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セツナ  作者: 空き缶文学
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第十九話

 洋国大陸で一番治安の悪い砂漠地帯でのことです。

 いつ銃撃戦が始まるかわからない、常に緊張感を漂わせている街や村。

 砂漠の中央には大きな岩の壁があり、岩に囲まれ半壊して数年は経った施設がありました。

 住まう者がいなくなれば、その場所を新たな住処にする者がいます。

 今から半壊した施設を住処にしている相手を探す二人のクローンがいました。

 刀を左右一本ずつ腰に差して、淀んだ紅玉の瞳で辺りを睨む特殊クローンのヘレナ。

 長くつややかな茶髪を後ろに結い、黒の背広姿は男にも負けないほど似合っています。

「元々はクローン収容所という施設だったらしいが、貴様は知っているのか?」

「まぁ収容所っていうか学校っていうかクローンが余生を過ごせた当時の楽園だったかも」

 ヘレナの問いかけに難なく答えたのはボロボロの服を着たクローンのタイガ。

 精悍な顔立ちをしていますが皮膚が薄汚れていて台無しです。

 鼻には迷いなく斬りつけられた一本の横線。

「多くのクローンがここで幸せに生涯を迎えることができたのにさ、やれやれ過激派はどうしても許せなかったみたいでね。結果こんな廃墟ができちゃったわけ」

 岩の壁や施設中に未だ残る無数の穴や粉砕された痕跡に説明のしようがありません。

「ふん、しかし誰かが住んでいる気配なんてしないぞ」

「お出かけかもよ、なかに入る?」

「邪教共に包囲される危険性もあるのにそんなことできるわけがない。少し外から様子を見るべきだな」

 ヘレナの案に反対することなく、タイガは彼女の後ろをついていきました。

 岩陰の場所に身をひそめつつ誰かが入っていくのを待つことにした二人。

 するとなにやら見覚えのある者が数名、施設の前に現れたのです。

 全身緑の制服に布を顔に巻いて暑さ対策をしている連中は、

「あれは、アドヴァンス教会?」

 レンガの街で有名なアドヴァンス教会の武装信者でした。

「あらら、こんな砂漠まで来ちゃった」

 複数の武装信者の中に真っ白なローブを着た小柄な人物が交じっています。

「あいつは、あの時のか」

 顔を覗くことはできませんが子供であることは間違いありません。

 武装信者達に囲まれながら施設内へと入っていきました。

 嫌そうな顔で岩陰に隠れているタイガ。

「ヘレナちゃん、二人でやるの?」

「他に誰かいるのなら考えるが、ここにいるのは私と貴様だけだ」

「いやぁ、ノザカ坊ちゃんが相手だといくら俺でも無理があるというか」

 渋るタイガの襟首を掴まえてヘレナはそのまま施設へと引きずっていきます。

「ノザカというあの子供について何か知っているようだな」

「は、話せば長くなるから簡単に言うと新人類……ってルノー博士から聞いたことがある」

 古びたコンクリートの壁と分厚い鉄製扉の前に立ち止まりました。

 そろそろ覚悟を決めないといけないのだろうと、タイガは溜息をひとつ吐いて立ち上がります。

 ヘレナは灰色の刀と漆黒の刀を鞘から抜き取り、遠慮もなく鉄製扉へと刃先を突き刺しました。

 抵抗もないまま難なく入ればそのまま横へと滑らせます。

 一閃を描いてから三秒後、鈍く震える轟音とともに上半分が内側へ落下。

 重たく分厚い鉄によって地震が起きればタイルの床がへこんでしまいました。

 砂煙が舞うなか施設内へと不法侵入したヘレナ。

 特に警戒するつもりもないヘレナの後ろをいつもの調子でいることができないタイガは渋々ついていきました。

 勉強室と呼ばれる部屋が間隔を空けて設置されています。

 壁に飛び散り渇き切った血液と回収されずにそのまま放置された人間と思われる骨が散乱。

 テーブルの上に誰かが悪戯で置いた頭蓋骨には穴が開いていました。

「扉を壊したのに誰も騒ぐ気配もない。よほど戦闘に慣れているのか、知っていたのか」

 ヘレナは紅玉の瞳で辺りを睨みつけますが誰ひとり出てきません。

「やっぱり俺、帰っていい?」

「もう勝手にしろ」

 返事を聞くや否やタイガは外へと出て行ってしまいました。

 彼に背を向けたままどんどん奥へと進んでいくヘレナ。

 すると暗い奥の廊下から革でタイルの床を叩く足音が響き渡ってきました。

「聖女様を助けに行かないの? ヘレナ」

 中性的な声がヘレナの耳に入り込んできます。

「早くしないと先にお友達が着いちゃうよ」

「私だってそうしたい。だが周りがそう簡単にさせてくれないようだ」

 遠くではない場所から響く笑い声。

「聖祭までに行けるかな? 聖女様は聖母になっちゃうかも」

「あの子を聖母にさせるものか!」

「ふーん……まぁ頑張って、僕はもう帰るね。ここで君を捕まえるのは得策じゃないし」

 呟いた声は姿も現さないまま施設から消えてしまいました。

 気配が消えたことでヘレナは無言で溜息を吐き出します。

 気を抜くわけにもいかず、すぐさま廊下の奥へと走り出しました。

 紅玉の瞳を一気に収縮させて獣の眼光へと変わります。

 視界に映る世界はスローモーション。

 ゆっくり、ゆっくりと動く複数の姿が映りました。

 アサルトライフルの銃口が飛び出して、次に人の手。

 ヘレナは漆黒の刃をライフルの先端へ走らせます。

 刃先が通れば銃口は残像とともに切り放され、同じようにアサルトライフルだけを破壊していきます。

 廊下を通りきれば、行き止まりのコンクリート。

 立ち止まって刀を振り下ろすと獣から解放された瞳は元の形に治まりました。

 通常の速度に戻れば背後では激しい暴発音が廊下を騒がせます。

 振り返ると武装信者達が武器を捨てて出入口へと走って逃げていきました。

「なんて情けない、聖母を守るためにいるはずの信者がこうも簡単に逃げるなんて……」

 呆れてしまう状態になんとも気が抜けてしまいます。

 刀を鞘に戻そうとしたときでした。

 電流が突然手へと走ってきたのです。

 思わず体を震わして反射的に刀が床へ落ちてしまいました。

 右肩から火花を散らすように電気が放たれ、ヘレナは苦悶の表情を浮かべてしゃがみ込みます。

 苦くつらい表情は次第に苦笑を浮かべ、歯を食いしばり可笑しく思えてしまう。

 小声で何かを呟きながら意識を漠然とさせます。

 にじみ出る汗。

 立つことが困難で全身をタイルの床に密着します。

「全く…………覚瞳も使いにくくなるな」

 笑みを零しつつ、紅玉の瞳は闇のなかへと閉ざされました。


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