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セツナ  作者: 空き缶文学
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第六話

 レンガで造られた街から少し離れたボロボロの小屋。

 太陽が半分顔を出した朝にドアが二回、叩かれました。

 鈍い音に気がついた家主は倭人特有の黒髪と幼い顔立ちをした少女セツナです。

 感情のない紅玉の瞳、口元は真っ赤なマフラーで隠れていました。

 茶色のコートにその中は黒いシャツ、下は黒のズボン。

 腰には純白の鞘に収めた刀を差していました。

「なんだ?」

 ドアを開けて、来訪者を確認すると目の前には中年の男がいました。

 男はいつも街を掃除している管理者でもあります。

 少し長めの茶髪から顎へと続く濃い髭。

 洋人特有の青い瞳は綺麗ですが疲れているようにも見えました。

「おはよう、セツナ。今日は地下通路の掃除を手伝って欲しい、報酬は先に渡しておくよ」

 布袋に入った少量の金貨を手渡されます。

「ん」

 受け取った布袋をポケットに入れました。

「この時間帯なら信者も少ないだろうから大丈夫だが、地下に危険が無いわけじゃない。あまりうろつくんじゃないぞ」

 セツナは軽く頷いて答えます。

 街の門を潜ればレンガでできた建物が並ぶ景色が広がり、緑一色だった外とは違って枯れ果てたような世界でした。

「相変わらず寂しい街」

 セツナの呟きに管理者は一笑します。

「アドヴァンス教会がいても変わらんさ、俺は毎朝転がってる死体とゴミを掃除するだけ。セツナはゴミ掃除を今から手伝う、政治や治安は全て教会に任せておけばいいんだ」

 セツナは何も言わずに管理者の背中を眺めました。

 街の至るところに設置された地下へと繋がる階段を使って二人は入ります。

 薄暗い世界に管理者は懐中電灯を取り出して明かりを灯しました。

「地下二階から手始めに掃除をしよう、あまり遠くに行くんじゃないぞ」

「ん」

 道具を受け取ったセツナは真っ暗闇の中を歩いていきます。

 どうやら彼女の視界からは真っ暗なところでも平気なようで、管理者より先に前へと進んでいきました。

 次々と拾い上げる大小異なるゴミ。

 まだまだ袋に入れることができるのですが、セツナは途中足を止めました。

 直線が続く地下通路にひとつに壁の無い空間があるのことに気付きます。

 そこへ近寄ってみると階段がありました。

 階段の天井には木製の四角い扉が設置されています。

 道具一式を置いて階段を上がったセツナ。

 扉を少し開けて頭だけが出る程度で覗くと、そこはコンクリートで造られた通路でした。

 この景色に見覚えがある、そう感じたセツナは体全てを乗り出しました。

「ここは……」

 左右の壁には一定の間隔で配置された鉄のドア。

 その内のひとつが突然開かれました。

「ねぇ、ヘレナはー?」

「ヘレナはお仕事中だから、少し散歩にでも行こうか」

 茶色のセミロングヘア、疑いも穢れもない青空のような瞳。

 真っ白なワンピース姿は聖女と称しても問題はないでしょう。

 次に出てきたのは短い金髪、青い瞳、整った爽やかな顔立ちの青年でした。

 黒のスーツ姿は男らしさを引き立てています。

「誰だ!?」

 青年は気付いたようで、すぐに少女を背後に下がらせました。

 スーツの内側から取り出した拳銃を構えます。

「そうか、ここはキングのアジトか」

 それでも平然と周りを見渡すセツナ。

 彼は絶対撃つことができない、そう確信しているセツナは躊躇せず前進しました。

 青年の後ろでセツナに手を振る純粋な笑顔の少女。

「これ以上近づくな!」

 弾丸を発砲するわけでもなく、大きく上へと拳銃を振り翳しました。

 セツナは瞬時に瞳孔が収縮し目の前の標的を捉えます。

 視界に映った世界はまるで闇の中でした。

 その中に映る拳銃と青年は停止したまま動きません。

 時が止まるという不思議な感覚にセツナは思わず首を傾げてしまいます。

 それでも体は勝手に反応し、いつの間にか鞘から抜き取っていた白銀の刃が拳銃へ。

「えっ、えぇ!?」

 収縮した瞳は元に戻り、次には半分に割れ崩れた拳銃が青年の手から抜け落ちていました。

 今、青年の手にあるのは刃の切っ先。

 あと少しでも触れていれば青年の手が斬れていたことでしょう。

「空っぽ」

 拳銃の破片と部品が地面に散りますが銃弾は見当たりません。

「い、いつの間に、どうやって」

 青年はすぐに刃から離れて自分の右手を大事そうに左手で覆いました。

「カナン、この男は誰だ?」

 青年の背後で隠れていた少女を呼び、答えを求めます。

「ウィルだよ。お兄ちゃんみたいな人」

「あれ、も、もしかして知り合い?」

「うん、セツナだよ」

 ウィルはしばらくセツナを瞬きせずに凝視します。

「ああ! ヘレナが言っていたのは君の事だったのか……」

 力が抜けるようにウィルはしゃがみ込みます。

「疑いがなくなったのはいいこと。しかし特別用はない、仕事があるので帰る。邪魔をした」

「またねー」

 無邪気に手を振るカナンとしゃがみ込んだままのウィルを置いて元の場所へ戻ることにしました。

 階段を下りると、管理者が腕を組んで待ち構えていたのです。

「こら、セツナ。道具を置いてどこに行っていた?」

「ごめんなさい」

 顔に反省の色はありませんが素直に謝るセツナ。

 管理者は肩をすくめてゴミ袋を抱えて先に進みました。

「ここ周辺の掃除は終わったよ、さぁ次に行こう。もう勝手に行くんじゃないぞ」

 各場所に設置された地下通路の掃除をして数時間が経過。

 全てを終えた頃、太陽はちょうど真ん中まで昇っていました。

 街から少し離れた小屋に戻ろうとしていたセツナは草原の地を踏みながら、緑一帯の平穏な景色を眺めます。

 玄関の前に設置された短い階段を上り、ドアの取っ手に触れます。

「セツナ!」

 突然怒鳴り声が背後から響き渡り、取っ手から思わず指を離してしまいます。

 何事かとセツナは眉をしかめながら、振り返ります。

 そこにいたのは長い茶髪を結った少女ヘレナでした。

 黒いビジネススーツ姿で男顔負けの燐とした表情に、偽物の青い瞳がセツナを睨みつけています。

 怒りを充填して今にも爆発しそうなヘレナにセツナは無表情で返しました。

 ヘレナの右手を見ると、銀色に塗装された頑丈な四角い箱を持っています。

「なんだ騒がしい。近所迷惑だぞ」

 迷惑そうなフリで呟かれたセツナの声で、ヘレナは怒りを最大に勢いよくマフラーを引っ張ってきました。

「どこに近所がある! 街の外に住んでいるのは貴様だけだ!!」

 そのまま振り回されてしまうセツナですが、相変わらず無表情のままです。

「まったく、貴様に依頼があるから来たんだ。深夜に会議を行うその間に、アジトの警備をしてほしい」

「部下に任せないのか?」

 行きたくない口実を探しているセツナ。

「残念だな、部下は別組織の護衛係を任せている。貴様なら一人で充分だろうに、もちろん今回もたっぷりと報酬を出そう」

「それなら仕方ない」

 即座に了承を得たヘレナに四角い箱を差し出されました。

「なんだこれは?」

「これはカナンを救出したときの報酬。我々組織は一般市民に金を渡すことができないらしい、貴様はまだ組織の一員ではないのだから大丈夫だろう」

 頑丈な箱をテーブルの上に置き、代わりにとセツナは壁に貼っていた紙を取ってヘレナに渡しました。

「ああこれは、アドヴァンス教会が作った条例か」

「街の管理者からもらった」

 細かい文字で書かれた項目を一通り読むヘレナ。

 クローン及びそれに関連する犯罪組織には一般市民が関わってはいけない。

 金品の売買、譲渡は禁止とする。

 クローンを保護した者は罰則として断食一週間。

 身内にクローンがいる場合は教会へ報告する。

 クローン撲滅に一般市民は貢献、生け捕りして教会側に引き渡すと謝礼が出る。遺体だと少し額が下がる。

 などなど、他にも様々な条例が書かれています。

「犯罪組織に関わりがある奴らの大半がクローンを占めるというのにどうして邪教共が街を支配し、クローンの居場所を奪おうとするのか全く分からない!」

 気に入らない内容にヘレナは条例の書かれた紙をテーブルへと叩きつけました。

「今日は不機嫌モード」

 眉をしかめながら聞こえないように呟きます。

 太陽が沈んでから数時間も経過した深夜。

 日付も変わり、人々は眠りについているというのに動物の鳴き声も聞こえない静寂な世界を掻き消すのは車のエンジン音。

 数十台の高級車が停まっています。

 キングのアジトへ次々と向かう真っ黒なスーツを着た集団。

 五階建てのビルにある会議所は満席状態です。

 その様子を苦そうな表情で眺めているキングのボスでガイという中年男性。

 そんな彼の横にいるのは杖を両手に、次々と室内へ入ってくる集団を目で追いかけている老人。

「まったく、朝に条件を約束したはずなのになぁ……」

「なんじゃ、条件とは」

 老人は首を傾げます。

「アドヴァンス教会の傘下にある聖教会が押し入ってきて、クローン二人が教祖であるドイゾナーを殺そうとしたことに反発しにきたのさ」

 老人は面白そうに笑みを浮かべながら胸元まで伸びた白い髭を撫でました。

「その責任としてカナンを返せってな、でもそれは簡単に呑めるわけがない。だから代わりに最低でもクローン撲滅に貢献しろっていう条件を朝、約束したばかりなんだよ」

 面白くなさそうにガイは指定席へ座ります。

「ほっほっほ、ヘレナは血の気が多いのぉ」

 高らかに笑う老人をガイは睨みました。

「あんなに清楚で大人しかったヘレナをあんな風にしたのは先代のボスを含めるお前らのせいだからな」

「はてはて、特殊クローンの実験を行ったのは確かに我々だが、人格を変えたのは犯罪組織という存在だがのぉ」

 とぼけた様子でガイの隣の席へ座った老人。

 どの組織の人物も難しい表情のまま会議を開いた張本人を待っています。

 そして、沈黙の中扉が静かに開かれました。

 重々しい表情に怒りがこもっているような雰囲気が漂うへレナの姿。

 青い瞳はまるで自分が人間であるかのように訴えています。

「暇だ」

 地上で行われている会議とは別にセツナは暇を潰す環境もない殺風景な地下通路で呟きました。

 鉄のドアが両側の壁に設置され、天井の蛍光灯は薄暗く寂しくなってしまいそうです。

「全然暇じゃないよ、侵入者がいないか監視していないと」

 朝に出会ったばかりのウィルは緊張している様子で落ち着かない様子。

「真面目か」

「真面目っていうわけじゃないけど、常に警戒して辺りを監視するのは絶対必要だし、何より仲間の命が懸かっているんだから」

 命という単語に眉をしかめたセツナ。

「殺し合いをしている奴らが言うような台詞じゃない」

 ウィルはため息とともに顔を俯かせます。

「他人の命と仲間の命は別、それはどの組織も同じことだよ。君がどう言おうともね」

 真新しい拳銃を胸ポケットから取り出し、その中身が空弾倉であることを確認します。

「アドヴァンス教会の方が俺達より酷い。あいつらは」

「私からしてみればどっちも一緒だ敵でも味方でも人の命を奪っていることには変わらない」

 途中で遮ったセツナは、ウィルに軽く睨まれました。

「ここは私一人で平気だ」

「そうだね」

 反論もせず素直に従ったウィル。

 姿が見えなくなったのを確認することもなくセツナは薄暗く狭い通路の真ん中で立ち尽くすだけです。

 自然に存在する音は耳に入ってきません。

 これ以上の静寂はないのではないかというほど無音です。

 不安と恐怖が忍び寄る感覚に耐えられない、誰がいつどこから襲ってくるのでしょうか、わかりません。

 そんな恐怖とは無縁のセツナは沈黙を貫き通します。

「暇だ」

 発した言葉とは別に退屈を表現するには伝わらない無表情。

 ですが、退屈は一瞬で掻き消されました。

 静寂な世界を打ち壊したのは扉が開く時に軋む音。

 それはセツナの背後から、細かく軽快に駆ける音が耳に伝わってきました。

 迫り来る足音にセツナは腰に差した鞘の口を掴み下へと力強く押し付けて反応を示します。

 その反動で鞘の先端部分が上へと向き見事に相手の腹部を捉えました。

 鞘から逆に抜き取ると白銀一色の刀身が離れて地面に落下。

 刀身が二回三回と跳ねて金属音を鳴り響かせています。

 完全に刀が地面と密着したと同時にようやくセツナは振り返って相手を視界に映しました。

「ぐっ、クローンめ!」

 緑色の制服を身に纏った若い男の姿でした。

 男の睨みつける青い瞳はまるで仇討ちを待ち望んでいた様で、手には鋭いナイフがしっかりと握り締められています。

 鞘の先端は男の腹部を突いたまま。

「今ここの組織は会議で忙しいそうだ」

 そう呟いて、セツナが鞘で男を突き放すとバランスを崩した様にふらついていました。

 体勢を立て直される前にセツナはそのまま鞘を男の顔面へ叩きつけます。

「ぐあ!」

 片手で顔を覆って痛みに耐えようとしゃがみ込んだ男。

「アドヴァンス教会の者か?」

 白銀の刀身を拾い上げたセツナは切っ先を男の首筋へ近づけます。

 あと数ミリで斬れてしまいそうな距離。

 男は痛みも忘れて目の前の凶器に体を震わせ、息を荒くしていました。

「私はただの警備役であって殺すつもりはない。処理はここの組織に任せる。ついて来い」

 言葉が口から発することができない状態で男は言われた通りにセツナの後ろを歩いていきました。

 地上への通路に出ると待っていたのはウィルとガイでした。

「早速不審者を捕まえたのか、熱心ねぇ」

 いつの間に会議から出てきたのでしょう、ガイは苦い表情でセツナを睨みつけてきます。

「私がお前に何か悪いことをしたか?」

「ああ、ヘレナの体はお前のせいでボロボロだ。お前と会ってしまったことで怪我ばかり、無茶ばかりする。改善されたのはほんの一部、他は全部悪いことばっかだ!」

 不機嫌丸出しのガイに人差し指を突きつけられてしまいます。

「そう思うのは勝手だが、とりあえず教会の信者をどうにかしろ」

 ガイの手を振り払うと男を自身より前に突き出しました。

「ああ、この狂信者は役に立ちそうだな」

 唇を噛み締めてガイは若い男の襟首を掴み上げます。

「ここに信者が侵入しているのなら外にも複数いるんだよ。中から侵入経路を確保して一気に叩くつもりなんだろうけど」

 ウィルは目をきつく閉じて説明します。

「仲間に殺されるのなら文句ないだろう、よ!」

 アジトの出入り口の扉を思い切り蹴り破ったガイ。

 扉が開いた瞬間、掴んでいた若い男の背中も蹴って外へ放り出します。

「うわぁああ!」

 蹴り出された若い男が叫ぶと同時に外から数回に渡って激しい連射をするような破裂音が響きました。

 音と一緒に若い男の体が跳ね、噴水のように血液が飛び散ります。

 外は血液と鉄分の臭いが充満し、待機していた武装信者達は騒然として何かを言い合っている声が聞こえてきました。

「何事だ!!」

 激しい破裂音に気付いたヘレナが会議をしている部屋の窓から顔を出します。

「ウィル、カナンを地下に閉じ込めておけ。絶対外に出すなよ」

「はい」

 その場から駆けていくウィルとその場に立ち尽くすガイとセツナ。

「他に方法があっただろう」

「これが俺の方法だ、仲間以外は徹底的に潰す。それが組織を守る唯一の方法なんだよ!」

 セツナを手で突き放すとガイもまたこの場から去っていきました。

 その手には拳銃が握り締められています。

 眉をしかめながらもセツナは刀を手に外へ出ようとしたときでした。

「セツナ!」

 ヘレナの声が上から聞こえてきました。

 上空へ視界を向ければヘレナの姿が。

 見事地面に両脚を曲げてしゃがみ込む姿勢で着地。

 右手に漆黒の刀身、左手に灰色の刀身を持っています。

 まさかの上階から飛び降りてきたのです。

「殺したくないのなら、黙って見ていろ」

 既に周りには武装信者が複数二人を囲んでいます。

「あのクローン共を撃てぇ!」

 武装信者の掛け声と同時に発射される弾丸。

 ヘレナは瞳孔を収縮させて獣のような瞳へと変化します。

 その瞳は真っ赤に血のように染まっていました。

 二本の刀身で弾丸を半分に斬り捨ててしまいます。

「く、来るな!」

 怯える様子の武装信者に遠慮なんて必要ありません。

 ヘレナは迷うことなく相手の胸部へ十文字を描くように斬りつけました。

 服も皮膚も裂けたと思えばその部位から噴出する多量の血液。

 まだそこで終わりません。

 ヘレナは白目を剥いている武装信者の首へと切っ先を貫かせました。

 完全に息の根を止めると貫通させた刀身を抜き取り、次のターゲットに標準を合わせています。

 ですが、

「やめろ!」

 狙うはずだった相手をヘレナより先に横取りしたのはセツナでした。

 鞘の先端で首筋を叩きつけるとそのまま気絶させます。

「くそっ、これ以上騒がせると民衆に気付かれる。撤収しろ!」

 生き残った武装信者達はさっさと逃げていきました。

「納得いかないか? 組織のやり方に」

 血まみれの刀身を布で拭い取るヘレナ。

「納得する以前の問題だ、報酬はいらない。気分が優れない、帰る」

 セツナは不審者のように足をふらつかせ、転倒してしまいそうです。

 虚ろな表情を俯かせたまま街を歩くセツナ。

 やがて街の外へと続く門をくぐり一面草原の世界へ足を踏み込ませました。

 とにかく家路に着こうと、セツナが小屋付近で顔を上げた時。

「あ、いたいた。セツナ」

 優しい気弱な少年の声と顔が見えました。

 セツナは見覚えのある少年に首を傾げて、

「ジャン」

 名前を呼びます。

「最近セツナと会えてなくて、ずっと謝ろうと思って……その、えっと」

 何を言いたいのでしょう、セツナは言葉の続きを待ちます。

「今までその犯罪者に手を貸したり、悪い組織にお金を借りたり、僕のせいでセツナが責任を負ってくれて、本当にありがとう、そしてごめん。これからは父さんの店を継ぐため酒場一筋で頑張るから」

「そうだな、頑張れ、二度と犯罪組織に手を貸すな」

 そろそろ立っていることも辛くなってきたセツナはジャンの謝罪にあまり耳を傾けていません。

 早く小屋に戻って休みたいと感じていました。

「そしたらセツナが何でも屋をする必要もないし、これからはその、僕とずっと一緒に酒場を手伝って欲しいなって……思う」

 微かに頬を赤く染めて照れながら呟くジャン。

 その反対にセツナは無表情のままジャンを直視します。

「だといいな」

 言葉の意味を理解できていないセツナはジャンを通り過ぎて、小屋に入ってきます。

「せ、セツナ」

 慌ててセツナを追いかけてきました。

 ドアの前でジャンは立ち止まり、部屋から出てきたセツナを見上げます。

 セツナの手にはお金が入った四角い頑丈な箱。

「これはなに?」

「金だ。それだけあれば店を改装できる。父親も喜ぶだろう。ジャン、お前は私にとって命の恩人だ。いつか代を継ぐとき、その願望を聞き入れる」

 日付は既に変わっています。

 顔を真っ赤にさせて微笑むジャンと無のまま喜ぶその姿を眺めているセツナ。

「そういえば久しぶりに会うね」

「そうだな」

「いつになったら昔の話聞かせてくれるの?」

「昔の話?」

「うん、この街に来る前のこと」

「山賊に襲われたから逃げてきた……それ以外何も覚えていない」

「本当に?」

 黙って頷いたセツナ。

「そっか、何か思い出せたら聞かせてね」

「そう、だな」

 二人はしばらく明るい満月の空を見上げていました。

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