第68話
日常に混ざる、異物
朝の街は、いつも通りだった。
商人の呼び声。
焼き立てのパンの匂い。
冒険者たちの、少し荒っぽい笑い声。
「……平和だな」
カイが、欠伸混じりに言う。
「油断するな」
フェリス。
「分かってるって」
カイ。
「でもさ、昨日まで遺跡だったろ?」
「ギャップで脳が追いつかねえ」
「同意」
ユウ。
俺は、通りを歩きながら周囲を見ていた。
違和感は、ない。
だからこそ、気になる。
「……人、少なくないか」
俺が言う。
「そう?」
カイが辺りを見回す。
「まあ、朝だし――」
「いや」
レナ。
「“抜け”がある」
「抜け?」
「本来いるはずの人が、いない」
レナ。
「規則的に」
その言葉に、フェリスが足を止めた。
「……市場の端」
「行ってみる」
人の流れから外れた一角。
露店が一つ、閉まったままだ。
「……ここ、昨日も?」
俺。
「一昨日から」
近くの商人が答えた。
「店主が戻らねえ」
「失踪?」
カイ。
「さあな」
商人は肩をすくめる。
「借金もなかった」
「揉め事も聞かねえ」
レナが、しゃがみ込んだ。
「……地面」
「引きずった跡」
薄い。
だが、確かに残っている。
「夜か」
フェリス。
「騒ぎにならなかった?」
俺。
「静かだった」
商人。
「……不気味なくらい」
その言葉で、
空気が一段階、冷えた。
「……似てるな」
カイ。
「遺跡と?」
俺。
「失踪」
「痕跡が少ない」
「騒がれない」
次の情報は、ギルドで拾った。
「最近、妙な依頼が増えてる」
受付が言う。
「人探し」
「でも、深追いはするなって条件付き」
「条件?」
フェリス。
「依頼主が」
受付は声を落とす。
「……妙に揃ってる」
「揃ってる?」
「名前も、顔も、知らない」
「でも、条件と報酬だけは同じ」
それは、冒険者の依頼じゃない。
「……組織だな」
レナ。
「しかも」
受付が続ける。
「調査を始めた冒険者が、何人か戻ってない」
カイが、ゆっくり息を吐いた。
「……平和じゃねえな」
街を出たところで、事件は起きた。
悲鳴。
反射的に、全員が走る。
路地裏。
若い冒険者が、一人倒れている。
「……生きてる」
ユウ。
だが、様子がおかしい。
「……意識は?」
俺。
「ある」
ユウ。
「だが――」
冒険者は、虚ろな目で天井を見ていた。
「……来た……」
掠れた声。
「誰が来た」
フェリス。
「……分からない」
「……影、みたいな……」
その腕に、
細い痕があった。
魔力焼け。
遺跡で見たものと、同質。
「……やっぱりだ」
レナ。
「街まで来てる」
カイ。
冒険者は、最後にこう言った。
「……気をつけろ」
「……“選ばれてる”……」
そこで、意識を失った。
通報の声が上がり、人が集まる。
フェリスは、即座に判断した。
「……撤退」
「今は、深入りしない」
宿に戻り、部屋を閉める。
結界。
沈黙。
「……来たな」
カイが言う。
「ええ」
アリス。
「管理者は、遺跡の外でも動き始めた」
「つまり」
俺。
「俺たちを、誘ってる?」
「試している」
フェリス。
「どこまで踏み込むかを」
レナが、静かに言った。
「……エッグが見た“境界”」
「街に滲み始めてる」
全員が、理解した。
これは、偶然じゃない。
遺跡だけの話でもない。
「……静かに来るな」
カイ。
「だが」
フェリス。
「確実に、来ている」
俺は、窓の外を見た。
街は、まだ平和だ。
誰も気づいていない。
だが。
(……始まった)
音もなく、
確実に。
ノイズを中心に、
世界が動き始めていた。




