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セツナ  作者: 空き缶文学
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第八話

 レンガの街から離れた小屋でのことです。

 辺りは緑一色の草原で、その間に簡易的な道路が一直線に続いていました。

 真っ直ぐに伸びる草が一部、踏み潰されてはしおれるように曲がってしまいます。

 擦れる音が短い間隔で聞こえてきました。

 小屋の前でその音は止まります。

「セツナ! セツナ!」

 小屋の持ち主を慌てた声で呼ぶ少女、ヘレナ。

 長い茶髪を後ろで結っています。

 赤い瞳はいつもと違って困惑しているようにも見えました。

「ヘレナ?」

 朝から騒がしい、眉をしかめては雰囲気で訴えているセツナは小屋のドアを開けて相手を確認。

 倭人特有の黒髪と幼い顔立ちに紅玉の瞳が目立っています。

 顔を見せた瞬間、ドアを思い切り開けられ両肩を掴まれたセツナ。

 前後に揺らされ、セツナは突然の行動に疑問を浮かべてしまいます。

「カナンを見なかったか? いない、どこにも!」

「知らん、見ていない、何を慌てている?」

 相変わらずの無表情で詳しい説明を求めますが、

「外にほとんど出たことが無い、もしかしたら外にいるのかもしれない、怪我をしているんだぞ? 探しても見つからない!」

 まったくわかりません。

「まだ完治していないのに、あのまま教会に連れ去れてしまっては!!」

「落ち着け」

「ぶっ!」

 混乱しているのでしょう、セツナはとにかく左手をヘレナの顔へ叩きつけました。

「とりあえず、説明しろ」

 右頬を真っ赤にさせたヘレナを小屋の中へ招待します。

 ボロボロのベッドとテーブル、イスだけの部屋。

 そこでセツナはこれまでの状況をヘレナから聞き出します。

「命に別状はなかったが、カナンは昨日の夜から様子が変で朝見に行ったらいなくなっていた。ウィルもガイも、他の部下もそれに気が付かなかったそうだ」

 落ち着きを取り戻したヘレナはイスに腰掛けて説明を終えました。

「それで、カナンを探せばいいのか」

「そうだ。報酬は出すから頼む、あの子を助けてくれ」

 目を閉じては苦い表情でセツナに助けを求めます。

「探してみよう、助けられるかはそれからだ」

 できることならばと依頼を受諾したセツナ。

 その言葉にヘレナはようやく笑みを浮かべました。

「ありがとう。カナンが見つかったらもう、私は組織から抜けるつもりだ」

「どうしてだ? 組織の絆は家族より固いのだろ」

 前に語っていた組織達の絆や仲間を犠牲にしないこと、それを壊すように組織から抜けるという。

「私にとってカナンの幸せが第一だということがわかった、聖女や聖母と関係の見知らぬ土地で住む、それでいい」

 ヘレナが出した答えにセツナは否定も肯定もしません。

「そうか、だったら私もこれが最後の仕事にしよう」

「なぜ?」

 今度はセツナから思わぬ言葉が。

「ジャンの店を手伝おうと思っている」

 ヘレナは自然と笑みを零します。

「命の恩人から恋人関係に進展していたのか、貴様ら」

「恋人?」

 首を傾げて、疑問を浮かべるセツナ。

「奴の店を手伝うというのなら、そういうことだろう」

 そんなことを話されてもセツナは全く理解できません。

「まぁ詳しいことはカナンを見つけてからにしよう」

 ヘレナが立ち上がった時でした。

 いきなりドアがノックもなしに開かれたのです。

「ヘレナ、やっぱりこんな奴のとこにいたのか」

 無断で入ってきたのはキングのボスで中年男性のガイ。

 短い金髪を刈上げたスタイルで顎には綺麗に整えた髭。

 黒のビジネススーツ姿です。

 そしてその隣には白衣姿の男がいました。

 黒髪に少し白が交じり、痩せ細った顔はへレナを睨んでいます。

「ガイ、それにフレッドまで、何用だ?」

 フレッドは相手を見下すような目つきです。

「実は君に頼みたいことがある」

「それより今は」

 ヘレナが口を開くと、

「カナンのことはそこの彼女に任せておきなさい、君には大事な任務がある」

 それを遮ったフレッド。

「くっ」

「博士、そのことはまたアジトで」

 詳しい情報はアジト以外で漏らされては困るとガイが止めようとしますがフレッドは首を横に振って拒否。

「ガイ君、大丈夫だ。彼女は決して外には漏らさない。ヘレナ君にはここで話を済ませて早急に向かってほしいのでな」

 セツナへと視線を一瞬だけ変えて、すぐにヘレナへ戻します。

「ああもう、わかった」

 渋々ガイはその場で黙り込みました。

「君に頼みたいのは洋国にいるマリアを除いた四名の聖母候補を殺害してほしい、そして都の研究所に行って機密のデータファイルを消す、早急にな」

「何故、殺す必要が?」

 そんな質問にフレッドは深く息を吐きます。

「すまないが急いでほしい、特にデータファイルには今後クローンを脅かす情報が入っている。詳しく説明している暇はないのだ。さぁヘレナ君、これはクローンを守る為の大事な任務だ行きたまえ」

 ヘレナは無言で睨みつけました。

「なぁに、これが終われば君は自由にしてもらってもかまわない、大切なカナンの為にね」

「わかった」

 ヘレナが承諾したことでフレッドは口元に怪しげな笑みを浮かべたのです。

 それをセツナは見逃さず眉をしかめました。

「なぁ、ヘレナ」

 小屋から出て行こうとする最中、ガイはヘレナを呼び止めます。

「なんだ?」

 不機嫌全開のヘレナは口調も荒い。

「あとで、渡したいものがあるんだ。いいか?」

 ガイは片手をポケットに突っ込んで、照れたように視線を合わせません。

「任務が終わってからにしろ」

 ヘレナに軽く回避され、

「あ、ああ」

 残念そうに呟きました。

「セツナ、カナンのことは任せる」

「わかった」

 二人は頷きあいます。

「さて、邪魔をしたね、さぁ行こうかガイ君」

 フレッドの怪しげな表情をただ黙って睨みつけました。

「探そう」

 レンガの街へと繰り出したセツナ。

 街の出入り口で虚ろに座り込んでいる住民、自己防衛の為に武器を装備した住民達に小さな情報でも聞き出します。

 しかし、皆口を揃えて知らないと返し相手にしません。

 子供が入りそうな狭い通路や、クローンが住み着いている瓦礫だらけの区域にも足を運ばせます。

 どこを探してもカナンの姿はありません。

 気付けば既に夕日が沈み暗くなってきました。

「いないな、外にでも行ったのか」

 薄暗い路地裏へ、セツナは左右を見ながら進みます。

「やめて、いたい、いたい!!」

 苦しそうな幼い声にセツナはしっかり前へ視界を映しました。

 そこには二人の子供と、二人の大人がいます。

 子供達はあちこちに切り傷やアザをつくり今も苦痛に耐えるようにしゃがみ込んでいました。

 それに対して大人達はこん棒で笑いながら殴ったり、叩いたりと乱暴なことをしています。

「ここはクローン立ち入り禁止区域だ。頭の悪いクローン共にはお仕置きしないと、な!」

「うぇえええ!!」

 こん棒が子供達の背中へ何回も叩きつけています。

「黙れ、クソガキ。お前らもこいつみたいにすぐしてやる」

 子供達の隣には既に息を引き取っている男の姿。

 何度も殴る蹴りを繰り返されたためか全身打撲だらけで出血もひどいようです。

 こん棒が子供達の頭を狙っています。

 これ以上暴力を振るわれては死んでしまうでしょう。

「なら、お前が黙れ」

「ぐえっ!」

 鞘の先端が顔面を殴打。

 こん棒を振り翳していた大人は一瞬で気を失いました。

「てめぇ、クローンのくせに」

 すぐに気付いたもう一人が襲い掛かってきましたが、

「お前も黙れ」

「ぎゃふ!!」

 今度は左拳で相手の鼻へ殴りつけられ倒れます。

 場が静かになったことで子供達は恐る恐る顔を上げて周りを確認しました。

 大人達が仰向けで倒れていることに驚き、また、目の前には見知らぬ少女がいることにも驚きます。

 救助を行ったセツナは死んだ男の姿を眺めていました。

「お姉ちゃん、ありがとう」

 子供達は安心したのでしょう、セツナにお礼を言って傷だらけの笑顔で見上げます。

「この男は?」

「ぼくたちを育ててくれたおじさんだよ」

 子供達に悲しいなんて表情はありませんでした。

 子供達の右腕に刻まれた01という数字。

 洋人特有の青い瞳ですが、その数字だけでクローンだとわかってしまう。

 セツナはただ黙って、感情のない紅玉の瞳を細めます。

「さっきも知らないおねえちゃんが助けようとしてくれたんだ。でもそのおねえちゃんケガしてて、他のやつらに連れていかれたんだ」

 思わぬ情報にセツナは食いつきました。

「どこに?」

「えっとたぶん、まちの外だと思う。あっちに行ったから」

 子供達の指した方向は確かに街の外へ続く門。

「そうか、ありがとう」

「うん!」

 たくましいクローンの子供達を置いて駆け出します。

 門を潜って外へ出てみれば再び一面草原の世界。

 人ならすぐに見つけられるほど視界は良好です。

「いやぁ! やめて!」

 まるで拒絶するような甲高い声。

「この声は……」

 聞き覚えのあるような、ですがこんな叫び声は聞いたことはない、セツナは曖昧な記憶で声がする場所へ向かいます。

「暴れんな!」

 男の声、大きな瓦礫で姿が確認できませんがそこにいるのは確かです。

 瓦礫の上へ軽々と登ると、そこには少女が一人と男が二人。

 真っ白なワンピースが今にも破られそうです。

 まだ未成年の少女を押し倒し、覆い被さった男。

 涙を流しながら必死に抵抗する少女は確かにヘレナが大切にしているカナンです。

 セツナはそれを確認できたのですが、動きません。

 しかも瞳孔が縮んだり、拡がったりを繰り返しています。

「聖女様の初めてをこれから堪能できるなんて最高だな」

「いやぁああ!!」

 もう一人の男に両腕を掴まれたカナン。

 足は既に押さえつけられて暴れることもできません。

 男の手が次第にワンピースの中へ入り込んできました。

 瓦礫の上に立っていたはずが、そこには誰もいません。

 セツナの左手に握られたのは白銀に輝く刀でした。

 地面に飛び降りたセツナは音もなく近寄り、刃から切っ先と斜めに相手の背中へ走らせます。

 服、皮膚、肉が裂かれ男は一瞬仰け反って、そのまま横に倒れていきました。

「な、なんだ!? お前、クロっ」

 思わぬ強襲に驚いたもう一人の男。

 しかし、体勢を整えさせてはくれません。

 切っ先は既に左胸を貫いていました。

「しまった、手が!」

 ようやく自分がしていることに気が付いたセツナは我に返ったように目を閉じて刀を抜き取りました。

 男は何度か体を痙攣させ左胸に手を押さえながら背中から倒れます。

 抜いた勢いで噴出した血はカナンの全身に付着し、セツナも当然返り血を浴びました。

「なんだ、この感じは……」

 人の命を奪う、奪った、そう思っただけで体が満たされるような感覚。

 殺人を犯すことがこんなに喜ばしいことなのか、セツナは自身の両手を眺めました。

「あの時の、ヘレナと一緒にいた人」

 息が止まりそうなくらい怯えているカナンは左肩を押さえています。

 左肩には包帯が巻かれて、そこから少し失血しているようです。

「何もないようだな……?」

 血まみれの手をカナンへ差し出しますが、

「や、やめて!」

 カナンは即座に反応し、その手を弾きました。

「目が」

 弾かれたことよりもセツナはカナンの瞳を直視します。

 青空のように澄んでいたはずの瞳がそこにはありませんでした。

「怖い……やめて、怖いの」

 代わりに血のように赤い瞳があったのです。

「とにかく、アジトに戻るぞ」

 セツナは無理にでもと腕を掴み持ち上げました。

「せ、聖女様か? クローンが聖女様を抱えているぞ」

 街の人々は小声で確認をしあいます。

 二人が通った地面には血の跡が点々と付着していて、誰も声を掛けれません。

 街から少し離れた区域にある五階建てのビルを見ると壁や窓にはなにやら暴れたような痕跡がありました。

 セツナが出入り口へ近づくと誰かが待っているのが見えます。

「ガイ」

 不機嫌そうなガイの手には大きい鞄。

「カナンは無事のようだな、報酬は約束通り渡す。だが今後一切ここにはもう来るな、ここからは俺達の問題だ。もう二度と顔なんか見せるな!」

 カナンを物のように引っ張っては乱暴にセツナへ多額のお金が入った鞄をぶつけました。

「そうしよう……」

 セツナは大人しくその言葉を受け止めます。

 体にぶつかり地面に落ちた鞄を拾い、その場から去っていきました。

 完全に夜となり、セツナは一人治安の悪い街を進みます。

 服や顔に浴びた多量の返り血は渇き黒くなっていました。

 しかし、お気に入りの赤いマフラーだけは汚れていません。

 それだけでセツナは安堵したように肩の力を抜きます。

「セツナ!」

 名前を呼ばれ、セツナは立ち止まりました。

「なんだ、ジャン」

 バーテンダーの服装で駆けてきた気が弱そうな少年ジャン。

 金髪で洋人特有の青い瞳。

 優しそうといえばそうですが頼りないともいえる顔。

 血まみれのセツナを見ては驚きすぐに酒場へ連れていきました。

 木造の古い建物はもう閉店しているのではないかと思えるほど脆い。

 灯りも暗く、酒の種類も少ない。

「最近、客が来なくて収入も減っちゃってこんな感じだよ」

 困ったなぁという表情のジャン。

 確かに客も一人か二人、前まで働いていた従業員は消え、ジャンは父親と一緒に切り盛りしているらしい。

「でもセツナのおかげで全ての借金が返せたんだ」

 棚を探るジャンはとても嬉しそうに言いました。

 濡れタオルを差し出され、セツナはそれで顔を拭きます。

「そうか、それは良いことだ」

「うん、僕なんかの為にこれだけしてくれたんだ。今度は僕が君に恩を返さないといけない」

 真面目に語るジャン。

「そう、か」

 そこに頼りない姿はありません。

「店を改装するつもりだったけど、実はこれを機に街から出ようって思うんだ」

「街を出てどうする?」

「実は前から僕、喫茶店をしたいって思ってて、それで今より安全な街でやるつもり」

 夢を恥ずかしげも無くセツナに曝け出すジャン。

 あんなに弱気ですぐに犯罪者に手を貸してしまい、借金もしていたはずなのに、セツナは思わず口をへの字にしてジャンを直視しました。

 人がこうも何かのきっかけで変われるものなのか?

 いつもより男らしいジャンに自然と自分の顔が熱くなっていました。

「顔、赤いけど大丈夫? 風邪でも引いた?」

「赤い? 顔が……!?」

 それを言われてようやく理解できたセツナは両手で頬を挟みます。

 沸騰したような熱さ。

「ちょっと見せて」

 ジャンの手が額に当てられました。

 今のセツナより冷たい手。

 無表情が崩れる勢いでセツナはさらに熱を増します。

「離れろ、近寄るな」

「ええ!?」

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