第3話
ガサツにその鞄を手にする。革で作られたその鞄は思ったより軽く、西洋を思わせるそのデザインは明らかに女性物だ。
そんな上品な物がどうして俺の机にかかっているのか、訳が分からない。
「桂見。コレ誰のだ?」
手に持つ鞄を無愛想に突きつける。
「えっと、なんて説明すればいいのか‥‥‥それね、あの子の鞄よ」
桂見は眉間にシワを寄せて言葉を捜すように考える仕草をする。
「あの子ってどの子だ?」
「あの子って‥‥‥‥この子」
桂見は眉間に当てていた手をこちらに向け、俺に向かって指を指す。いや、よく見るとその指先は俺を通り過ぎ斜め後ろを指している。
その指に導かれるように視界を動かせると、そこには‥‥‥‥
「――――――」
‥‥‥上手く、言葉にできない。
目を疑うとは正にこの事だ。俺は目の前にいる人間が現実の存在だと信用できない。此処が日本であり、この学校が平凡な中堅レベルの高校であるという常識が目の前の人物を否定する。
やはり本物は別格だ。染め上げた仮初の金髪なら何度も目にした事はあるが、生まれながらに培った本当の金髪を目にしたのはこれが初めてだ。だからだろう、驚愕と感動から目が離せない。
だが驚いた事に、外人特有の髪色とは対照的にその顔立ちは日本人のそれで、小さく整い幼さを残しながらも『花』をイメージさせるその顔つきは素直に可愛いと印象を相手に与える。
その人物は俺の凝視を受けながら呆けたような表情で俺と目を合わせる。大きく開かれた少女の瞳は真っ直ぐ俺を見詰め、固まったように動こうとしない。
俺も未知との遭遇に動揺しているのか、どうアクションを起こせばいいのか分からず向けられた目に視線を合わせる事しかできない。ただ静かに状況が変化するのを待つ。
と、凝視しているからか彼女の口元が動くのが鮮明に確認できた。
「――――‥‥‥‥ぼんじゅーる」
そしてその口元から発せられた、フランス語らしい言葉もしっかりと聞き取れた。‥‥‥いや、訂正だ。今のはフランス語ではない。フランス語を読む日本語だ。
俺はもっと滑らかな発音をイメージしていたのだが、今のは明らかに一文字ずつ読んだような偽者の発音だ。今のが本気の挨拶なのか理解できず、ただ口を開いて呆然とするしかない。
そんな俺を見て彼女は、
「‥‥‥‥ぼんじゅーる?」
聞き逃したと思ったのか、もう一度間抜けなフランス語を口にした。
今ので分かった。これは本気だ、本気で発音している。彼女は真剣に、俺に対してフランス語を発しているのだ。『ぼんじゅーる』、と。
「ぁぁ‥‥‥ぼんじゅーる」
なら、こう返すしかないだろう。