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Short Short Circuit

十二時に

作者: 境康隆

 私の一人娘は時計が好きです。

 まだ言葉もたどたどしい幼子ですが、時計の針は同年代の誰よりも早く読み取れるようになりました。

 男親の大方がそうかもしれませんが、私も絵本の読み聞かせなどの育児は苦手でした。

 だから時計の時間を娘に尋ねられる度に、それぐらいはと、喜んで答えてやったものでした。

 娘のお気に入りは十二時です。

 娘は十二時がいい。十二時にしてとせがむのです。

 娘は時計が好きというよりは、この十二時が好きなようです。

 時計の針が揃うのが好きなのでしょうか。

 実際時計の針が十二時に近づくと、娘は嬉しそうにそれを眺め始めます。

 その代わり、十二時が過ぎていくと悲しい顔をします。そして三時過ぎには泣きそうな顔をして、それ以降は見ようともしません。

 娘はその度に、十二時にしてと私におねだりをしてくるのです。

 時計がずっと同じ時間を指してちゃ、役に立たないだろ。

 私はぐずる娘をそう諭しました。

 娘は容易には納得しません。時計を通して甘えようとするのか、執拗に十二時がいいとねだります。

 私はその日は根負けしました。特別な日だったので、感傷的になっていたのだと思います。

 十二時がいい。十二時にして。

 私はその願いをかなえる為、時計の針を揃えて十二時にしてやりました。

 娘は嬉しそうに微笑みました。

 娘の笑顔程、幸せを感じるものはありません。親冥利に尽きる瞬間です。

 いえ。正直に言うと、娘に親らしいことなど私はしてこなかったのです。

 時計の時間を答えてやる。針の見方を教えてやる。

 思い返してもそれぐらいしかしていないような気がします。

 ダメな父親でした。

 だから妻が離婚を切り出した時も、ああそうか、それもそうだな、とだけ思ったものでした。

 ダメな父親以上に、ダメな夫でした。

 離婚届は明日役所に出すつもりです。

 ですので今日までが親子三人です。もちろん妻と別れても、娘は娘です。ですが三人でいられるのは、今日までです。

 娘が好きな十二時は、もちろんお昼の十二時でしょう。

 ですが同じ針を指す深夜の十二時がくると、この家族はひとまず終わりを迎えるという訳です。

 娘は妻が引き取ります。

 私は最後の夜を娘と過ごす為に、娘の寝る部屋へと向かいました。

 娘は寝ていました。この寝顔も見納めかと思うと、もっとできることがあったのではと思ってしまいます。

 娘は絵本を手に、すやすやと眠っています。その絵本も時計のものでした。

 起床やおやつの時間に合わせて、自分で時計の針を合わせる絵本のようです。全てのページに穴が空いていて、そこからおもちゃの時計が覗いています。

 制作者のこだわりでしょうか、時計の絵本には、長針と短針の他に秒針までついていました。

 娘は正午のページを開けて、眠りについてしまったようです。親子がお昼を囲み、時計の針も秒針まで含めて、きっちり十二時を指しています。

 本当に十二時が好きなようです。

 でも今日の深夜の十二時は、私達家族にとって悲しい十二時です。娘がこれを知れば、十二時が嫌いになってしまうかもしれません。ぐっすりと寝ているのが、随分とありがたく感じます。

 本物の時計は、夜の九時十五分を指していました。

 私はこの時間を惜しむ為に、時計をしばらく見つめました。

 そしてその針の向きに、私達夫婦の姿を見たような気がしました。お互いに全く違う方向を指している私達です。

 秒針が長針から短針に向かって回っていきます。そして短針に一瞬重なるや、今度は長針に向かっていきます。

 当たり前の時計の動きですが、それが私達夫婦の間で駆け回る娘そのものに見えました。

 私達二人の間を楽しげに駆け回る娘ではなく、私達二人に振り回される娘です。

 ああ、そうだ。そうでした。

 私は娘に時計の針を覚えさせる時も、長針と短針を私達にたとえて説明したのです。

 長針がママ。短針がパパ。そう教えた時、娘はそれなら秒針は自分だとはしゃいだものでした。

 そう。だから娘は十二時が好きなのです。

 十二時がいい。十二時にして。

 私はその願いをかなえる為、もう一度ママと話し合うよと、娘の頬をそっとなでました。

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