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セツナ  作者: 空き缶文学
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第二十七話

 洋国の首都周辺は晴天。

 空に届きそうな高い時計台の塔を中心に首都の街は広がっています。

 若い少年少女が集まる学生通りには秘密裏にクローンを研究している大学がありました。

 茶色の塗装が施された円柱の建物、周りには学生達が寛ぐ緑の庭園。

 三人が座れる木製ベンチに腰をおろしているのは老齢ながら貴族議員として活躍しているクラウベル。

 その横に白銀の刀をもたれさせています。

「君の話によるとユリウスは地下にいるそうだな?」

 掠れた声で目の前にいる倭人、保住健児に訊ねました。

「はい、ですが地下にはアドヴァンス教会もいます。危険ですのでクラウベル議員はここで待機をお願いします」

 クラウベルは静かに頷くと、視線を健児の隣で俯く特殊クローンのセツナへ。

 今のセツナでは武器を持つ気力、戦う意志もないのに地下へ行くのは困難でしょう。

 健児は苦笑しながら問います。

「どうする?」

「行きたくない」

 セツナの答えは既に決まっていました。

 はっきりと言葉にされて、それでも無理に連れて行くことはできません。

「心配しなくていい、私がしばらく様子を見守る。娘を、ユリウスを頼む」

 健児は小さく息を吐いて肩を落とすと持ち主のいない白銀の刀を預かります。

 学生通りから進んでいくと、政府本部へと繋がる石畳の坂道がありました。

 海を遮るほどの高い谷側に建てられたクリーム色の施設。

 庭園の中央には石で造られた聖母が微笑みを崩せずに座っています。

「いくら平和でも、警備員はいた方がいいだろうね」

 どこを見渡しても政府本部を監視している人間はいません。

 容易く敷地内へと侵入できた健児は聖母像に手で触れました。

 そのまま押し動かすと聖母像は後ろへ地面と擦れながら下がっていきます。

 健児は聖母像の真下に現れた狭く暗い地下に続く階段を確認。

 下りようと一段目に足をつけたところで、健児は動きを止めました。

「こんなところで会うとは、偶然なのか、同じ目的なのか、健児」

 同じ黒い背広を着た少女は青い目で人を騙しています。

 その後ろには顔中を赤く腫らした壮年が少女同様青い目で隠していました。

「ヘレナと、タイガさん」

 つややかな長い茶色の髪を後ろで結い、大人びた顔立ちに落ち着いた表情。

 特殊クローンのヘレナは両手に一本ずつ漆黒の刀と灰色の刀を持っています。

「あーレヴェルの坊ちゃん、久しぶり」

 相変わらず武器を所持していないクローン、タイガのお気楽な様子に健児は怪訝な表情を浮かべました。

「あの、タイガさんはどうしてヘレナと一緒にいるのでしょうか? そもそも、ヘレナがこんな人と一緒にいるのが気になるけど」

「それは私が一番知りたい」

「冷たいなぁ、一緒に寝る仲なのんにぃ!?」

 タイガは腹部に強烈な痛みが走り、鼻から水と血液が飛び出してしまいます。

 ヘレナの右拳が抉るようにタイガの硬い腹筋へヒット。

 涼しい表情でヘレナは手についた汚れを掃う。

「こいつは置いていく、目的が一緒なら行くぞ」

「そうするよ」

 蹲るタイガを政府本部の庭園に置き去りにした二人は地下へと続く階段へ。

 健児はふと、思い出してヘレナに訊ねます。

「ヘレナのお父さんは首都で貴族議員をしているって聞いたけど、知ってた?」

「さぁ……なんのことだ? 私に親はいない」

 視線を合わせずに暗く俯いたヘレナの姿を見た健児は目を細めてこれ以上は聞きませんでした。

 明かりが不十分な薄暗い地下は迷路のように造られています。

「同じ道ばかりでさっぱりわからない」

 ヘレナは苦い表情で呟きました。

「俺は暗くてよく見えないよ」

 健児はそれ以前にしっかりと辺りが見えていません。

 道に迷ってしまった二人、健児は薄暗い通路に視界が悪く、ヘレナはクローン特有の能力で視界は良好ですが首を傾げます。

「くっ、時間がないのに厄介な地下だ」

 焦る気持ちが徐々に湧きはじめたヘレナは唇を噛みました。

「……ところでなんで貴様がその刀を持っている?」

 ヘレナの疑問に健児は苦笑して白銀の刀を持て余します。


 迷路のような地下通路の先には、真っ白な天井が広がる巨大なホール。

 広いホールの中央で険しく、真剣な眼差しをする男達が立っていました。

 男達は二組に分かれており、右側に緑一色の制服を着た武装信者を引き連れている黒いローブ姿の大男。

 左側は黒や灰色の背広を着た政府関係者を引き連れている倭人と洋人のハーフである青年。

 お互い会話はなく、男達の真ん中に座り込む聖女を囲み睨んでいます。

 白いタイルに刻み込まれた大きな円には不可解な数式や文字が書かれていました。

「アドヴァンス教会が衰弱している政府に協力するなんて、珍しいですね?」

 額を露出した髪型に太い眉毛が特徴的な青年は落ち着いた様子で大男に訊きます。

「今までも、これからもクローンに頼る薄汚れた政府共に答えるつもりはない……人間として恥を知れ」

 大男の吐き捨てた言葉に政府関係者は歯を出して眉間に皺を寄せましたが、青年は手を横に伸ばして行為を止めました。

「ドイゾナー教祖、儀式を始めましょう」

 青年は事を速く進めようとしますが、ドイゾナーと呼ばれた大男は口を紡いで小柄に映る政府関係者を見下ろすだけ。

「あの、どうされました?」

 怪訝な表情で訊ねると、ドイゾナーは嘲笑う。

 政府関係者は拳を震わして肩に力を入れて怒りたくなります。

「クローン撲滅を先に掲げたのは政府共のはず」

「そうですけど……」

「首都にクローンが蔓延っているのに、何故掃除をしない?」

 重く圧し掛かる低い声がホール全体に響き渡りました。

 鼓膜が破れるような音に政府関係者は耳を塞ぎます。

 青年は険しい漆黒の瞳でドイゾナーを睨んで額や体に雫を垂らしました。

「ここは首都です。門には厳重な警備があってクローンは勝手に入れませんし、外周辺にも軍隊が出動しています、クローンなんかいませんよ」

 早口に思いつくまま言葉を出していく青年。

「ノザカ」

 ドイゾナーがその場にいない人物を呼ぶと、背後の空間から浮き出てきた白いローブで全身を隠す小柄な少年、ノザカが現れました。

「街の裏路地にクローンが集団で生活しているのと、政府に雇われている雑用クローンが数人、牢獄には五人くらいいたかな? あと、政府本部になんか珍しい緑色の目をした可愛いクローンがいる。それと、最近三人のクローンが瞳の色を変えて侵入しているね。一人はドイゾナーのお目当てだよ。それから」

 中性的な声で淡々を説明するノザカに青年は両手を震わします。

「ここは人間しかいない平和な首都なんだ、クローンなんかいない!!」

 大声で、強く怒りのこもった声で遮りました。

 静まり返ったホール。

 ドイゾナーは右手を挙げて掌を政府関係者に向けます。

 そして、不気味な笑みを浮かべました。

「首都は聖母が見守る平和な場所、政府共がそうしないのなら我々が行おう……ゴミ掃除を、さぁ撲滅運動はとっくの前に始まっている」

 右目に刻まれた縦の傷がフードの隙間から見えましたが、青年に余裕はなく呆然と立ち尽くしています。

「今頃地上では掃除が始まっている頃だ。喜べ、セキウチぃ!!」

 嬉々とした笑い声をホールに響かせて慌てる政府関係者達を見下していました。

 セキウチと呼ばれた青年は歯を軋ませて首を横に激しく振ります。

「儀式は中断だ!!」

 内側に装備していたショルダーホルスターから取り出した自動式拳銃を武装信者達に向けた政府関係者とセキウチ。

 武装信者達も待っていたとばかりにアサルトライフルを向けてきました。

 ですがドイゾナーは、

「人間同士で争いなど、醜い、醜過ぎる!」

 武装信者を下がらせます。

「聖女様、逃げてください!」

 セキウチは心も体も穢れた聖女を立ち上がらせて、ホールの出入り口である扉に仲間と共に走らせました。

「死なない程度に撃て」

 ドイゾナーが指し示す方向を武装信者は狙います。

 確実に聖女を狙っているのだとわかったセキウチは聖女より前に立ち塞がると同時に銃口から弾が一発、迷いなく真っ直ぐに飛んできました。

 セキウチの両足が浮いてそのまま背中からタイルに落ちます。

 零れ出た血液は右胸から。掠れた呼吸で視界も定まりません。

「セキウチさん!」

 ようやく発せられた聖女の細い声。

 柔らかい茶色の髪に赤く穢れた瞳、純白のワンピースを着た聖女は走るのを止めます。

「もうすぐ来るよ、ドイゾナーのお目当て」

 ノザカがいつの間にか聖女の前に移動し、手を掴みました。

「来るか来るのか? 愛しい妻が!」

 ドイゾナーは中央で大きな両手を広げて笑みを浮かべます。

 聖女の手を掴んだノザカはそのままドイゾナーのもとへ。

 政府関係者達は武装信者に囲まれて抵抗もできず、その場に座らされました。

 手を振り払おうとしても通用しない、カナンはきつく目と口を閉じます。

「さぁぁ、愛おしい、愛らしい妻よ、我が胸に飛び込んでおいで!!」

 喜び狂う想いを馳せるドイゾナーの呼び掛けに扉が横一線を引かれて応えます。

 扉は上半分を失いホール側へと倒れ、漆黒の刃、灰色の刃を両手に一本ずつ構えた少女の姿が見えました。

「ヘレナぁああ!!」

 喜ぶ低い声にヘレナは無反応。

 カナンは目の前の光景が信じられないのでしょう、ずっとヘレナを視界に映します。

「さっさと来い、全員斬り刻んでやる」

 不機嫌全開なヘレナは瞳孔を小さく縮めて獣のような瞳となり、刀を交差。

 世界がスローモーションとなり、政府関係者達を囲む武装信者を一人ずつ脇腹、胸元、喉へ刃を通らせました。

 獣の眼光が元の形に戻れば武装信者は気付くことなく絶命。

 白いタイルを赤く染め上げていくホールで、ヘレナはドイゾナーと対峙します。

「貴様らに用はない、カナンを返せ」

「我は千年の時を超えて蘇った神の代弁者、最強の錬金術師。ヘレナ、我と共に幸せに暮らそうではないかぁ!」

「ヘレナ、来ないで、来ちゃダメ! お願いだから逃げて!!」

 久しぶりに再会できたはずのカナンは強く、きつく目を閉じて精一杯の声で伝えますが、ヘレナには聞こえていません。

「我は神の代弁者なり」

 ドイゾナーが手を広げたまま言葉を呟きます。

「……我は神の代弁者なり」

 遅れてノザカは言葉を呟きました。

 タイルに刻まれた円が二人の呟きに反応して真っ白な光が現れます。

「ユリ、ウ、ス?」

 虫の息状態のセキウチは掻き消えそうな声でヘレナを呼びますがこれも聞こえていません。

 漆黒の瞳は震えて、淀み、明るみを失い始めました。

 包み込むような光は外側からゆっくりと迫ってきます。

 息絶えた武装信者の体が光に当たると粒子となって消えていきました。

 同じ様に政府関係者も生きたまま全身を粉にされて光に吸い込まれる。

「あ……手が、エリ、スおじょ……さま」

 セキウチは震える手を目の前に翳して粒子化されていく姿を眺めます。

 ホールの真ん中に取り残されたヘレナとカナン。

「錬成だと、人間まで巻き込んで何をするつもりだ!?」

 ドイゾナー達に問いかけますが、返事はありません。

 納得のできないやり方にヘレナは唇を噛み締めて苦い表情を浮かべます。

 ただ突っ立っているだけのカナンがようやく口を開きました。

「今までどうしてホントのことを言ってくれなかったの? あの時ガイからお父さんとお母さんのこと、今までのこと初めて聞いた。どうして、私が組織にとって邪魔だったから?」

 ヘレナの袖を掴んだカナンは俯いて声を震わします。

「それは……カノンにお前のことを任されて、私はとにかく聖女として、次期聖母として穢れなく過ごせるようにと思ってこの国の現状から完全に遮断させたつもりだった。今になって気付いたよ、なんで聖母になんか執着したのだろうって、カナンはカナンなのに、普通に誰とも変わらない生活を送ることが一番なのに……だから、これは罪滅ぼしだ」

 二本の刀を手から落とすと、ヘレナは優しくカナンの髪を撫でます。

「ヘレナ?」

 胸を締めつけるように圧迫する心臓、見上げるカナンを視界に映しました。

 ヘレナの腰にもう一本、刀が差してあるのに気付いたカナン。

 それは迫りくる光よりも真っ白な白銀の刀。

 持ち主のいない刀の柄を握り締めて鞘から抜き取ります。

 刃まで白銀に輝き、無邪気さを放つ。

「ごめんなさい……本当に」

 消えてしまいそうな声で謝ったヘレナはいつの間にか赤い瞳で雫を溜めていました。

「クローンだけが行ける楽園世界に飛ばす、せめてカナンだけでも!」

 ヘレナは刃先を円の中心へ突き刺したのです。

 火花を散らす電流のなか、ヘレナの背中は既に光に当たってしまい粒子化を始めていました。

 白銀の刃が刺さり、ひび割れるように光が崩れるのですが手遅れ状態のヘレナはカナンの両肩に手を置いて優しく、頬と頬を密着。

 体温が頬から伝わったカナンは呆然と砂と化して吸収されていくヘレナを眺めることしかできません。

 ヘレナの肉体全てが消えてしまい誰もいなくなった光、カナンは視界を真っ暗にさせて意識が遠ざかっていきました。

 一瞬の暗転からすぐに明かりが見えて、カナンは自身が寝転んでいるのに気付きます。

 紫色の空、暖かい風が吹く中舞い続ける桃色の花弁。

 懐かしい芝生の上に寝転がっていたカナンは上半身を起こしました。

 隣には白銀の刀が持ち主を失って寂しそうに転がっています。

「こんな、こんなことって、わかんないよぉ。なんでそうやって、どうして皆くだらないことで悔やんで、苦しんで死ぬの?」

 次第に胸が空っぽになっていくのを実感して、カナンはひどく涙をぼろぼろと流しました。

「政府も教会もこんなにまで固執するから、犠牲者が増え続ける……こんなこと許せない!」

 穴の空いた胸を埋めていくのは湧き上がった悔しさと増悪。

 カナンは白銀の刀を両手に持ちます。

 そして、立ち上がった先に映るのは太い巨木でした。

 見覚えはありませんが、容姿がよく似た少女が木の下で祈るように立っていました。

 同じ茶色の髪に大きな瞳、小さな顔、水色のロングワンピース姿です。

「ヘレナは短い間に不運な人生を歩み、ようやく安心して終えると思ったのにこちらへは来ないで心が捕らえられたまま生かされている。本当に可哀想な子」

 距離があるはずなのに空から降るように響いた慈愛に満ちた声。

 それが彼女なのか、違う者なのか、わかりませんがカナンは巨木を睨みました。

 重い足取りで一歩ずつ芝生を踏んでいきます。

 少女の周りには無数の丸い光が飛び交っていました。

 丸い光は少女の手が触れる度蒸発して、消えていきます。

「ドイゾナーがクローンを人間に殺させている。おかげで多くのクローン達がここに来て転生しているの、私ができるのはここまで、あとは祈るしかない」

「首都でクローン殺害が起きてる。急いで行かないと、お願いですここから出してください」

 ようやく最後の光を転生させた少女は優しさに満ちた笑顔をカナンに向けました。

 その笑顔が受け入れられないカナンは目を伏せて視線を合わせません。

「その前にやることがある……アナタのその心、その感情は間違っている」

 少女の言葉にカナンは強く否定を込めて首を振り、白銀の刀を強く握りしめました。

 今のカナンならば誰が相手でも邪魔をすれば排除することができます。

 殺意の喪失、死も与えられる彼女に怖い物などないのですから。

読んでいただければ幸いです。よろしくお願い致します。

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