんな奴が大声を出すもんだから、さっきまで自分勝手に騒いでいたクラスの連中がこちらに注目し始めている。
「名前が似てるって何の事だ?」
「漢字ですよ。私とトウノさんの名前両方に『冬』と『秋』の漢字が入っています」
えへへ、と少し恥ずかしそうに口にする。
確かにそれは面白い偶然だ。冬と書いて『トウ』と読む苗字自体珍しいのに、名前の漢字もかぶるというのは出来すぎた偶然だと俺も思う。もしも俺が先に冬咲の存在を知ったら当分は忘れないだろう。
「そりゃ確かに珍しいな、俺も驚いた。とりあえず宜しくな」
妙に注目を浴びて来たので、そろそろ会話を切り上げよう。もう数分で授業も始まるし、適当に社交辞令を演じてこいつとはおさらばだ。
今ので俺なりに愛想良く会話を切り上げたつもりだったが、冬咲はそれに返事を返そうとしない。さっきまで笑っていたくせに、俺の言葉に?を浮かべた顔でこちらを見る。
なんだ?今の台詞に不審な点はなかった筈だ。せいぜい『はい。これから宜しくです!!』みたいな返事で会話終了の予定だったのに、それらしい言葉が出てこない。
なんだ、あまり見詰められるのは苦手だから止めてくれ。と思った矢先、
「あの、どうして私の鞄を持っているんですか?」
と、予想外の言葉が返ってきた。
「‥‥‥コレ、お前のか?」
そういえば、さっき桂見もそれらしい事を言っていたが‥‥‥
「はぃ。それに‥‥‥その席、私の席です」
申し訳なさそうに、冬咲は言葉を続けた。
「‥‥‥‥‥え?」
一瞬言葉の意味が分からず反応が遅れた上にかなり上擦った(うわずった)声が出てしまった。
焦りながら体を乗り出し、黒板の横のボードに貼られている始業式の日に見た席順表を確認する。
五席目からだとボードは遠いが、視力はかなり優れている方なので何とかこの場所から確認できた。
席順表の端から五席目に書かれた名前を心の中で読み上げる。
そこには確かに『冬野秋也』の名が書かれている。似た名なので何度も確認するが、間違いは無い。前の席は松田で、この席は冬野だ。
自分が正解だと知ると、焦りに浮ついていた心が落ち着き始めた。小さく溜息を着き気持ちを静め、尻餅を着く様に椅子に座る。
「冬咲だったよな?悪いけどここはあの紙にも書いてあるように俺の席だ。名前が似てるから間違えたか?」
今度はこっちが質問をぶつける。間違った疑いをかけられたからか、少し声が強くなったような気がする。