表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セツナ  作者: 空き缶文学
25/31

第二十五話

 事件が起きたことなど記憶にも残っていない住民達が暮らしている平和な首都。

 時計台の塔を中心にして円となって広がっています。

 塔の上は首都全体を見渡せるほど高く、大きな谷によって遮られた海でさえ眺めることができました。

 ですが風は強く、髪は無造作に揺れて衣服が脱がされそうになるほどで、上ることはおすすめできません。

 そこへと無謀にも立ち尽くしている二人の姿がありました。

 洋人特有の青い瞳で真実を隠した二人は誰かを探しています。

 長く艶やかな茶髪を後ろで結い、吹く風に任せて揺らしている大人びた少女ヘレナ。

 左右に一本ずつ刀を差しています。

 その隣にはボサボサであった狼のような髪型をさらにひどく遊ばれている壮年タイガ。

 二人とも同じように背広を着ています。

「風が思った以上に痛いよぉーヘレナちゃん」

 緊張も真面目さもない気の抜けた声を発したのはタイガでした。

 両腕を胸の前で交差させて震える肩を撫でています。

 いくら待ってもヘレナは何も言わず、横に目をやっても返事はありません。

「ヘレナちゃん?」

 ヘレナの目つきは真剣そのもので、くだらない言葉に耳を傾けている暇などないのです。

 その姿にタイガは息を吐いて笑みを浮かべました。

「そろそろ休憩しない? もう三時間くらい立ちっぱなしでクタクタでしょ?」

「勝手に戻っていればいい、私はまだここにいる」

 冷たい返事でもタイガはニコニコと笑っています。

「俺は普通の休憩じゃ回復しないの、ヘレナちゃんが上に乗っかってくれたらなぁっとぉ!?」

 いきなり襟を掴まれたタイガは背中半分を塔の外へと放り出されてしまいました。

 残された下半身でなんとか立ち止まっていますが、つま先は既に震えています。

 無言のまま鋭い眼光で訴えているヘレナの頬は僅かに赤い。

 眉を下げて唇も下がっていました。

「あんなの、私じゃない……私は違う!」

 自ら否定を込めてさらにタイガを外へと押し出そうとするヘレナ。

「ちょちょちょっと、ごめんなさいごめんなさい!!」

 あまりの高さに気が動転してしまいそうでタイガは全身全霊を込めて謝罪をします。

 いくらクローンとはいえど落ちてしまえば即死は免れません。

 唇をつむぐヘレナは握りしめていた襟を塔の内側へと引き込んでいく。

 引っ張られた勢いでバランスを崩してしまったタイガはよろけながら床に倒れてしまいます。

 細かい揺れが止まらない体をなんとか両腕で立たせ、穴という穴から噴き出る大汗にタイガは首を傾げて笑っていました。

「全く……貴様いい加減本名を名乗ったらどうだ?」

 呆れて眉間に皺を寄せたヘレナは話題を変えてみます。

 床に座り込んだタイガは汗を袖で拭うと、口をへの字にして黙りました。

「大河とはどういう関係で、どうして名乗った?」

「いやぁ、まぁ、なんといえばいいか、その、俺はクローンとして生まれて名を持っていなかったんだよね」

 脳内で言葉を繋いでいくもタイガは戸惑う。

 どう説明すればいいのか、ヘレナは答えを聞くまでその場を動くつもりはありません。

「フレッドに頼まれて遺体回収に行ったのがきっかけで、そのなかに大河がいてさ、そいつは腕も足も吹っ飛んでいたのに生きていて、俺はそいつに名前を聞いた……聞いて助けなかった」

 苦い笑みを浮かべたヘレナとタイガ。

「あの頃の俺は誰かの名前が欲しかったんだ、凄く無性にな」

「で、貴様の本名は?」

 ヘレナの問いに両手を小さく挙げてタイガは首を横に振りました。

「もうあげちゃったよ、だから忘れたね」

 そう言って黙ったタイガにこれ以上何も話しません。

 名前を忘れられる都合の良い頭なんて持っていないヘレナは俯きながら地上へと続く階段に足を進めました。

 数えきれないほどの階段を下りていく途中、塔で働いている人々に会うも挨拶をする気がないヘレナは沈黙を貫き通します。どれだけ親切な声をかけられても。

 地上へと足を密着させたヘレナは俯かせていた顔を正面に向けました。

 目の前には純白のフード付きローブで口元以外全てを隠している人物。

「はぁー、少しは楽しめると思ったのに、なんであんな使えないクローンといるわけ?」

 面白くなさそうに呟く少女とも少年ともとれる声にヘレナは唇を緩めません。

「言いたくないんだ? ふーん聖女様はここより深い地下にいるよ、ドイゾナー達と一緒に。まぁ人数は多い方がいいからあのクローンも連れておいで。聖女が聖母になる最後の儀式に……ね」

 笑みを浮かべて伝え終えると体を霧状にさせて消えていく人物。

 形も残っていない空気だけとなったことで、ヘレナは小さく息を吐いて眉を下げました。

 手を拳に変えて爪が食い込むほどに握りしめます。

 脳内に思い浮かぶ幼き少女の笑顔。

「ヘーレーナーちゃんのおっぱいゲッツ!」

 背後から自身より太く逞しい筋肉をもつ両腕が回ってきました。

 大きな掌が陽気な声と一緒にヘレナの膨らみを思い切り包み込んだのです。

「な、んで、貴様はぁああああ!!」

 頬よりさらに体温が急上昇した顔。

 時計台を中心にヘレナの雄叫びが首都中に響き広がっていきました。

 建物や地面が震え、空が割れるのではないかというくらいに。

 そして、気付けば時計台の根本の石畳にはバケツ一杯分の血液が飛び散っていて、どれだけ出血したのかと聞きたくなります。

 掌を血まみれにしているヘレナは荒く肩で呼吸をしながら気持ちを落ち着かせていました。

 想像以上に熱く赤い顔は逆上せています。

 うつ伏せに倒れているタイガはあれほど出血したのにどうやら息をしているようで、微かにですが手や足は動いていました。

 小さいような大きいような事件が首都でひっそりと起きているのでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ