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セツナ  作者: 空き缶文学
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第二十四話

 湖の街でのことです。

 端がわからないほど広大な湖をもつ街は景観を損なわない様、落ち着いた色彩をもつ様々な建物が湖を挟んで対面し列となって並んでいました。

 そのなかに建つ大きな宿屋の一室。

「セツナ」

 黒の背広を着ている倭人の保住健児はベッドに生まれたままの姿で寝転がっている少女の名を呼びました。

 倭人特有の幼い顔立ちと漆黒の髪をもつ二人。

 シーツに絡みつき反応も示さないセツナは顔を枕に沈めていました。

 脱ぎ散らかした衣服と持ち主から見放された白銀の刀が床に落ちています。

 健児は口元に笑みを浮かべながら息を吐きだしました。

「おーい、今いいかい?」

 扉の向こうから宿主である男の声が聞こえ、健児は慌てて厚みのある毛布でセツナの全身を覆い隠します。

「どうぞ」

 スキンヘッドの太った宿主は口と顎に生えた髭を揃えて笑顔で部屋に入ってきました。

「実は二人に会いたいっていう政治家がいてねぇ、今うちに来ているんだ。大丈夫かい?」

「政治家が俺達に会いたい、ですか」

「貴族議員のクラウベル氏が理由はわからないけど会いたいってさ、まぁ……お嬢さん次第かな?」

 宿主は散らかった部屋と反応のないセツナをちらりと覗き見。

「ええ、そうですね。すぐに行きます」

 扉が閉められ、健児はゆっくりとベッドに腰掛けました。

「俺は行くけど、君はどうする?」

 問われたセツナは、枕から離れようやく顔を出します。

 疲れ切った虚ろな紅玉の瞳、セツナは無言で体を起こしました。

「まず服を着ようか、セツナ」

 生まれたままの姿でボォーっとしながら起き上がると、ボサボサの髪の毛を手で直します。

 言われた通りに下着、シャツ、ズボン、ジャケット、最後に真っ赤なマフラーを首に巻いて完了。

「ヘレナの父親でいいのか?」

「うん。クラウベル氏は元銀行経営者で今は政治家として活躍している有名な人物だよ」

「会う」

「じゃあ行こうか、刀はどうする?」

 持ち主のいない白銀の刀。

 健児が手に持って差し出すと、

「いらない!」

 無表情であったセツナは顔を引き攣らせて思い切り弾いたのです。

 手元から白銀の刀が飛んでいくのを健児は目で追い、刀はベッドの上へと着地していく。

「そっか、じゃあここに置いておこう」

 優しさのこもった言葉と笑顔、視線を合わせられないセツナは俯いて健児の袖を掴む。

 一階へと降りると、広い待合室があり、宿主はカウンターで新聞を読みながら立っていました。

 動物の剥製や猟銃などが壁に設置され、中央には毛皮のソファーが二つ、対面しあうように置かれています。

 既にソファーには先客が、袖のないベストを着た老人は二人と目が合うと笑顔で迎えました。

 短めの白髪とシワだらけのほっそりとした顔。

「ここでは歓迎のされないはずのクローンがいるって聞いたので、会いに来た。さらに国同士で対立している倭人がいると聞いて慌てて来た。レヴェルの次期ボスがいると聞いて、飛んで来た。私はクラウベルだ」

 落ち着いた声、老人は目を細めて自己紹介をします。

「俺は保住健児です、彼女はセツナ。確かに貴方が言った通りの人物です、俺達は」

「ああ、座ってくれ」

 健児はソファーに座りましたが、セツナは座りません。

「君は随分と反抗的な目をしている。私を敵だと思うような鋭い目だ」

 指摘を受けたセツナは俯きました。

 ただでさえ自己嫌悪に陥っているというのに、追い打ちをかけるように言われ気分は最悪です。

「まぁ私の周りは敵だらけだ。今更どうということはない」

「それで、議員の方がどうして俺達に?」

「私には義理の息子がいる、息子は今議員として活躍している。あの子は捨て子で洋人と倭人のハーフだ。我が子のようにとても可愛い息子」

 健児は苦い表情で固まってしまいます。

 それでもクラウベルは口を動かしました。

「私には猫が大好きな妻がいた。妻はわがままで自己中心的の典型的なお嬢様だった。若い頃はそんな彼女のわがままが愛おしく思えたが……大変疲れた」

「あの、クラウベル議員?」

 一体彼は何を言いたいのでしょう、健児は一度話を切ろうとしましたが、クラウベルは笑顔を浮かべて続けます。

「妻は最愛の娘を売れと言った。病弱で死ぬだけならお金に変えてしまえと、そのお金で猫のエサ代が浮くと言った。だから私は子供を売買している知り合いに頼んだ、愛しい娘を、可愛い本当の我が」

 言い終える前に遮られ、クラウベルの体が突然浮いたのです。

 襟を両手で握り締めて、睨みつけていたのはセツナでした。

 老い疲れた青い瞳と一瞬の怒りに満ちた紅玉の瞳が見つめ合う。

「何が言いたい……はっきり答えろ」

「セツナ!」

 引き離そうとする健児にクラウベルは手を伸ばして止めさせます。

「娘を買ったのはクローン科学者のフレッド博士。私はフレッドに頼んだ。どうか娘に核を二つ入れ込んでほしい、と。私にできることはそれだけ、娘が元気にすごし幸せになれることを祈るしかできなかった」

「幸せ、ですか」

 思い浮かぶ映像にそんな姿はありません。

 セツナは襟から手を離し、後ろへと一歩下がりました。

「私は謝罪の念を込めて妻と猫を殺した。そして、銀行を別の者に託し、私はこの世を変えるために政治家となったが、実際は名を大陸に広めたらいつか娘に会えるのではという期待をしてなったようなものだ」

「あの、何を伝えたらいいんでしょうか、その娘に」

 目を丸くしたクラウベル。

 健児は静かに漆黒の瞳で彼を捉えます。

 笑みを浮かべて、クラウベルは天井を見上げて息を吐きだしました。

 新聞を読み終えた宿主はカウンターに肘を置いてこちらの様子を覗いています。

 セツナはジッと立ち止まって俯く。

 長い沈黙を続けるクラウベル。

「……会いたい」

 掠れるような声が宿屋全体に途切れることなく響きます。

 健児はソファーから立ち上がると、俯くセツナへ視線を送りました。

「首都へ行こう、セツナ。クラウベル議員。貴方も、ですよ」

 老い寂れた目が大きく開けば、口に小さな丸をつくって健児を見上げます。

 セツナは決して顔を上げません。

 健児達より先に宿から出ていきました。

 マフラーをいつもより上へ、顔を覆い隠しながら。

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