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第三話

よろしくお願い致します。

 朝から忙しくレンガで造られた道路に転がっている死体を運ぶ管理者。

 それがこの街では毎朝の出来事です。

 一般市民が寄ることのない重たい門で区切られた道。

 門の向こうにはビルが二軒建っていました。

 コンクリートで造られています。

 ビルの出入り口で座り込んでいる一人の少女。

 その瞳は青空のように澄んだ曇りのない色で、純粋そのものです。

 触れてもすり抜けてしまいそうな滑らかな茶髪。

 純白のワンピースに身を包んだ幼い少女は空を見上げていました。

 そんな彼女を突然覆う黒い影。

 少女はその影の本体へ顔を向けました。

 真っ黒なローブ姿で、顔はフードで隠れてよくわかりません。

 二メートルはあるでしょうか、少女は頑張って背伸びをします。

 口元からは不気味な笑みを浮かべていました。

 そして……――。


「なんだ?」

 街から少し離れた場所にある小屋の主は無表情のまま、玄関前で不機嫌そうに立っている人物を見ます。

「貴様に依頼がっておい!」

 相手が言い終える前にドアを閉めます。

 紅玉の瞳を細め、倭人特有の幼い顔を両手で触りました。

「とにかく話だけでも聞け!!」

 ドアの向こうから聞こえてくる怒鳴り声に眉をしかめます。

 思い浮かぶ顔は自身と同じように紅い瞳と、自身とは違う真っ直ぐな表情。

「セツナ!」

 名前を呼ばれ、セツナはドアを再び開けました。

 思い浮かんだ同様の人物が目の前にいます。その人物は長い茶髪を後ろで結っていました。

 呆れたような表情がセツナの視界に映ります。

 左右の腰には刀を一本ずつ差していました。

 黒いビジネススーツ姿の彼女は男よりも逞しいでしょう。

「カナンが誘拐されてしまった」

「ああ、アホの」

「黙れ! 聞け、貴様と私はこれからカナンの救出に向かう」

 腕を前で組みながら説明をします。

「場所はアドヴァンス教会。誰にも見つからないように気をつけろ」

「私はやると言っていない」

「金はやる。望めばいくらでも出す」

「ム」

 セツナは黙りこんでしまいました。

「文句はないな、行くぞ」

 ヘレナとセツナは横に並んで街へと歩き出します。

 街の出入り口にある門を通り抜けると、そこは不安と恐怖に怯えながらも外を歩く人々がいました。

 見慣れている二人は不安も恐怖もなく、前を歩きます。

「護衛をつけなかったのか?」

「護衛はいた。それなのに誰も気付けなかった」

 ヘレナが苦い表情のまま呟きました。

「まるで監禁」

「監禁じゃない! カナンは」

「おい」

 二人の会話を遮る男の声。

「なんだ、武装信者か。ここは別に立入禁止区域じゃないはずだ」

 目の前にはアサルトライフルを背負って立っている五人の男。

 顔を覆うゴーグルで表情は窺えません。緑色の制服と黒色のズボン姿。

「今日からここは人間以外立ち入り禁止だ。さっさと失せろ」

 ヘレナは腕を前で組むと武装信者を睨みます。

「お前らにも少しは知能があるだろ、人間には劣るだろうけどよ」

 含み笑いをして、手の甲を上にして追い返すような仕草を繰り返す武装信者。

 セツナは口を小さく開けたまま武装信者を傍観します。

「セツナ、こっちに来い」

 セツナの襟首を掴んでその場から退散を始めたヘレナは住宅街の路地裏へと足を踏み入れました。

「アドヴァンスも警戒しているようだな、普段は外に出てこない武装信者がいる」

 ヘレナは背中を壁に密着させます。

「しかも、立ち入り禁止区間がいつもより広くなっているしこのままではレヴェルとも連絡が取れないな」

「レヴェル?」

 セツナはその隣で同じように背中を壁にもたれさせました。

「犯罪組織と言えばそうなるが、ある意味国を管理するような組織だ。貴様みたいに人殺しを嫌う奴にはいいかもしれないな」

「興味ない」

「フン、そうだろうな。さっさと行くぞ、裏口を探す」

 早足で路地裏を出ていくヘレナの後ろを黙って追いかけるセツナ。

 住宅街から人気の少ない廃墟地区へと向かいます。

 瓦礫とゴミ、そして腐敗した何かの遺体。

 あちこちに散らばっています。

 崩壊したビルの建物もいくつかありました。

 セツナは荒廃な景色を見渡していると、

「人?」

 崩壊したビルの上に人がいるのを確認できたようです。

 真っ白なローブに身を包んだその姿にセツナは自然と瞳孔を収縮させていました。

 どうやら少年のようです。

 その少年はセツナと目が合いました。

 微笑む少年の口元が見え、セツナは口を半開きにさせます。

「セツナ!」

 ヘレナの呼ぶ声が一瞬にして耳を騒がしくさせました。

 意識が飛んで行ったかのような錯覚に襲われていたのでしょうか、セツナは我に返ってヘレナを見ます。

「早く来い、ここから先に確か地下道があったはずだ」

「わかった」

 そう返答したセツナはもう一度少年がいた場所へと視線を変えましたが、そこには誰もいませんでした。

「気のせいか」

 セツナは呟きます。

 二人が入ったビルは一階部分を残してそれ以上の階はありません。

 上へ続くはずの階段だけが残っていて晴れた青空がはっきりと見えます。

「ここはなんだ?」

「何って、貴様も一応この街に住んでいるなら歴史ぐらい知ったらどうだ」

「?」

 眉をひそめるセツナ。

「千年前、錬金術を使える一族がここで住んでいて、人々が彼らの力を恐れてこの地区ごと消滅させた。今もずっとこのまま、誰もここを復興させようとする者はいないという話だ」

 地下へ続くはずの通路を探す為大きな瓦礫や破片をひっくり返しながら、ヘレナは説明しました。

「こんな建物が千年前にあったのか?」

 崩れているビルを見渡し、セツナはヘレナに質問します。

「錬金術は万能の力、物質があればなんでも造れる。手のかかるものですらあっという間にできるのだから、可能性はある」

 ヘレナは地面に埋もれている最後の瓦礫を拾い上げます。

 その下には四角い穴。

 地下へ続く階段もありました。

「ここだな、行くぞ」

 彼女の言葉に耳を貸さずセツナは立ち止りました。

「聞こえているのか、セツ、ナ?」

 ヘレナは後ろを振り返りました。

 ですが、いるはずのセツナがそこにはいません。

「なっ」

 その代わり、十人の武装信者がアサルトライフルを手に構えてヘレナを囲んでいます。

「クローンは人間にとって悪魔だ!」

 男達の怒ったような声。

「我ら聖女様にこれ以上近寄るな!」

「化け物!」

 次々とヘレナに罵声が飛んできます。

 ヘレナは、唖然としていましたがすぐに、

「黙れ!」

 怒声と一緒に二本の刀を鞘から抜き取りました。

「化物を殺せ、撃て!」

 一人の合図で武装信者全員が動きます。

 引き金を人差し指で押さえる瞬間、ヘレナは瞳孔を収縮させました。

 その瞳に映るのはスローモーションの世界で、全ての動きがまるで止まっているかのようにヘレナの視界は見えます。

 誰が一番速く押さえるかを確認したヘレナは自身の前にいる信者へと漆黒の刃を向かわせました。

 下から上に刃が動きます。

 斬れたのは人ではなくアサルトライフル。

 銃身が斬れ、男は思わず後ろに下がってしまいます。

「ば、化け物!」

 その隣にいた武装信者が持っている銃身を灰色の刃で斬り捨てると、柄が顎を突きます。

 口から唾液を零してそのまま仰向けに倒れた武装信者。

「このヤロ」

 銃弾がヘレナに向かって発砲されようとしています。

 すると、左手にあった漆黒の刃がアサルトライフルの銃口を塞ぎました。

 同時に発砲した銃弾は外に出る事は無く、内側で暴発してしまいます。

 銃身が崩れ、形を失い武装信者はアサルトライフルから手を離しました。

「な、なんだよ、こんな話聞いてないぞ。クローンは無知能で低俗な奴らだって……」

 他の武装信者も後ずさりをしてヘレナから距離を取ります。

「ば、馬鹿、無知で低俗だからこんな事しかできないんだよ!」

「早く、銃を持っている奴は撃て!」

 誰も撃とうという者はいません。

 ヘレナは漆黒の刃を右腰にある鞘へと戻しました。

 右手に残っている灰色の刃は武装信者に向けられます。

 瞳孔を通常の形に戻し、ヘレナは空気を斬るようにその刃を下ろしました。

「さっさと私の前から消えろ、今度は貴様らの肉体を斬り刻むぞ」

 そのままの瞳でも睨みつける力強さは変わりません。充分です。

 真っすぐに、殺すという行為でさえ迷いはないような瞳。

「うぁあああ!」

 残りの武装信者は倒れている仲間を乱暴に掴んで走り去っていきました。

 ヘレナは左腰の鞘に刀を戻すと、前で腕を組み不機嫌そうに上へと首を向けました。

 その視線の先には余裕の表情でヘレナを見下ろすセツナ。

「御苦労」

「き……キサマァー!」

 ヘレナの怒声が廃墟地区、いえ、街全体に響き渡ります。

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