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第二十話

 砂漠地帯の中心に大きな岩で囲まれた廃墟と化した施設がありました。

 激しい戦闘の末、コンクリートの壁は穴だらけ。

 そんな施設を二人の倭人が岩の頂上から見下ろしています。

 幼い顔立ちと漆黒の髪と瞳をした少年保住健児と、紅玉の瞳をもつ少女セツナ。

「爆発が中から聞こえたけど、なんだろうね。セツナ」

 背負われているセツナは瞳を閉じたままで返事をしません。

 寝息を立てて眠っているのですが、健児はそのことを承知で話しかけていました。

 呆れながらも笑顔を見せる健児は黒い背広を着ており内側にはショルダーホルスターを装着しています。

 健児はクローン収容所から少し離れた岩陰にいる一人のクローンを発見しました。

 ボロボロの服を身に着けている精悍な顔立ちの壮年で、なにやら周辺を警戒しているのでしょうか首を慌ただしく動かしています。

 観察しているだけではわかりません、健児はセツナを背負ってゆっくりと足場を探しながら下りて行きました。

 人工的に造られた岩の階段を下りると、目の前には壮年のクローン。

「あの、何をしているんですか?」

「うおぉ!?」

 全身をビクビクとさせて振り向いた壮年に健児も驚いてしまいます。

 二人の姿を視界に映した壮年のクローンは眠りにつくセツナを見ては、いきなり鼻を隠しました。

「レヴェルの坊主とセツナちゃんか、いきなり驚かすなよ。今忙しいんだって」

「すみません、あの、どこかでお会いしましたか?」

「坊主は噂で知っていただけで初対面さ。そちらのお嬢ちゃんは何度か会ったことがあるけどね」

 なんともお気楽な調子のいい声で答える壮年のクローン。

「失礼ですが、名前は?」

「タイガだ、カッコイイだろ」

 健児は何も言わずに苦笑しました。

「それで、ここで何をされているんですか?」

「何って俺のパートナーが単身で収容所に突っ込んじゃってさ、その帰りを待ってるとこなのよ」

 収容所の出入り口にある鉄製の扉が綺麗に切断されて、誰でも入れるようになっています。

 真っ暗な奥から響いてきたのは複数の足音。

 健児はセツナを下ろして身を屈めるとその場をやり過ごそうとしました。

 タイガも慌てて岩陰に隠れると顔だけを出して様子を見守ります。

 飛び出してきたのは両手を挙げてこの場から走り逃げていく男達でした。

 緑一色の制服に暑さ対策の為、頭に巻いている布。

 健児は目を丸くさせて身を乗り出すと、すぐに収容所の前へとセツナを連れて進みました。

「さっきの、どう見てもアドヴァンス教会の武装信者……だね」

 目を細くさせた健児は収容所を眺めます。

 分厚い鉄製の扉を難なく斬り捨てるほどの刃と人物について考えました。

 洋国で刀を使用して戦う人物は限られており、少なくとも今の時点で二人だけ。

「ヘレナ、なのかい?」

 街から姿を消した特殊クローンが想い浮かんだ健児は疑いつつも名前を呟きました。

 ヘレナという単語にセツナの体が一瞬ですが電流が走ったかのように反応を示します。

「貴方のパートナーはもしかして、ヘレナですか?」

「そうそう。助けるなら助けてやってよ、俺は何も武器なんてないし彼女の足手まといにはなりたくないんでね」

「……貴方が一体どうやって彼女のパートナーになれたのか、俺にはわかりません」

 呆れながら呟く健児に、タイガは半笑いで収容所へと入る二人の姿を見送りました。

 天井に設置されている蛍光灯は既に明かりを失って周りは暗いまま。

 壁も床も激しい銃撃戦によって無数の穴が作られています。

 勉強室には悪戯に置かれた頭蓋骨と人骨がテーブルに並んでいました。

 奥まで続く通路の途中、暴発して飛び散ったアサルトライフルの部品が所々に落ちています。

 武装信者達が所持していたアサルトライフルでしょうか、健児は気にせずにまっすぐ進みました。

 一番端に辿り着くと、目の前は真っ白な壁。

 青いタイルの床には二本の刀が落ちています。

 漆黒の刀と灰色の刀、健児はどちらも見覚えがありました。

 刀の近くには数滴の血液が付着しており、それは二階へと続く階段にまで。

 身軽なセツナを背負って階段を上っていくとまだ血液は点々と続いており健児は誘われるように追いかけます。

 子供の落書きが残っている一つの部屋へと着きました。

 狭い部屋にシングルベッドが置かれているだけの寂しい空間です。

 壁に白い粉で描かれた相合傘と、可愛らしいハートマーク。

「セツナと……大河?」

 相合傘の下にはセツナの名前と見知らぬ名前が書かれていました。

 さらに下へ視線を映すとシーツが乱れたシングルベッドに探していた人物が倒れていたのです。

 同じ背広姿のヘレナはつややかな長い茶髪を後ろで結い大人びた顔つきで気を失っていました。

 右肩から出血しているのでしょう、まだシーツを赤く染め続けています。

「ヘレナ!」

 彼女の名前を呼んだのと同時でしょうか、

「さぁそいつを殺せ、殺せ!」

 健児の頭部に回転式拳銃の銃口を突きつけながら引き笑う男の声。

 冷たい銃口を当てられた健児は動きを止めました。

「話が違うじゃないですか、裏切り者なんてどこにもいない」

「そんなの知らない、俺は俺の都合でいる。それが答えだ」

 痩せ細った体に布を巻きつけて鋭い目だけを出しています。

「いい女、いい女、でもそいつは特殊クローンだ。妊娠できないなんて、刺激がない刺激なんてないぞ。ゾクゾクできる感覚も味わえない、犯しても面白くない」

 回転式拳銃をカチカチと二回鳴らしながら狂ったように説明する男に健児は冷めた表情で俯きました。

 三回、四回、五回、健児は心のなかで数えると急に背負っていたセツナを男に向けて下ろしたのです。

 照準をずらしてしまった男はそのままこちらに倒れてくるセツナへ六回目を鳴らしました。

 すると、甲高い爆発音が狭い部屋に響き渡り、健児の顔に新鮮な血液が飛び散ります。

 ショルダーホルスターから大型自動拳銃を取り出して両手に添えるとよろける男へと向けました。

 軍隊で訓練を受けたかのようにしっかりとした構えでスライドを引き装填するとハンマーを起こします。

「いいな、いいな、大事な女を平気で盾にできる冷徹な奴だ、いいぞいいぞ!!」

 狂うほど引き笑う男に涼しい顔で睨み、耳が痛くなるような爆発音を鳴らしました。

 熱い火薬の一部が健児を襲いますが、少し顔を歪めるだけです。

 空中に浮かび上がった男はそのまま背後から床に落ちて頭に大きな穴を作り、息を絶ちました。

「生きる為なら大切な人にも酷いことだってします。貴方だってわかっていたくせに、こんなこと」

 健児は大きく息を吐いては、倒れているセツナを抱き起すとすぐに体を確認します。

 首筋を撃たれたのでしょう、傷口はありませんが濃い血液が付着していました。

「ごめんね、ホントに俺は酷いよ」

 セツナに謝罪をしますが、当然返事はありません。

 代わりにですが、

「まったく、うるさい音だ。そんなものを使うなんてどうかしている」

 シングルベッドから頭を抱えながら起き上ったヘレナが返事をしました。

「大丈夫かい? ヘレナ」

 苦い表情でヘレナは無言で首を振ると、こちらへと心配して寄ってきた健児の襟首を掴んだのです。

「大丈夫に見えるか? 街であんな強烈な麻酔弾を撃たれて平気なものか! いくら貴様でも許さないぞ!!」

 本気で怒っているのかわかりませんが、健児は笑顔をヘレナに見せます。

「はぁ、特殊クローンになってからというものロクなことがない」

「でも今はフレッド博士もキングもいないところまで来たんだし、少しはマシじゃない?」

 ヘレナは否定の意味を込めて首を横に振りました。

「街を出たら余計なモノまでついてきた。タイガという馬鹿が外に隠れているはず」

「タイガ……大河」

 健児は壁の落書きを視界に映し、外にいたタイガと照らし合わせます。

「ここにはもう用なんてない。私は先を急ぐ、健児ありがとう」

「えっ、あ、うん」

 ベッドから起き上がったヘレナは速足で狭い部屋から出て行ってしまいます。

 残された健児は首を傾げながら子供の書いた文字に悩まされていました。

 同じ名前なのか、同一人物なのか、それが疑問になりなかなか解決できません。

「大河は神の子として選ばれた倭人だ。あんな人と違うよね、セツナ」

 語り掛けられたセツナはまたも電流が走ったかのように反応し、眉をしかめました。

 もう少し話しかければ起きるかもしれない、健児は僅かな希望に任せてもう一度語り掛けます。

「もし君がここで大河と出会っていたのなら、その刀を持っていることに納得できるね。でも一体ここでなにがあったんだ……セツナ」

 セツナは唸るように首をゆっくりと横に振りました。

「記憶を失うような何かがあったはずだよ」

 歯を見せるほどに噛み締めて、セツナは表情を歪めます。

 悪夢にでもうなされているかのようで、健児は優しく話しかけますが表情は歪んだまま。

 息を吐くと、健児はセツナから一度視線を外し倒れている男を映し出します。

 すると、何故でしょう耳に鬱陶しいほどの単調な機械音が流れていたのに気づきました。

 男の体に巻きついているのは布だけではありません。

 健児が気付いた時、解除している暇も走って逃げるような時間も、ありませんでした。


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