第67話
認識された瞬間
最初に異変として記録されたのは、数字のズレだった。
外郭観測点・第七。
本来なら、毎日ほぼ同じ値を示すはずの魔力循環量。
それが――
ある日を境に、わずかに歪んだ。
「……誤差、か?」
報告を受け取った男は、そう呟いた。
この地下施設では、慎重さこそが評価基準だ。
「否」
別の声。
「誤差にしては、連続性がある」
室内には数人。
誰も剣を持たず、
誰も戦士の格好をしていない。
ここは、戦場ではない。
戦場を“管理する側”の場所だ。
「観測点の現地報告は?」
「要員六名、生存」
「施設機能、完全停止」
「破壊痕なし」
その言葉で、
空気が一段階、重くなった。
「……機能停止?」
「破壊ではないのか」
「はい」
「装置のみ、選択的に沈黙しています」
沈黙。
それは偶然では起きない。
「侵入者の特徴は?」
「複数」
「統率あり」
「撤退判断が早い」
別の者が、静かに付け加えた。
「殺していません」
「全員、生きています」
誰かが、小さく息を吐いた。
「……厄介だな」
「ええ」
最初に話していた男が言った。
「感情では動いていない」
卓上に、簡易投影が展開される。
遺跡。
外郭観測点。
街。
線が引かれる。
「遺跡侵入時の行動ログ」
「撤退戦の時間」
「損耗率」
数字が並ぶ。
「……整いすぎている」
誰かが言った。
「即席ではない」
「だが、軍でもない」
「冒険者集団か?」
「否」
男は首を振る。
「冒険者は、こういう“引き際”を知らない」
笑いは起きなかった。
「問題は」
別の者が言う。
「彼らが“何を見たか”だ」
その言葉に、
誰もすぐには答えなかった。
「内部第一層は、露呈した」
男が言う。
「第二段階への移行も、感知されている」
「……関係者個体は?」
「健在」
「だが、接触された可能性が高い」
静かに、
しかし確実に、
何かが共有された。
「……彼らは」
男は、言葉を選ぶ。
「“察している”」
完全ではない。
だが、核心に近づいている。
「偶然の侵入者ではないな」
「ええ」
「では」
別の者が言った。
「どう扱う?」
しばらく、沈黙。
誰も軽々しく答えない。
「……観測対象を、更新する」
男が、ようやく言った。
「分類は?」
「未定」
「だが――」
一拍。
「“無視できない”に格上げする」
その言葉は、
剣よりも重い意味を持っていた。
「排除は?」
「まだ」
男は言った。
「今は、観る」
「危険だ」
「ええ」
男は認めた。
「だが、危険でなければ意味がない」
投影が切り替わる。
簡易的な人物像。
剣士。
魔導士。
斥候。
指揮役。
そして――
「……この個体」
誰かが指を止める。
「戦闘挙動が、異常だ」
「未来視ではない」
男。
「だが、選択が早すぎる」
「天才、か」
「可能性は高い」
「感情出力が高い個体もいるな」
「怒りで跳ね上がる」
「制御されているが、危険」
全員が、同じ結論に至る。
「……集団として完成しつつある」
その瞬間。
“敵”という言葉が、
誰の口にも出なかったにもかかわらず、
そこにあった。
「名を付けるか」
誰かが言う。
名は、区切りだ。
曖昧な存在を、枠に押し込める行為。
「……まだ早い」
男は首を振る。
「だが」
別の者。
「呼称がないと、不便だ」
短い沈黙。
「仮でいい」
男が言う。
「記号だ」
資料の端に、
小さく入力される。
――Noise
「……騒音」
誰かが呟く。
「秩序を乱す」
別の声。
「だが、まだ」
男は言った。
「音でしかない」
視線が、遺跡の方向を向く。
「踏み込めば」
「いずれ、形になる」
会議は、淡々と終わった。
だが。
この瞬間。
ノイズは、
世界の裏側で“認識された”。
それは、
戦争よりも静かで、
宣戦布告よりも重い出来事だった。




