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セツナ  作者: 空き缶文学
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第十八話

 レンガが粉砕されて辺り一面を砂漠と化していた街の入り口は何もなかったかのように片付けられています。

 たった一日でここまで戻るとは、教会の信者を除き誰も予想していませんでした。

「クローンは消えた!」

 街の中央に設置された檀上で、晴れ渡る透明な空の彼方まで届けとばかりに叫ぶ一人の信者。

「自然の摂理を破壊するような科学者も社会の秩序を乱す犯罪集団共も正しき心を持った我々に屈したのだ!!」

 檀上を囲む住民達は目を閉じては祈るように両手を合わせています

 その姿を街の奥に建つ教会から眺めているローブ姿の二人。

 二メートルは超える長身で筋肉質の男は真っ暗なローブを纏い、フードで顔を隠していました。

 隣には小柄な少年が男とは逆の真っ白なローブを纏い、同じくフードで顔を隠しています。

「ノザカよ。なぜなぜなぜ! ヘレナを見逃した!?」

 重い低音を震わした声で男は少年へ。

「あのねドイゾナー、今すぐ彼女を捕まえたって意味ないよ。首都でカナンと一緒に捕まえた方が手っ取り早い」

 ノザカは面白くない、そう呟きながら唇を軽く噛みました。

「会いたい、会いたいのだ。千年いや、それよりもっと長い時間も妻を恋い焦がれた。そしてようやく再会することができたのだぞ! 同じ街で!!」

 鼻息を荒くさせて熱弁するドイゾナー。

 そんな言葉に耳を貸さず、ノザカは溜息を吐き出してもう一度演説を行っている街の中央を眺めました。

「我々は常に前へと進むことを必要とされ、それを恐れてはならぬ。この街を再興、進化させていくのは今も昔も正しき心をもつ我々人間である」

 静かに優しく民衆に語りかけていくなか、街の入り口には黒の背広を着た倭人が壁にもたれて演説の様子を怪訝な表情で見つめています。

 倭人特有の幼い顔立ちに漆黒の瞳、黒髪の少年。

 少年の隣にはまだ眠っている特殊クローンの少女が座り込んでいました。

 真っ赤なマフラーを首に巻き、茶黒色の地味な服に身を包む。

「行こうか、セツナ」

 少年は眠りにつくセツナを背負い、街の外へ出ていきます。

 一面緑豊かな草原地帯が大半を占める洋国大陸。

 草原地帯から下へと向かえば灼熱の砂漠、草原地帯を真っ直ぐ進めば村、街、都が多数存在する地域で一番端には洋国最大の首都があります。

「このまま真っ直ぐか、遠回りして砂漠に行くか」

 誰かに訊いているわけでもなく少年は一人静かに呟きました。

 相談できる相手もいないので少年は無言で頷き、街の入り口から真っ直ぐに都へ繋がっている簡易的な道を進みます。

 レンガの街から一時間歩けば辿り着ける小さな村。

 木造建ての小屋が四軒、村にとって大切な井戸と小さな畑と村の規模に反して多い十字架の墓石が列も関係なく並んでいました。

 畑でクワを構えて耕している村人を確認できた少年は声をかけにいきます。

「あれ、倭人が村に来るなんて珍しい。しかも子供が」

 畑仕事によって鍛えられた筋肉質な体をもつ村人は目を丸くさせて少年を見てしまいました。

「ここで少し休ませて頂けませんか?」

「別にいいけど、売られた子供……には見えないね。家族はどうした?」

 いくら子供とはいえ既に自立した生活を送っている二人。

 少年は困った表情で苦笑をしながら、嘘と事実を交互に入れて説明します。

「はぁ街でそんなことがあったのか、クローン迫害はどこも変わらないな。とりあえずそこら辺で休むといいよ」

「ありがとうございます」

 日陰のある壁へとセツナを座らせました。

 同じ様に少年も座り込み、セツナが目覚めることだけを祈りながら時間を潰します。

 心地よい風が何度も吹き抜けて髪を揺らし、緑一色の草原も耳に残る音を出して揺らぎました。

 瞳を閉じているセツナを時折覗いては軽く頬に触れてみたり耳を引っ張ってみたりと悪戯を繰り返します。

「おい少年」

 後ろから声をかけられたことで少年は飛び跳ねてしまいます。

「ありゃ驚かせて悪いね、君達名前は?」

「えっと、健児です。この子は……」

 健児と名乗った少年は、隣で眠るセツナをちらりと横目で確認し、少し悩みました。

 もう笑顔を表現することのない彼女。

「セツナです」

 首を横に小さく振っては、漆黒の瞳を細めて呟きました。

 すると、筋肉質な村人は眉にシワをよせて首を傾げます。

「やっぱり人違いか」

「えっ誰かを探しているのですか?」

「いや、前に倭国へ渡航したときに会ったカタギリという男に娘を探してほしいって言われたから村へ来る倭人に一応聞いているんだけど、君達以外でここに倭人が来たのは何年か振りでね」

 健児は目を丸くさせて、その話に耳を貸しました。

「倭国と交流を始めたのもつい最近だったし、それまでは大昔にあった戦争のせいで険悪な関係が続いていただろ? 倭人が来るなんて本当に珍しいからまず有力な情報なんてありえもしない。俺がわかったのは、カタギリという男が倭国で有名だということだけさ」

「そう、ですね」

「変なことを聞いて悪かったね。ゆっくり休みな」

 筋肉質な村人は軽く手を振りながら畑へ。

 健児は肩を落とし吐き出しました。

「今更娘を探しているなんて馬鹿みたいだ。あのとき春香を外に放り出さなかったらこんなことにはならなかった」

 一人寂しく呟いた健児。

 自然と両手に痛いほど力が入り、爪が手のひらへと食い込みます。

「人を殺すこともなかったのに、クローンにもならなかったのに……」

 噛み締めれば、脳内に思い浮かぶ懐かしい出来事。

 笑顔の眩しい幼き彼女が今も健児の記憶に残っていました。

 小屋の壁にもたれて休憩をすること数十分、健児の耳に立ち話をしている声が聞こえてきます。

「そういや砂漠に向かう間にある村の一つが内戦に巻き込まれて壊滅したらしいぜ」

 先程の村人とは違い、軽薄そうな男性の声でした。

「ああ、だが実際内戦はその村から遠いところでやったという話だ。元々治安の悪い地域だから強盗か何かに遭ったのだろうな」

 もう一人屈強な姿が容易に想像できるような重みのある男性の声。

「どこの都も街もよそ者が入れないよう政府軍が見張っているって話だし、どこも行けないよなぁ」

 立ち話が終わり、畑仕事に戻っていく村人達。

「どこに行っても逃げ場も隠れ場もないのかな、セツナ」

 眠り続けているセツナに尋ねても返答は期待できません。

「倭国に、帰りたいよ」

 両膝を抱え込み、顔を沈めてしまいます。

 家族との関係も悪くない環境で育ったというのに前触れもなく襲いかかった悪夢。

 心配してくれているのでしょうか、それとも死亡扱いされたのか、今は何もわかりません。

 セツナが目を覚ませば、事情を説明しなければならないのです。

「おい、少年」

「……はい?」

 またもあの筋肉質な村人に声をかけられました。

 俯かせていた顔を上げて元気のない返事をします。

「今から砂漠の村に行くんだが、一緒にどうだ? ここでは泊まれる施設なんてないし」

 村の外には黄土色の小さな貨物自動車。

 運転席と助手席以外は荷物を載せるスペースがあるだけです。

 荷台には砂や雨防止のためにシートが張られています。

「多少揺れるけど、後ろになら乗れるよ」

 ここからセツナを背負って歩くにはかなりの時間を要するでしょう。

「それじゃあ、お願いします」

 健児は僅かな希望を胸にセツナを抱き上げて後ろへと乗り込みました。

 もちろん荷台は揺れることが多く、数秒に一度は体が宙に浮きあがります。

 積み重ねられた木箱と一緒に揺れる二人。

「なんだか、不思議だ……」

 シートに遮られた太陽の明かりや景色に健児は漆黒の瞳を細めました。

 昼間であるのに真っ暗な世界に座っているようです。

 隣を覗けば深く眠りにつくセツナの寝顔。

「楽園っていうのかな」

 警戒心のない彼女を眺めるだけで微笑ましくなります。

「……はる、か」

 口から零れた倭人の名前と、遠くから響き渡った銃声が重なりました。

 一発の銃声に続けて次から次へと爆撃のような激しい音が耳を騒がしくさせます。

 セツナを覆うように抱きしめると健児はホルスターから大型自動拳銃を取り出しました。

 車体が突如バランスを失い立つことも難しい状態となってしまいます。

 右に左と振られ片方のタイヤが浮き上がると小型貨物自動車は地鳴りを響かせて横転。

 その衝撃で頭を打ち付けた健児は鈍い感覚をなんとか堪えて外へと抜け出します。

 外は目を閉じたくなるような眩しさとは別に濃い砂煙が空気中を舞っていました。

 手に地面の砂が接すると熱された鉄に当たった感触を覚え、すぐに手を離します。

「う……砂漠?」

「手を上げろ!!」

「えっ?」

 砂煙が薄くなりはじめ、ようやく視界に映ったのはアサルトライフルの銃口でした。

 構えているのは頭部を布で覆い目元だけを出した謎の人物。

 健児は戸惑いながらもこのままでは撃たれるだろうと確信して頭より上に挙手。

「お前らを連行する。行け! 早く行け!!」

 周りを見渡せば同じように布で目元以外を隠している人物が複数いました。

 セツナは荷台から乱暴に引きずり出されると複数に担がれます。

 急かされて猛暑の砂漠地を歩かされること十分。

 背中にはいつ発砲されるかわからない銃口がしっかりと密着しています。

「早く、早く入れ!」

 いくつかのテントが張られた場所には村ではない拠点がありました。

 そのうちの大きなテントへと入らされた二人。

 なかには痩せ細った体に布を巻きつけた男が待っていました。

 目元以外は出していません。

「久しぶりだな」

 太い声が布越しから発せられます。

「残念ですが、貴方に会ったことがありません」

 健児の返答におかしく引き笑う男。

「そんなことはどうだっていい。久しぶりと俺が言ったのなら全てそうだ」

 弾丸が入っていない回転式拳銃を仕切りにカチカチと鳴らしていました。

「ここから返しては……くれなさそうですね」

「返すか、返さないかはこの俺が決める。今日は条件付きで返す」

「条件?」

 男はうつ伏せで眠っているセツナを睨んでいます。

 回転式拳銃の先をセツナに向けて何度も指を動かしました。

 テント内に聴こえるのは掠ったような音だけ。

「その女を殺せ」

「どうしてですか?」

「どうしてか……どうしてだと思う。俺は理由なんて考えたことがない、それが答えだ」

 健児は涼しい顔で男を眺めて数秒停止します。

 大型自動式拳銃を両手に構えました。

 爆弾のような激しい発砲音はテントの外にまで響き渡ります。

 強い反動に健児は後ろへと両脚を下がらせてしまいます。

 地面に散らばる黒に近い血液。

 健児の手にも付着しました。

 うつ伏せ状態のセツナの頭部に直撃したはずです。

 火薬の臭いが充満するテント。

「これで……死にました」

 漆黒の瞳を細めた健児は何事もなかった様子で男の条件に応えました。

 ですが、男は笑いながら首を横に振ります。

「やっぱり返さない、もっともっとお前みたいな冷徹な奴が必要」

 眉間に皺を寄せて男を睨む健児。

「クローン収容所があった場所に裏切り者がいる。そいつらをやれ」

 弾のない回転式拳銃をずっと鳴らし続けている男はセツナをじっと見て、なにかを確認していました。

「もちろん……二人で、な」

 健児は目を丸くさせます。

「その女は普通のクローンとは違う。頭を撃ち抜いたところで死なないのはもちろん知っている。大切な女ならそれをわかっていても撃てないはずなのにお前は撃てた……冷徹のほかない」

「そう、でしょうか」

「俺が言うのなら間違いない俺が正しい。早く行け、行け。終わったら戻ってこい」

 セツナを抱き上げると頭や顔に撃ち抜いた穴はありません。

 少量の血液が付着しているだけで傷ひとつない白い肌。

 まだ眠っている様子で胸が膨らんだり沈んだりを繰り返しています。

 健児は小さな声で謝罪を呟きました。


 続く


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