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セツナ  作者: 空き缶文学
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第十五話

「待って、いかないで!!」

 レンガの街でのことです。

 街で唯一広大な土地をもった主によって、建てられた真っ白な豪邸。

 必要最低限の物以外は何もなく、まだまだ置くことのできる空間ばかりで寂しく感じられます。

 一階の医務室でいつの間にか目を覚ました少女は必死に相手の袖を掴んで離しません。

 身を隠すために着用しているローブで姿はわからないですが、深くかぶった頭巾から時折覗けるつり目の赤い瞳に涙を溜めていました。

「マリア、ごめん……保住さんを探さないと」

 灰色の背広でシングルブレストを着た少年は洋人特有の青い瞳をきつく閉じ、袖を掴む少女マリアの手を振り払います。

「アルがいないと駄目なのぉ」

 泣き崩れ、声を震わすマリアはベッドの上で正座をして、両手はシーツを握りしめていました。

 アルは横に何度も首を振っては俯き、そんなことはない、と否定を込めます。

「すぐに、戻るから」

 幼さがまだ残る優しい声で呟いたアルは、医務室からゆっくりと出ていき、廊下にまで聞こえてくるマリアの嗚咽をしっかりと耳に残しました。

 豪邸の外へ出ればアドヴァンス教会の武装信者達が恐ろしい者にでも出会ったのか、恐怖から逃げようと走っていくのが確認できます。

 信者達とは反対方向に進み、街の正面門へ向かうアル。

 クローン撲滅運動により殺害されたクローン以外に巻き込まれた住民や武装信者の遺体も視界に映り、アルは次第に異臭を放つ場所に近づいていきました。

 何者なのかも特定するのが難しいほど損壊の激しい遺体が地面に散らばっているのが確認できます。

「うっ」

 アルは鼻を押さえて視界にも映さないよう俯き、仲間を探しますが、生きている人になかなか会うことができません。

 自動式拳銃をショルダーホルスターから取り出し、もしもの場合に備えます。

 進んでいる方向から同じように歩いている人影がアルの視界に映り、俯かせていた顔を上げました。

 探している人物とは違いますが、つぎはぎだらけの服を着た男。

 不揃いな髭をはやし、顔も所々黒ずみ数日以上は清潔を保っていないためか鼻をつまみたくなります。

「なんだよ、人間かと思ったら子供か、しかも凶器なんて持ってあぶねぇな」

 面白くなさそうに肩を落として、怪訝な顔をする男の瞳は赤く、腕には数字が刻まれているのですぐにクローンということがわかってしまう。

「えっと、その、人を見ませんでしたか? 倭人の男の人で、スーツを着ていて、もし知っていれば教えてほしいんです」

 アルは戸惑いつつ、尋ねますが男は目を細めて顎に手を置き、数秒考えます。

「あー……それより街から逃げたらどうよ、お前は人間で子供なのに、クローンみたいな軽い命でもないだろ?」

「軽い命っていきなり何を、今の質問と全然関係ないじゃないですか。とにかく知らないってことですよね、もういいです!」

 質問とは違う答えに付き合っている暇はありません。

「せっかく人間として生まれたってのに、もったいない……やれやれ」

 男は溜息混じりに呟いて、さっさと安全な場所へと向かっていきます。

 正面門へと近づくにつれ、粉々にされた煉瓦が地面に散らばり外からでも室内を簡単に覗ける家がいくつも続いていました。

「そこのガキ!」

「え?」

 怒ったような勢いで声をかけられ、どこから聞こえたのかを確認するためアルは立ち止まって周りを見渡します。

 壁が破壊された建物からゆっくりと、中年の男が左手を腹部に当てながらこちらへと近づいてきました。

 少し長い茶髪から顎へと続く髭、青い瞳は洋人特有ですがひどく苦痛に悩まされ、疲れ果てているようです。

 下唇が切れ、鼻や額からも血液が垂れています。

「セツナに何をしたんだ、お前ら邪教共は……」

 右手に握りしめられた短銃身の回転式拳銃が震えながらもアルを狙う。

 男は街全体の清掃全般を担い、昔は街の管理者でした。

 呼吸が荒く、小刻みに膨らませたりへこませたりと短い間隔で息をしています。

「セツナをあんな風にしたのは……お前らなのか? 殺しを嫌うあの子を!」

「なんで急に、そんな。僕は何も知らない、セツナさんに何が」

「お前ら邪教共なんかより、クローンの方がよっぽどマシだった。街を奪ってまで、こんな風にしたのは何故だ!?」

 耳に強く残る怒鳴り声がアルを後退りさせ、返事もできません。

「……っ、僕は何も知らない! クローンを迫害する理由も、ドイゾナーの思想も、知らない!!」

 アルは大きく首を横に振ると、管理者を睨みつけて自動式拳銃のグリップを両手に添え、狙いさえつけずに引き金を力強く指で押さえました。

 至近距離からの銃弾は管理者の体を貫きます。

 体が宙に浮かぶと同時に回転式拳銃が右手から離れていく。

 空から降り注いでいる雨が作った浅い水溜りのなかへと、発砲されることなく落ちました。

 耳を押さえたくなるほどの発砲音に目を閉じていたアルは顔を引き攣らせて、体中を震わせます。

 首に直撃したのでしょう、血液が噴水のように飛び出していました。

 白目を剥いて口は開いたまま、大の字になって倒れた管理者は一瞬にして息を引き取ります。

「ぼ、僕は……何も、何も。そんなつもりでアドヴァンスに入ったわけじゃ……」

 アルの手からも拳銃が離れてしまいます。

 無傷のはずですが、アルはその場で腰をおろして座り込みました。

 立ち上がる力も出ない、頭を抱えて俯き自身の髪をかき乱します。

 何を思って息の根を止めたのかも理解できないほど混乱したアルは体を震わして、味わったことのない恐怖に怯えていました。

「アル! 逃げるんだ!!」

 そう、遠くない場所から叫ぶ優しさのこもった声。

 顔を上げて声の主へ首を動かすと、そこには探している人物がいました。

 黒い背広姿の倭人少年、漆黒の瞳と髪、そして幼い顔立ちは倭人特有です。

「保住……さん?」

「はやくマリアと街から逃げろ! ここにいちゃいけない!!」

「え、えっと、は、はい!」

 目の前にある遺体と保住健児と交互に見ては、慌てて立ち上がったアル。

 邸宅へと戻ろうとアルが走り出したときでした。

「ダメだ……やめろ!!」

 健児が次に発した言葉。

 家と家の間にできた細い通路から飛び出してきたのは倭人少女で、特殊クローンのセツナ。

 獣のように鋭い眼光をした紅玉の瞳は獲物を捉えています。

 真っ赤なマフラーで口元は隠れ、感情も全く読み取れません。

「えっ?」

 アルは相手を確認しようとしましたが、目の前にあったのは太陽がなくとも輝く白銀の刃。

 切っ先は背広の上から皮膚や肉へと斬りこみます。

 深く、柔らかく、入り込んだ刃先が胴体を貫通。

「アル!!」

 健児は所持している大型自動拳銃を手に構えましたがもう遅かったのです。

 余韻もなく刃は引き抜かれ、アルは地面へと乱暴に斬り捨てられてしまいます。

「……」

 セツナはマフラーを少しずらし、手に付着したアルの血液を軽く舐め取ると唇を上向きにさせて健児を睨みました。

「あと一発しかない、あと一発、これをなんとしてでも君に撃たないといけない」

 小さく呟いた健児は両手にしっかりと大型自動拳銃を添えます。

 シングルアクションのガス圧作動式で、装弾されているのは神経細胞を抑制させる麻酔が入った銃弾。

 ハンマーを起こし、発砲する準備を整えました。

「俺も死なないよ、ヘレナ。でも、セツナも死なせない」

 肉眼で追いつくのが困難なほど速い動きで、健児へと向かってきます。

 切っ先が狙っているのは首。

 健児は必死に目を凝らして、一瞬を探そうと刀の行方を視界から離さずにチャンスを待ちました。

「当たってくれぇ!!」

 避けきれることはできない射程距離に入ったと確信した健児は、しっかりとグリップを握りしめて、視線を逸らさず引き金を思いきり引きました。

 耳鳴りのする騒がしい発砲音、刃先は既に右から左へと振りきっています。

 しかし、血液が噴出することはありません。

 白銀の刃はセツナの手から離れ、煉瓦の壁へと突き刺さります。

 どうやら健児は強い反動で後ろへと下がり、自然に刃を回避していました。

「はぁはぁ……」

 冷や汗が健児の体中が溢れ出て、呼吸も思わず乱れてしまいます。

 銃弾の衝撃を間近で受けたであろうセツナは反動も受けずにその場で立っているだけ。

 顔を俯かせて数秒間佇む。

 空っぽになってしまった左手が空気だけを握りしめてゆっくりと下へ。

 体を揺らしながら健児へと体重を傾けて、そのまま全身が健児の胸に落ちていきました。

「セツナ?」

 拳銃を捨ててすぐさまセツナを受け止めた健児。

 深く息を吸ったり、吐いたりと、適度にいい間隔で呼吸をする姿を確認したことで、健児は大きく息を吐き出しました。

「麻酔が効いたんだ……よかった」

 セツナを背負い、健児はすぐに邸宅へと戻っていきます。

 突き刺さった白銀の刃もしっかりと鞘に収め持ち帰りました。

 背負っている感覚もわからないほど身軽な体でどれだけの人数を殺害したのでしょう。

 自らの意志ではないとはいえ、殺害したことに変わりはありません。

 目を覚ましたあとどう説明すればいいのかわからず、漆黒の瞳を細めてひたすら歩きました。

 邸宅への被害は少なく、壁に何発か銃弾が当たっているだけです。

 大きな扉を開けると、目の前には車椅子に座っている老人の姿。

 胸元まで伸びた白い髭を大切そうに撫でていました。

「主、無事だったんですね」

「……アルは死んだかの?」

 渇いた声を廊下に響かせ、険しい表情を見せる主。

「ええ」

「マリアを放置して出ていくとは、いかんのぉ。おかげで不法侵入者がマリアを連れて行ってしまったぞ。まぁ、この際マリアはどうだっていい……それより、健児の後ろにいるそのクローン」

 健児の背中に全体重を乗せて眠っているセツナへ話題を振ります。

「何故そんな物をフレッドは作ったのか、何故我々はフレッドに協力してしまったのだろうのぉ……モグラもルノー夫妻も、仲間は皆死んでしまった。そのクローンを作ったがために」

「どういう意味ですか、主。これはフレッドがやったことです、セツナはただ」

「それを彼女にどう説明するかの? 全てを話せばそのクローンは納得するかね、過去の記憶はない、特殊クローンという自覚もない。洋国がこんな状況になったのも、全て彼女のせいだというのにのぉー」

 遮られたうえに、返す言葉も出ない、健児は黙って顔を俯かせることしかできません。

 主は車椅子を自走させて、広間より奥の廊下へと進みます。

「さぁて、今はレヴェルの態勢をなんとかしないとのぉ。そのクローンは今のままでは街にいることはできん、お前さんに任せるぞぉ」

 去り際に高らかな笑い声を残し、主は老人とは思えないほど素早く自走していきました。


読んでいただければ幸いです。

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