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異端(仮)  作者: vastum
アリス編
93/103

第71話

境界に、立つ者


◇ エッグ


 空気が、違った。


 肌に触れる感覚が、遺跡の中とも、街とも違う。

 冷たいのに、重い。

 呼吸をするたび、胸の奥が軋む。


「……ここが」


 境界。


 俺が辿り着いた場所は、

 岩盤をくり抜いたような地下空間だった。


 明かりはない。

 だが、暗くもない。


 壁に刻まれた魔術陣が、

 呼吸するみたいに淡く光っている。


(……生きてるな)


 遺跡と同じ匂い。

 だが、ここは“奥”だ。


 見張りはいない。

 それが、逆に不気味だった。


 進む。


 一歩ごとに、

 足音がやけに大きく響く。


 そして――見えた。


 柵。

 仕切り。

 簡易的な隔離区画。


 その向こうに、

 人影がある。


「……」


 俺は、思わず立ち止まった。


 人だった。

 確かに、人の形をしている。


 だが。


 肩の位置が、少しおかしい。

 背中に、魔力の流れが“浮き出て”いる。


 目が合った。


「……だれ……」


 声は、かすれている。

 でも、意識ははっきりしている。


「……俺は」

 名乗ろうとして、やめた。


 名を名乗るのが、怖かった。


「……助けに、来た」

 そう言うしかなかった。


 人影は、首を横に振る。


「……だめ……」


 遺跡で聞いた言葉。

 同じだ。


「……ここ……」

「……越えたら……」


 人影は、指で床を示した。


 そこには、

 はっきりとした境目があった。


 魔術陣が、色を変えている。


「……線を……」

「……越えたら……戻れない……」


 喉が、鳴った。


(……完成工程)


 管理者が言っていた言葉。

 “境界”。


「……越えなければ」

 俺は、震える声で言った。

「……助からないんだろ」


 人影は、何も言わなかった。


 その沈黙が、

 答えだった。


 奥から、足音が聞こえる。


 複数。


(……来る)


 時間がない。


 俺は、境界線を見る。


 一歩、踏み出せば。


 俺は、

 管理者の用意した土俵に立つ。


 戻れる保証はない。


 それでも――


(……それでも)


 ノイズの顔が、浮かぶ。


 カイの、雑な笑い。

 フェリスの、迷わない指示。

 レナの、冷静な声。

 ユウの、静かな背中。

 アリスの、全部見透かす目。


 そして。


 剣を振るう、あいつ。


 ――シオン。


「……待ってろ」

 俺は、小さく言った。

「……必ず、繋ぐ」


 足を上げる。


 その瞬間――



◇ シオン


 剣を握っていた。


 理由はない。

 ただ、気づいたら。


「……なんだ、これ」


 胸の奥が、ざわつく。


 戦闘前の高揚とも違う。

 危険察知とも、少し違う。


 何かが、決まる直前の感覚。


「……シオン?」

 カイが、顔を上げる。


「……悪い」

 俺は首を振った。

「なんでもない」


 嘘だ。


 でも、説明できない。


 剣を握る手に、

 わずかな汗。


(……ズレる)


 世界の噛み合いが、

 一瞬だけ狂う感覚。


 視線を上げる。


 空は、いつも通りだ。

 雲も、風も。


 なのに。


(……来る)


 何が、とは言えない。

 誰が、でもない。


 ただ。


「……絶対」

 俺は、呟いた。

「……置いていかない」


 誰に聞かせるでもなく。


 その瞬間、

 胸のざわつきが、少しだけ静まった。


 代わりに。


 重たい確信が、落ちてくる。


(……まだだ)

(……まだ、合流しない)


 理由は分からない。


 でも、分かる。


 今は待つ時だ。



◇ エッグ


 足を、下ろした。


 境界線の、内側へ。


 瞬間。


 空気が変わった。


 圧が、かかる。

 身体の内側を、覗かれる感覚。


「……っ」


 歯を食いしばる。


 奥から、声。


「……入ったか」


 影が、動く。


 管理者側の人間。

 数は、三。


「……予想より、早い」

「適応率は……悪くない」


 俺は、剣を抜かなかった。


 抜いても、意味がない。


「……完成は、まだだ」

 一人が言う。

「だが――」


 視線が、俺に向く。


「君は」

「境界に立てる」


 俺は、はっきり言った。


「……仲間を返せ」


 一瞬だけ、

 彼らは黙った。


「……まだだ」

「だが、いずれ」


 足音が、近づく。


「ここから先は」

 男が言う。

「“観測対象”として扱う」


「……構わない」

 俺は答えた。

「その代わり」


 一拍。


「……全部、見せろ」


 男は、笑った。


「いいだろう」

「後悔しないと、言えるなら」


 俺は、振り返らなかった。


 境界は、もう背後だ。


 戻れない。


 でも。


(……繋がった)


 まだ一本の糸だ。

 細くて、切れそうな。


 それでも。


 ノイズと、ここは繋がった。


 次は。


 ――全てが、見える。


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