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異端(仮)  作者: vastum
アリス編
94/103

第72話

線が、揃う


 夜は深く、街は眠っていた。


 人の声は途切れ、通りを渡る風の音だけが、ゆっくりと建物の隙間を抜けていく。

 宿の二階、その一室だけが、時間から切り離されたように静まり返っていた。


 ノイズの面々は、誰も横になっていない。

 椅子に座ったまま、あるいは壁に寄りかかり、思い思いの姿勢で沈黙を保っている。


 テーブルの中央には、広げられた地図。


 街。

 森。

 遺跡。

 外れの小道。

 人が消えた場所。


 点は多い。

 だが、もう散らばってはいなかった。


「……なあ」


 沈黙を破ったのは、カイだった。

 声は低く、いつもの軽さはない。


「最初におかしいと思ったの、いつだ?」


 誰もすぐには答えなかった。


 問いが曖昧だからじゃない。

 答えが、思ったより昔にあることに気づいたからだ。


「……遺跡だな」

 レナが、ゆっくり言う。

「最初に“嫌な気配”を感じたのは」


「同意」

 ユウ。

「だが、あの時は」

「遺跡単体の問題だと思っていた」


 フェリスは黙ったまま、地図の端に視線を落としている。

 指でなぞるでもなく、ただ見つめているだけだ。


 俺は、胸の奥の違和感を探るように、息を吐いた。


「……街だよ」

 自然と、声が出た。

「遺跡より前に、もう始まってた」


 視線が集まる。


「最初の失踪」

「噂だけで、誰も深く追わなかった」


「……ああ」

 カイが、短く笑う。

「“よくある話”ってやつだ」


 アリスが、静かに頷く。


「人は」

「理解できないものを、日常に押し込める」


「便利な言い方だな」

 カイ。


「正確な言い方」

 アリス。


 部屋に、また沈黙が落ちる。


 俺は、地図から目を離し、窓の外を見た。

 夜の街。

 平穏そのものの景色。


「……でもさ」

 俺は、ぽつりと言った。

「今は、もう無理だろ」


「何が」

 フェリス。


「誤魔化すの」

 俺。

「ここまで来て」


 カイが、椅子の背にもたれかかる。


「正直言うとよ」

「俺、昨日までは」

「まだ引き返せる気がしてた」


「……今は?」

 レナ。


「今は」

 カイは、拳を握る。

「腹立って仕方ねえ」


 その言葉に、誰も笑わなかった。


 ユウが、淡々と続ける。


「連れ去りの手際」

「痕跡の消し方」

「タイミング」


「……全部」

 ユウ。

「“慣れている”」


 フェリスが、ようやく口を開いた。


「ええ」

「これは実験でも、暴走でもない」


 彼女は、地図の一点を指す。


「管理されている」


 指先が、遺跡へ滑る。


「選別され」

「運ばれ」

「処理される」


 その言葉に、

 部屋の空気が、はっきりと冷えた。


 俺は、無意識に剣の柄に触れていた。


「……あいつら」

 俺は言う。

「人を、数字みたいに扱ってる」


 レナが、小さく目を伏せる。


「だから」

 俺。

「俺、管理者の言葉」

「一つも信じてない」


 フェリスが、こちらを見る。


「それでも」

 俺は続けた。

「分かったことはある」


 一拍。


「……ここで止まったら」

「もっと奪われる」


 誰も、反論しなかった。


 それが、答えだった。


 アリスが、静かに息を吐く。


「線が、揃った」


「線?」

 カイ。


「ええ」

 アリス。

「点だったものが」

「もう、一本になっている」


 彼女は、地図を見ずに言った。


「遺跡も」

「街も」

「失踪も」

「……境界も」


 俺は、その言葉に引っかかった。


「境界」


 口にした瞬間、

 胸の奥が、きしんだ。


「……エッグ」

 思わず、名が零れそうになる。


 だが、声には出さなかった。


 フェリスは、全員を見回す。


「戻るなら、今」

「踏み込むなら――」


 言葉を切る。


「もう、覚悟が要る」


 カイが、即座に答えた。


「踏み込む」


「同意」

 ユウ。


「当然」

 レナ。


 視線が、俺に集まる。


 俺は、深く息を吸った。


 怖くないわけじゃない。

 でも――


「……行こう」

 俺。

「線の向こうへ」


 その瞬間だった。


 アリスが、はっと顔を上げる。


「……重なった」


「何が」

 カイ。


「“こちら”と」

「“向こう”が」


 言葉の意味を考えるより先に、

 結界の外で、空気が震えた。


 音はない。

 だが、肌が理解する。


 ――近い。


 フェリスが、即座に立ち上がった。


「準備」

「今、動く」


 誰も迷わない。


 俺は、剣を握る。


 さっきまで曖昧だった違和感が、

 はっきりした“方向”を持っていた。


(……繋がった)


 どこで、誰と、どうやってかは分からない。


 それでも。


 点は、もう戻らない。

 線は、引き直せない。


 次に待つのは、

 避けられない衝突だ。


 静かで、

 逃げ場のない――

 本物の境界。


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