第77話
火は、小さかった。
枝を組んで作った簡易的な焚き火は、
必要最低限の明かりと熱だけを与えている。
森は静かだ。
さっきまでの戦いが嘘のように。
誰も、すぐには口を開かなかった。
生きている。
全員、無事だ。
それだけは確かだった。
俺は、剣を膝の上に置いて、炎を見ていた。
刃に欠けはない。
歪みもない。
なのに。
(……軽い)
握った感触が、ほんの少しだけ違う。
違和感と呼ぶほどじゃない。
でも、無視できるほどでもない。
カイは、焚き火の反対側で地面に座り、
無言で拳を開いたり閉じたりしていた。
「……どうした」
俺が聞くと、
「いや」
カイは短く答えた。
「なんでもねえ」
嘘だ。
でも、追及しなかった。
レナは、少し離れた場所で地面に魔術陣を描いている。
いつもなら手際よく終わる簡易検知。
なのに。
「……妙」
小さく、呟いた。
「何が」
フェリス。
「魔力の流れ」
レナ。
「乱れてる……というより」
一瞬、言葉を探す。
「……“揃いすぎてる”」
ユウが、視線を上げた。
「揃う?」
「それは、良いことではないのか」
「通常は」
レナ。
「でも、今は……嫌な感じ」
アリスは、焚き火の明かりから少し外れた場所に立って、
夜の森を見つめていた。
「……まだ、見られてる」
その一言で、
全員の背筋が、同時に強張る。
「追ってきてるのか」
カイ。
「いいえ」
アリス。
「“見ている”だけ」
フェリスが、静かに言う。
「……観測は、続いている」
エッグは、少し離れた木に背を預けて座っていた。
膝を抱え、焚き火を見ている。
さっきまでの軽口はない。
俺は、剣を鞘に納めてから、エッグを見る。
「……なあ」
「ん?」
エッグは顔を上げる。
「中で、何を見た」
一瞬、間があった。
エッグは、笑おうとした。
でも、口角が上がりきらない。
「……今すぐ言うべきじゃねえ」
そう前置きしてから、
「けど」
低い声で続ける。
「……あいつら」
「“成功”が一回でも出たら、止まらねえ」
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
「失敗を、失敗だと思ってない」
エッグ。
「“過程”だ」
俺は、息を吐いた。
「……つまり」
「時間がない」
エッグ。
「思ってるより、ずっと」
沈黙。
森の奥で、何かが動いた気配がした。
風かもしれない。
動物かもしれない。
でも。
誰も、そうは思わなかった。
フェリスが、立ち上がる。
「……休む」
「明けたら、動く」
「休めるかよ」
カイ。
「目を閉じるだけでいい」
フェリス。
「閉じないより、マシ」
それぞれが、横になる。
俺も、地面に背を預けた。
目を閉じる。
――閉じたはずなのに。
闇が、来ない。
代わりに、
さっきの空間が、脳裏に浮かぶ。
歪む壁。
砕ける影。
そして、あの感覚。
(……見られてた)
俺は、目を開ける。
焚き火は、まだ燃えている。
皆も、そこにいる。
それなのに。
(……もう、始まってる)
何が、とは言えない。
でも、分かる。
境界は、越えた。
もう、戻れない。
焚き火の火が、
一瞬だけ――揺れた。
まるで、
誰かが、息を吹きかけたみたいに。




