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セツナ  作者: 空き缶文学
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第十一話

 最新技術で造られている縦に長く伸びた建造物。

 まだまだ開発途中で未完成なのが目立ちます。

 レンガの街とは全く違って駆け足で成長を続ける都は常に新しい物を取り入れようとしていました。

「聖女候補は皆死んだ。データも、壊した」

 溜息を思いきり吐き出した特殊クローンのヘレナ。

 真っ直ぐな紅玉の瞳は少し悩ましげに細めていました。

 黒い背広姿はどの男にも負けません。

 艶やかな長い茶髪を後ろに束ねて動きやすそうに結んでいます。

 都の隅に建設されている二階建てのビル、ヘレナはその室内で壁にもたれた姿勢。

「相変わらず仕事の手際がいいな、クラウベル嬢」

 真っ白な背広、ネクタイ、革靴姿の男は見た目そのものが高圧的です。

 短めの金髪に洋人特有の青い瞳、相手を見下したような笑みを浮かべていました。

 壁から背中を離したヘレナの手は、

「うげっ、ぐぅ!!」

 金髪男の襟を掴み壁へと押し付けました。

 内側に装着されたホルスターから自動拳銃を取り出して弾丸が発射される先端を遠慮なく金髪男の口へ挿入。

「その口に弾を何発撃ち込めばいい? 忘れたか、私の名を」

「ひぇ、れ……な」

「聞こえない、はっきり答えろ!」

 銃口が咽頭へ届きそうです。

「へ、ヘレナ! ぐえ、ううおえぇえ」

 名前をようやく発したことで口から異物感は消え、求めている酸素が入ってきました。

 激しい嘔吐に襲われそうになる金髪男。

「エリートか貴族か知らないが、レヴェルも立派な犯罪組織。なにを偉そうに出しゃばっているのか」

 ヘレナは苦い表情でコンクリートの地面に座り込む金髪男を見下ろします。

「私は街へ戻る」

 まだ嗚咽が止まらない金髪男を放置してヘレナは足早にビルから立ち去って行きました。

 腰に差した二本の刀が注目を浴びてしまいます。

 通り過ぎていく住民の視線は刀へ釘付けに。

 その視線を無視してヘレナは都の外へ、足を進めました。

 近代化していく都から出ればまだ未開発の緑一色の草原。

「聖女というのは皆、どうして、あんなに」

 澄んだ瞳を曇らせることがないのだろう。

 クローンとして生まれ、僅かな命しかないというのに。

 聖母となっても問題はない少女達の命をこの手で終わらせてしまったのです。

「いつの間にか平然と人を殺せるようになるなんて、どうしてこうなってしまったのだろう」

 それが可笑しくてヘレナは思わず笑みを零しました。

 行く先に立ち塞がった真っ黒な高級車が突如ヘレナの前に急停止。

「政府の、車?」

 ヘレナは怪訝な表情を浮かべます。

 車から出てきたのは、シングルスーツやダブルスーツなど様々な背広を着た男達でした。

「クローン研究者のフレッド博士から連絡が入った。お前らクローンは俺達を舐めているようだな?」

 見下すような言い方にヘレナは無言で睨みます。

「クローンは人類の進化だとぉ? ただの劣化品じゃないか、お前らは」

 ヘレナはすぐに言い返そうとしましたが、自身の頭部に冷めた鉄の何かが当たり口を閉じます。

「どういうつもりだ?」

 突きつけられたのは自動拳銃の銃口でした。

「こんな研究に力を貸したせいで国は貧乏なんだよ、フレッドを信用するから劣化品ばかりできて、クローンを処理するこっちの身にもなれよ」

 弾けるような破裂音が一発。

 ヘレナの体が大きく仰け反ってしまいます。

 濃厚な血液が飛び散り銃弾はこめかみ部分を貫通。

 確実に殺したと信じた男は鼻で笑いながら自動拳銃を腰のホルスターに戻しました。

「あ?」

 その時、胸に何かが押し込まれるような感触に男は笑みを浮かべたまま停止します。

 既に、地面にはヘレナの血液で飛び散った跡がありました。

 ですが何故かまだ雫のように垂れている血液が。

 男は違和感を覚えた胸に視線をおろします。

 そこには返り血ではない、紛れもない自分自身の血液が胸から垂れていたのです。

「はぁ!?」

 大きく反り返ったはずの、遺体となって倒れるはずのヘレナが男を睨みつけていました。

 収縮した瞳は獣のような眼光に変わり獲物を捉えています。

「貴様らはクローンの何を知っている? 特殊クローンのことを何も知らないで私に喧嘩を売ったのか」

 ヘレナのこめかみ部分から零れた血液が目を覆い隠します。

 貫通したはずの部位に穴はありません。

 男は何も発することはできず口から音も無く黒い血液が零れていました。

 胸の中央に刺し込まれた灰色の刃。

 ヘレナは躊躇なく一度押し込んだ刀身を抜き取ります。

 血の噴水が数秒、倒れないはずだった男は背中から地面へ落ちました。

 灰色の刀身は横一閃を描いて濃度の血を振り払う。

「ば、ばか殺せ!」

 他の仲間達も揃って自動式拳銃を構えます。

 ですが、ヘレナの視界に映る全てがスローモーションで動き、一列に並んでいる男達を二本の刃先で横一閃に胴体の皮膚に通しました。

 収縮させた瞳孔を元に戻せば、男達の衣服と皮膚は裂けてそこから血飛沫が。

「フレッドに真意を聞かなければ納得できるわけがない、こんな任務」

 街へと足を走らせて人間とはかけ離れた速度で都から離れました。

 都から街の間は何もない草原だけ。

 単純な道は通る人を退屈させてしまいます。

 ヘレナ以外、誰もこの交通を使う者はいません。

 どうやらヘレナを追いかける三台の装甲車両が轟音を草原一面に響かせてきました。

「どこからあんな兵器が……」

 ショルダーホルスターから抜き出した自動式拳銃のセイフティを外して装甲車に向かって発砲。

 鉄を叩くような音で弾かれてしまいます。

 防御性に優れた軍用の装甲車両には大砲が装備されています。

 ヘレナは一度足を止めて軍と向かい合いました。

 灰色の刀と漆黒の刀を両手に持ち、戦闘態勢へ。

「撃てぇえええ!!」

 上官兵士が外に出て各車両に指令。

 大砲から発射される大きな爆音と一発の弾丸。

 それに続けて他の車両もずらして発射しました。

 狙いを定めてヘレナへ落ちてきます。

 再び獣の眼光へと瞳を収縮させて弾の行方を確認したヘレナ。

 一発目はヘレナへ当たることもなく草原へ落下し地響きを起こしました。

 簡単に地面へ穴を開けてしまう威力。

 二発目もヘレナに回避され、またも草原へ激しい爆音とともに落下します。

 土煙が舞う中、三発目がヘレナへ向かってきました。

 二本の刃を弾へ振りかざします。

 その瞬間、一度電流に似た感触がヘレナの手に伝わってきました。

 手が痺れる感覚に思わず刀を視界に映します。

「なんだ?」

 刃は大砲から発射された弾を半分にして斬り捨てました。

 一瞬の出来事で電流が刃全体を通していましたが、すぐに消えてしまいます。

 爆発は起こりません。

 その不思議に首を傾げている場合ではなくヘレナはとにかく目の前の装甲車両へ走ります。

 地面を蹴るとヘレナは自身の体を空中へ。

 兵士はその脚力を唖然として見上げてしまう。

 既にヘレナは刃先を下にしてそのまま頑丈な装甲車両を狙っています。

 重力に押されるがまま、落ちていく。

 また、ヘレナは手が痺れる。

「くっ、鬱陶しい!」

 時折起こる気味の悪い感触に灰色の刀を途中で放り投げてしまいました。

 残った漆黒の刀を両手に添えます。

 大砲の発砲準備はまだ終わりません。

「何をしている!?」

 上官兵士が拳を握りしめて怒りを表しますが、装甲車両に乗っている兵士達はどの装置を押せばいいのか、混乱している様子で聞こえていませんでした。

「ぜ、全然わからない! なんだよマニュアルとは違うぞ!!」

「倭国なんて信用するからこうなるんだ!」

 言い争う兵士達。

 外部から突然、何かが伸しかかってきました。

 車両が傾き、日の明かりがない車内に小さな光が射してきます。

「う、嘘だ。刃物が貫通なんて」

 太陽の光を吸収してしまうのではないかというほど闇である漆黒の刃。

「うわぁ! こ、こんな化け物と戦えるわけがない!!」

 頑丈な装甲に刃先を貫通させたまま横へ一閃。

 車両の中に射しこんだ久しぶりの光が装甲を破って照らしました。

 兵士達は思わず両手で目を覆ってしまいます。

 少しずつ慣れてきた様子の兵士は半目で見上げました。

「戦う気がないならさっさと帰れ!」

 今より長く生きる為の、最初で最後の選択肢を兵士達に渡すヘレナの姿。

 獣の眼光が頭部から垂れている血液に覆われ、血を求めているかのように兵士達を狙っています。

「あ、ああ……」

 睨まれた兵士達は戸惑いながら固まってしまいます。

「し、しねぇえええ!!」

 ヘレナの背中へと投げかける罵声。

 それは遠くから命令を下していた上官兵士でした。

 所持していた両刃の剣を遠慮なくヘレナの腰へ突き刺したのです。

「お、おお!」

 勇敢な行動だ、と兵士達は一度笑みを浮かべました。

 口から零れる少量の吐血。ヘレナは唇を一直線にしたまま。

「クローンなどこんなものだ。他のクローンも女だろうが子供だろうが殺せ」

 余裕の表情で深く突き刺した剣を引き抜いた瞬間でした。

 上官兵士は装甲車両から落ちたのです。意味も理解できないまま。

 ヘレナの背中が兵士達に向けられ、漆黒の刃先は血液なのか、刀の色なのかわからない。

 兵士達から笑みが消えました。

 前髪と血液でもはや表情も確認できない。

 ヘレナは空気を斬り、血をはらう。

 口元もまだ横に直線のままです。

 装甲車両から飛び降りたヘレナは、兵士達に二度と向かい合うことなく街へと戻りました。

 後ろがどうなっているのかなんて興味はない。

 ヘレナは顔を俯かせています。

 一面草原の道を歩いている間は絶対顔を上げることはありませんでした。

 灰色の刀を途中拾い上げて鞘に戻します。

 漆黒の刀だけは右手に握りしめられたまま。

 左手は、腰を強く押さえつけていました。

 不覚だった、ヘレナは唇を噛み締めて声にならない、出すこともできない、口を動かして息だけを吐き出します。

 街の近くに建てられていたはずの脆い小屋がない。

 ヘレナは首を一度横に軽く向きました。

 地面は黒く、その一部だけが草を排除して土を露出させています。

「セツ……ナ?」

読んでいただければ幸いです。

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