第63話
声が消えた夜
夜は、あっけないほど静かだった。
遺跡から十分に距離を取った場所。
森の縁に近い、少し開けた地形。
焚き火が、控えめに揺れている。
誰も、すぐには喋らなかった。
さっきまでの地鳴り。
追撃。
殺意。
それらが、嘘のように消えている。
「……生きてるな」
カイが、ぽつりと言った。
「全員な」
フェリス。
「欠損なし」
ユウ。
「……奇跡的」
レナ。
その言葉に、誰も反論しなかった。
奇跡だった。
理屈じゃない。
エッグは、焚き火の少し外に座っていた。
膝を抱え、
俯いている。
泣いてはいない。
だが、壊れそうなのが分かる。
俺は、少しだけ距離を詰めた。
「……無理に喋らなくていい」
低く言う。
「……分かってる」
エッグは答えた。
声が、かすれている。
だが。
「……でも」
少し間を置いてから。
「……喋らないと、駄目だ」
焚き火が、ぱちりと鳴った。
「……声」
エッグ。
「……ちゃんと、聞こえた」
誰も遮らない。
「……生きてた」
「……俺のこと、覚えてた」
拳が、震える。
「……それだけで」
「……よかったはずなんだ」
声が、歪む。
「……なのに」
「……あんな顔で」
「……“来るな”なんて」
そこまで言って。
声が、途切れた。
肩が、小さく震え始める。
「……くそ」
エッグは、歯を食いしばった。
「……なんで」
「……俺だけ、外にいて」
言葉が、崩れる。
「……置いてきた」
「……俺が、置いてきた」
その瞬間。
「違う」
フェリスが、はっきり言った。
エッグが、顔を上げる。
「……違う」
フェリスは、繰り返した。
「置いたのは、あの遺跡だ」
「……でも」
エッグ。
「選んだのは、向こうだ」
フェリス。
「お前じゃない」
エッグは、唇を噛んだ。
「……それでも」
「……俺が、助けられたかもしれない」
「“かもしれない”で」
レナが言う。
「人は、何度でも自分を壊せる」
エッグは、何も言えなかった。
カイが、焚き火の反対側から言う。
「なあ」
軽い口調。
だが、冗談じゃない。
「お前さ」
「……一人で行ったら、どうなってたと思う?」
エッグは、答えない。
「多分」
カイ。
「入口で死んでる」
エッグが、息を呑む。
「……でも」
カイは続ける。
「今は、生きてる」
「……それは」
エッグ。
「それはな」
カイ。
「選ばれたんじゃねえ」
「一緒にいたからだ」
その言葉が、
エッグの胸に、ゆっくり落ちていく。
俺は、剣を地面に置いた。
「……次」
俺が言う。
「どうする?」
フェリスが、即座に答えた。
「戻らない」
「今は」
「……」
エッグ。
「準備が要る」
フェリス。
「知識も」
「対策も」
アリスが、焚き火を見つめながら言った。
「……遺跡は」
「完成を急いでいる」
「どうして分かる?」
俺。
「……あなたたちが」
アリス。
「“関係者”だから」
エッグが、ゆっくり頷いた。
「……俺」
声はまだ震えている。
「……逃げない」
「分かってる」
俺。
「……でも」
エッグ。
「……今度は」
「……ちゃんと、助ける」
そこで。
涙が、落ちた。
一滴。
次に、もう一滴。
声は上げない。
嗚咽もない。
ただ、
止められないものが、静かに溢れる。
誰も、止めなかった。
誰も、慰めなかった。
それでいい。
しばらくして。
「……すまん」
エッグが、鼻を擦る。
「……見苦しいな」
「普通」
ユウ。
「人間」
レナ。
「仲間」
カイ。
短い言葉が、
確かに届く。
フェリスが、焚き火を見ながら言った。
「……今日の撤退は、敗北ではない」
「じゃあ何だ」
カイ。
「確認だ」
フェリス。
「敵の正体と」
「自分たちの立ち位置の」
俺は、焚き火を見つめた。
「……次は」
「多分、優しくない」
「今も十分優しくない」
カイ。
「比べ物にならない」
フェリス。
沈黙。
だが、不思議と重くない。
エッグは、顔を上げた。
目は赤い。
だが、曇っていない。
「……ありがとう」
はっきり言った。
「……一緒に来てくれて」
「当たり前」
カイ。
「隊の判断」
フェリス。
「通り道」
アリス。
「……仲間」
俺。
エッグは、笑った。
弱く。
でも、確かに。
遺跡は、まだそこにある。
声も、消えていない。
だから――
終わりじゃない。
ただ、今夜は。
声が消えた分だけ、
静かな夜だった。




