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第三十話

 セツナは真っ暗で迷路のように造られた地下を歩いています。

 視界は良好で、見えにくいことはありません。

 後ろにいるカナンも同様。

 真っ赤なマフラーを首に巻いて、紅玉の瞳を鋭くさせて前を見続けます。

 カナンの指示通り、道を進んでいけば既に切断されている重い扉が地面に落ちていました。

 はっきりと扉の向こう側が分かるようになっていますが、何があるかはわかりません。

「気を付けて下さい、ドイゾナーの仲間が見張っているかもしれません」

「わかった。カナンはそこで待て」

 ここから先はセツナだけが足を進めます。

 持ち主の手に収まった白銀の刀を鞘から抜き取り、汚れ一つもない刃を露わにしました。

 扉の先は真っ白なホール。

「何も無い……」

 声を漏らせば反響していきます。

 セツナが言った通り何もありません。

 それでも警戒を怠らず、セツナは全身の神経を集中させてホールの真ん中まで歩きます。

「聖女様は聖母になれる人なんだよ? そんな人を放置して大丈夫かなぁ」

 全く気配などありませんでした。

 セツナは驚く様子もなく、静かに振り返ります。

 純白のローブを身に纏う人物。笑みを浮かべる口元だけが確認できました。

 扉の外側で待っていたはずのカナンがローブを着た人物に口を塞がれて喉元にナイフの刃先を突き付けられています。

「どこかで見た気がする、街か」

「あはは、僕のこと覚えててくれた? 街の廃墟地区で目が合ったよね、僕はずーーっと覚えてるよ」

 中性的な声が嬉しそうに笑い、持っているナイフを粒子にさせました。

 どのようしたのか、セツナは理解できません。

「カナンをどうするつもりだ」

「どうって言われても、カナンに興味があるのはドイゾナーだからね、僕はどうでもいいよ。それより君と殺し合いたいなって」

「殺し合い……そんなつもりはない」

 カナンは強く突き放されてよろめいてしまい、セツナの胸に受け止められました。

「僕はノザカっていうんだけど、一応簡単に説明するとドイゾナーの子孫にあたるんだ。ねぇ、お友達の敵討しないの? 僕がヘレナをここで殺したよ、この刀で」

 ノザカの両手には漆黒の刀と灰色の刀があり、セツナは眉をしかめます。

 間違いなくヘレナが所持していた刀。

 左右の刃はどちらも血液が付着しています。

「聖女様は知っているよね、だって記憶を共有したはずだから」

 カナンは息を漏らしてセツナの胸に顔を沈めました。

 胸が窮屈になり始めたセツナはカナンを背に回して前へ。

 濃厚な血液と臭いにセツナは瞳孔を収縮させました。

「セツナさん?」

「聖女様、先にドイゾナーの所に行っていいよ。この部屋の奥にもうひとつ扉があるでしょ? その先で待ってるから、ね。じゃないと巻き込まれて死ぬよ」

 喜々として笑みを口元に浮かべ続けるノザカの言葉にカナンは表情を曇らして下ってしまいます。

「セツナさん……死なないでくださいね」

 涙も笑顔もないカナン。静かに次の扉へと走って行きました。

 二人きりとなったホール。

「ヘレナは聖女様を意識へ送ったあと、完全に巻き込まれなかったんだよね。両腕を失っても口で刀を持って戦おうとしていて、可哀想だから核の二つをこの刀で刺してあげたよ」

 血を舐め取ったノザカはじっくりと味わう。

 純白の鞘が床に落ち、叩く音がホールに響きます。

 刃先は既にノザカの体を貫き通し、セツナの体は懐に密着していました。

 その勢いでフードが取れ、ノザカの中性的な顔が露わになります。

 少年とも少女とも思える容姿と、漆黒の瞳、短い黒髪。

 目は正気を失って悦に浸っています。

「そう、そう、そうなんだよ。そうやってさぁ、殺し合おうよ。僕とさぁ!!」

 セツナは獣のような眼孔で刃を引き抜きました。

 荒い呼吸と躍り出す胸の鼓動がより激しくセツナを興奮させます。

 血液が噴出しようが、皮膚が裂かれようが、痛みなんてありません。

 ノザカは二本の刃でセツナの胸部を斬りつけました。

 地味なジャケットと黒いシャツが破けて肌が露出。

「ノザカぁあああ!!」

 ノザカの脇腹に切っ先を通し、布と肉を抉ります。

 ローブが破けて中の衣服も綺麗に裂けました。

 その隙に灰色の刃がセツナの首筋に一閃。

 黒に近い血液が噴水のように飛び散り、自らの血を浴びながらセツナは白銀の刃をノザカの胸に突き刺しました。

「いいよいいよいいよ!」

 気分が高まれば高まるほどノザカは叫びます。

 胸を深く貫いた刀身を掴み、ノザカは後ろに下がって白銀の刃を抜き取りました。

 普通の人間では不可能な戦いに、真っ白なホールは赤黒い色で染まっていきます。

 ノザカが持っている二本の刃が上からセツナに向かって落ちて、白銀の刃は下からノザカの左胸に向かって昇りました。

 同時に左胸を貫かれ、二人は停止。

 セツナは獣の眼孔を維持して、ノザカを落ち着いた様子で眺めます。

「ノザカ、さっきも言ったが……殺し合いはしたくない。お前を殺すつもりはないし、死ぬつもりもない。だから邪魔をするな」

 強く、視線を合わせて、セツナは瞳孔を元に戻しました。

 白銀の刃を引き抜いて空を斬り、血を取り除きます。

「な、何? 何をしたんだ!?」

 ノザカは刀から手を離して頭を抱え、しゃがみ込みました。

 穢れもない白銀の刀を鞘に戻して、胸に沈む灰色の刀身と漆黒の刀身をセツナは無表情で抜きます。

 どれだけ流れ出たのでしょうか、死んでもおかしくない多量の血液が床を水溜りに変えて、靴の裏は赤い。

「あはは、僕の頭、情報が限界なのかも、ね……もうちょっと情報を増やさないと」

 笑いながらノザカの体は霧状となって消えてしまいました。

 水が跳ねる音を立てながら、セツナは三本の刀を持って次の扉の先へ。

「変な奴らに好かれるのは昔からか」

 独り言を呟いて、セツナは重たい扉を押し開けました。

 その先に余計な通路はありません。

 大きな聖母像が飾られた誰かの墓地。

 墓地の前で両手足を地面に密着させて、巨体を震わしているのは神の代弁者と名乗るドイゾナーでした。

 黒いローブで身を隠し、唇を噛み締めている口元だけが確認できます。

「カナン?」

 セツナは静かに佇むカナンに声をかけました。

「ドイゾナーも所詮、特殊クローンというだけで不死身じゃないんです。核もヘレナのと比べれば古いはずですから」

「どういうことだ?」

 求めた答えなのかはわかりませんが、セツナは首を傾げます。

「死んだ人間に似せただけのクローンだから、結局聖母の力には及ばないってことです」

「微笑みと涙、か」

「はい、セツナさん。その刀で錬成を解除してください」

 指名されたのは白銀の刀でした。

 もう一度純粋に輝く白銀の刀身を外気に触れさせて翳したセツナ。

 切っ先を下にして、ドイゾナーの首に狙いをつけました。

「だ、だま、黙れ、カナンよぉ……何故、愛おしい妻の心を何故拒否する!? 我は、この時を千年もの間、待っていたというのに!!」

「貴方の記憶は偽物です。本物は千年前に殺されました、今はもう英雄物語なんですよ……その記憶はフレッドが読んでいた小説の物語でしかないんです」

 痺れを切らすカナンの幼い青い瞳で冷たい視線をドイゾナーに送ります。

「馬鹿な、馬鹿な、こんなこと、があってたまるものかぁ、我はクローンではない、我は神の代弁者で錬金術の継承者なり!!」

 ドイゾナーを囲む大きな錬成陣。

 青く発光する円形の陣が不可解な文字や数字を浮かべています。

「せめて、セツナよぉ……貴様も我と共に堕ちろ!!」

「堕ちるぐらいなら、いくらでも共にしてやる」

 セツナは静かに切っ先を首に落としました。

 突然地盤が崩れ、遠慮も無く地面を削り始めます。

「え……セツナさん! 逃げましょう!!」

 刀身を深く刺し込めば、青く光っていた円形の陣は治まりますが、地盤沈下は止まりません。

 カナンが声を大きくして叫びますが、セツナは反応せず、柄を握っています。

「セツナさん!!」

「カナンは先に逃げろ、後で行く」

「でも」

「もし保住健児に会ったら詳細を伝えてあの街に戻れ、必ず街に帰る……だから逃げろ」

 カナンは唇を噛んで俯くと、来た道を走りました。

「情けないほど呆気ない終わりだったな、ドイゾナー」

「だ、黙れぇ、我はまだ、終わらぬ」

 呻く声にセツナは目を細めて時を待ちました。

 地面が割れてドイゾナーがいる周りだけが穴を作り、崩落していきます。

 足場を無くした暗闇の世界にドイゾナーとセツナは吸い込まれるようで、バランスを失いました。

 白銀の刀を首から引き抜いて、ドイゾナーから離れたセツナ。

 漆黒の刀と灰色の刀も落ちて行きますが、セツナは何より白銀の刀を手に持ちます。

「答えろ、楽園世界にもう一度だ」

 セツナは白銀の刀に向かって取り乱すことなく話しかけました。

 視界を遮られ、目の前は淡い世界。

 セツナは柔らかく微笑みました。

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