第十三話
よろしくお願いします。
レンガの街でのことです。
「クローンを見つけたら躊躇せず殺せ、匿う人間も組織の人間もだ」
街に現れたアドヴァンス教会。武装信者達はアサルトライフルを背負いながら隅から隅まで殺害する対象を探し回ります。
クローン撲滅運動、その名目で行われる大量虐殺。
「政府もこの件については了承済みだ。誰も罪には問われない、俺たちがこの世の自然摂理を守ったとして称賛されるのは間違いないさ」
戸惑う武装信者もいるのでしょう、説得をされています。
耳鳴りがするほど騒がしい銃声が建物中から聴こえてきました。
「一般のクローン共は大体処理できた。キングとレヴェル以外の組織は壊滅、情報によるとキングのボスは死んだって話だ。残りの敵を逃がすなよ、裏切り者のアルもな」
緑一色の制服、頭部と表情を隠すゴーグルと防寒用の耳垂れ鍔が付いた帽子。
返り血を何度も浴びていますが、気にせずにクローン達を射殺していきます。
住民達は教会を目指して既に避難していました。
それどころか武器を手に取って一緒に戦う者もいます。
街の至る所で人間と変わらぬ容姿、血液のクローン達は苦しい表情のまま息を引き取っていました。
腕に刻まれた01という数字。紅玉に輝く瞳が今、消えていきます。
路地裏の隅に散らかったゴミの中で、二人の幼い少年の死体が無残に捨てられていました。
体に残る無数の切り傷と打撲を数字と共に刻み込まれて、二十年という寿命も安らかな死も与えられず死んでしまったのでしょう。
隣には既に悪臭漂い腐敗が進んでいる男の死体。
「助けてあげた命でも長続きできるかなんてわからないよ、誰も」
真っ白なローブで全身を隠す一人の小柄な少年は唇を軽く噛みます。
「黙れ、ノザカ、我の子孫か知らぬが勝手な言動は慎め、我は神の代弁者だ」
軽く二メートルは超える巨体をもつ男がノザカを簡単に見下ろしました。
黒いローブで全身を覆い隠し、手には教本があります。
驚くほどの重音を響かせて言葉を発する男。
「彼女は妻の生まれ変わりだ。何度恋い焦がれたか、ヘレナに会いたい、あの肉体が欲しい」
曇り空へ顔を上げ、右手を天へと伸ばしました。
「ふーん」
ノザカは何も文句は言いませんでした。
路地裏から少し離れた区域に建造された五階のビル。
争いは既に終了し、キングと呼ばれる犯罪組織のアジトは静まり返っています。
ボスは最上階で息絶えて、通路には綺麗な死体と急所に銃弾を受けて死亡した武装信者達。
地下、そこを探すのを忘れていた。
冷酷なまでに無表情の少女は紅玉の瞳で生存者がいるか確認をします。
茶、黒色を使用した地味な服装で、首には真っ赤なマフラー。
腰に差した白銀の刀は柄や鞘まで雪のように白い。
薄暗い地下室。天井に設置された蛍光灯は点滅のように消えたり点いたりを繰り返していました。
手前の扉から開けて室内を確認します。
キングのメンバー達だけが椅子に腰かけたまま息絶えていました。
顔は天井を見上げて、体は力なく垂らしています。
冷たいコンクリートの地面にうつ伏せで倒れている者も。
次の部屋も同様の現場。
そして、誰も外傷が見当たりませんでした。
最後の部屋を確認しようと少女がドアノブに手を伸ばします。
鈍い音が地下室に響く。
室内はどことも変わらない、コンクリートの部屋。
違うのは、生存者がいたということです。
黒の背広姿に艶やかな長い茶髪を後ろで結い凛とした態度で立ち尽くしていました。
両手には二挺の自動式拳銃。左右の腰に差した二本の刀。
同じ紅玉の瞳は少し疲れているようです。
「ヘレナ」
「セツナ……私は、私は」
眉を下げて、苦い表情のヘレナ。
ヘレナの前に青年が壁に座り込む形で死んでいました。
金髪で碧眼、整った顔立ちをした青年は聖女の護衛役をしていたはずのウィルです。
心臓に数発、銃弾を受けて死亡。
「殺したのか?」
「ウィルを殺したのは私だ、でも他の仲間はやっていない」
どんな理由であれ殺したことに変わりはない、セツナは目を細めて先ほど行った自身のやり方を思い出します。
人を殺したくないとあれほど思っていたはずなのに。
ヘレナは両手から自動式拳銃を地面へ落としました。
「少し、気が動転しているみたいだ。カナンを探さないと」
落ち着いた口調ですが、実際は落ち着いていません。
「いや、カナンは政府に」
真実を伝えようとしましたが、ヘレナはセツナを通り越して足早に部屋から出て行ってしまいます。
セツナは口を小さく開けたまま部屋に取り残されました。
追いかけようか、セツナは一瞬判断に迷いましたが選択肢を取り消しました。
追いかける必要はない、無残な死体を脳内に記憶するより安全に護衛をしよう。
進んできた道を戻り、アジトの外へ出てみると武装信者達が巡回しています。
見つかれば厄介なことになるのは間違いありません。
セツナは街の至るところに設置された地下通路を利用することにしました。
明かりのない暗闇の通路。
クローン特有の能力でセツナは周りが鮮明に映っています。
どこかで雫が跳ねる音が聴こえてきました。
足音も明確に耳へ入ってくるほど静かな通路を進むこと数分。
「こんなところにいたら、狂信者共に殺されちまう!」
「どこに逃げたって一緒だ。俺たちクローンはやっぱり殺される運命なんだよ!」
騒がしく言い争う声が聞こえ、セツナはその場所を探し始めます。
地下通路には狭い部屋があり、そこへ辿り着くのに時間はかかりませんでした。
扉を開ければ数十名のクローン達が固まって恐怖に怯えています。
「誰だ!?」
少年の衣服は破けて、返り血も浴びていました。
手には武装信者に抵抗する為のサバイバルナイフ。
「クローン?」
食糧もない狭い部屋、窮屈で仕方がないはず。
幼い少年少女達はセツナを怯えるように眺めています。
「お前特殊クローンだろ。フレッドが造ったやつ」
「だからなんだ?」
少年は今までの我慢を積み重ねてきたのでしょう、誰に対しても敵意を剥き出しにしてセツナへ近寄ってきました。
「なんで、こうなる前から助けてくれねぇんだよ! あんたは俺達クローンの仲間なんだろ?」
「そうだよ、同じクローンなのにどうして助けてくれないの?」
「なんでアンタは人間と一緒にいれるんだよ」
「ずるい」
次々とセツナへ怒りと不満をぶつけてきます。
返事をする必要なんてない、セツナはただ黙ってクローン達の怒りを聞いていました。
平等に与えられた太陽の光でさえ浴びられず、暗闇で息を潜めていたクローン達。
「いいところにモルモットがいるじゃないか」
白衣を着た男性が狭い部屋へ声をかけました。
扉の向こう側、セツナは聞きたくない声に眉をしかめます。
「他の科学者達と私の考えていることは違うようで、今やレヴェルを仕切るあの老いぼれも、あのモグラもクローンは人類の進歩だと夢物語を見ていた」
地面を叩く音が地下を支配している。
「クローンなんてものはただの通過地点に過ぎない、私が追求すべき人類の進歩は情報にあり、脳にあり、そして重要なのは……幼い子供達だ」
扉が開かれました。
痩せ細った男は怪しい笑みを浮かべて姿を現します。
腕を後ろで組みクローン達を自分より下だと視線で訴えてきました。
「フレッド!」
少年は野良犬のように人間を警戒し歯を剥き出します。
「君のオリジナルは内紛戦争で戦死した若い民兵だった、遺体の一部を使用して君が作成されたことは覚えているかね? だが確実に同じ人間が、人格が作れるとは限らないためにオリジナルの家族に拒絶されたと」
「そんなことを知っていたなら、なんで!?」
フレッドは少年からの質問に歯を見せて笑います。
「なぁに、リサイクルというものだよ。クローンは便利だねぇ臓器移植から始まったこの計画は生きたヒトを造るまでに達したのだから。セレスティア博士のおかげでここまで来れた。お前が殺した優秀な博士は人類の進化を提唱した」
白衣の内ポケットへ手を突っ込んだフレッド。
ゆっくりと小さい注射器を取り出したのです。
透明な液体が多く入っています。
「セツナ君、五年前に犯した罪を覚えているだろうか?」
「聖母殺害とその博士達を殺害したことか、覚えていない」
セツナは首を横に振りました。
「計十五名の科学者達を殺害、そしてクローン差別が起きる原因となった史上最悪の事件」
フレッドは嬉々として今までにあった出来事を口から吐き出します。
息をいっぱい吸い上げて次の言葉を出しました。
「国民が愛した聖母カノンを殺害したことを覚えていない? そうだろうねぇ、予想外なことを聖母カノンがしでかしたのだ。聖母の涙をお前に見せて殺意を奪った」
「聖母の涙?」
「聖母には特殊な力が宿る。涙には平穏を、微笑みには安らかな死を。聖母の微笑みを見た者は安楽死、涙を見た者は殺意、増悪、悲しみを喪失させる。カノンはお前から殺意を奪った。しかしね、殺意というのは薬さえあればいくらでも復活できるわけだ」
注射器の針がセツナの脇腹を狙っています。
フレッドの遅い動きなら避けることは可能なはず。
「どういうつもりだ!」
なのに少年達がセツナを背後から掴んで離しません。
「お前が聖母を殺さなかったら、こんなことにはならなかった!」
少年は同じ仲間の気持ちを言葉にしました。
「そういうことだ、セツナ。彼等を苦しみから解放してやりなさい。この薬は一種の興奮剤だ」
針は狙った通りの場所へ刺さります。
液体が迷うことなくセツナの内部へ。
「うっぐぅ……!?」
瞳孔がいつもより大きく広がり、心拍数もどんどん上へと昇っていく。
体内から吹き出る汗がいつもより多い。
これほどまで水分を欲しいとは思ったことはない、セツナは喉の渇きを感じます。
意識が奪われてしまうことを恐れてセツナは体を動かそうとしましたが、反応してくれません。
フレッドの顔も視界に映すことが難しくなってきました。
クローン達に掴まれている感覚も忘れていきます。
全身が下に垂れ、抵抗する力も尽きてしまったセツナ。
掴まれていた体がようやく自由になりましたが、セツナは一人で立つことができません。
街で転がる死体と同じように倒れ、考えることもできないまま三秒が経過します。
一気に筋肉が固くなり震えはじめました。
散瞳した紅玉の瞳。
獣ではない、なにか別の生き物が目覚める。
セツナであることは間違いないでしょう、容姿はまったく変わりません。
奮い立つ意識が体をゆっくりと起き上がらせます。
白銀の刀を抜くまでに時間は、かかりません。




