第59話
管理する者たち
本拠層への通路は、明確に“造り”が違っていた。
石の質が変わったわけじゃない。
だが、整いすぎている。
「……掃除されてる?」
カイが小声で言う。
「違う」
レナ。
「維持されている」
埃がない。
崩落もない。
血痕すら、きれいに処理されている。
「研究施設だな」
俺は低く言った。
「えげつない研究施設」
カイ。
エッグは、無言だった。
歩幅は一定。
だが、視線が定まっていない。
さっき聞いた“声”が、
まだ耳の奥に残っている。
通路の先が、開けた。
広間。
第一層のそれとは比べ物にならないほど広い。
天井は高く、
中央には巨大な魔力装置。
水晶でも、魔法陣でもない。
脈打つ“核”のようなもの。
「……これ」
レナが息を呑む。
「制御装置……?」
「制御“中枢”だ」
アリス。
「周囲全部が、これに繋がっている」
そして。
「――侵入者か」
声が、はっきりと響いた。
奥から、数人の人影が現れる。
装備は揃っている。
遺跡入口の連中よりも、さらに統一感がある。
そして、中央。
一人だけ、白衣に近い服装の男。
剣も持たず、
杖も持たず、
だが――立ち姿が、異様に落ち着いている。
「……ようこそ」
男は言った。
「ここまで辿り着くとは、予想以上だ」
「管理者か」
フェリス。
「管理者“の一人”だ」
男は微笑んだ。
「私は、ここでの観測と調整を任されている」
「観測?」
カイ。
「調整?」
レナ。
男は、エッグを見た。
「……やはり」
小さく頷く。
「“反応個体”が来たか」
空気が、一気に張り詰める。
「……何だ」
エッグが、声を絞り出す。
「安心しなさい」
男は穏やかに言った。
「君が最初ではない」
「……は?」
カイ。
「ここには、目的がある」
男は続ける。
「人の可能性を、次へ進めるための」
「可能性?」
俺。
「そう」
男は、装置を指した。
「人は脆い」
「だが、世界は脆くない」
嫌な言い方だった。
「……実験場か」
レナ。
「研究場だ」
男は即答する。
「違いは重要だよ」
フェリスが、一歩前に出る。
「人を使っている」
「使っている?」
男は首を傾げた。
「選んでいる、と言ってほしい」
「選ばれた人間は?」
フェリス。
「適合すれば、生き延びる」
男。
「適合しなければ――別の役割を果たす」
その言葉で、
全員が理解した。
ここで生まれた“魔獣”や“歪んだ存在”が、
何なのか。
だが、まだ核心は言われていない。
「……声を聞いた」
エッグが、低く言った。
「……まだ、人だった」
男は、少しだけ表情を変えた。
「……ああ」
「君の仲間だろう」
エッグの瞳が、揺れる。
「……生きてるんだな」
「生きている」
男は認めた。
「“現在進行形”でね」
その言い方が、致命的だった。
「……返せ」
エッグが言う。
「返す?」
男は困ったように笑った。
「彼は、もう“工程の途中”だ」
「工程……?」
カイ。
「君たちは」
男は言葉を選ぶように言った。
「パンが焼かれる途中で」
「生地を返せと言うか?」
その瞬間。
空気が、変わった。
レナの魔力が、明確に膨れ上がる。
「……その喩え」
レナ。
「不快」
「感情論だ」
男は即座に返す。
「我々は、未来を――」
「未来を語る前に」
俺は、声を低くした。
「今、何人壊した?」
男は、少し考えてから答えた。
「正確な数は――」
「重要ではない」
その一言で。
何かが、確実に折れた。
フェリスの表情は、まだ変わらない。
だが、視線が冷え切っている。
アリスは、装置を見つめていた。
「……成功例は?」
淡々と。
「……まだだ」
男は答える。
「だが、近い」
アリスは、静かに言った。
「……あなたたちは」
「“失敗”を積み上げているだけ」
男は、初めて不快そうな顔をした。
「……君は、観測者か?」
「違う」
アリス。
「通行人」
エッグは、震える声で言った。
「……あいつ」
「……助かる可能性は?」
男は、はっきり言った。
「限りなく低い」
その瞬間。
カイが、一歩前に出た。
「……なあ」
笑っている。
だが、目は笑っていない。
「今まで我慢してたんだけどさ」
レナが、気づいた。
(……まずい)
「お前」
カイは、男を指差した。
「人を“材料”って言ったな?」
男は、答えなかった。
その沈黙が――
最後の引き金だった。
フェリスが叫ぶ前に。
誰かが止める前に。
カイの魔力が、爆発した。




