第58話
声は、まだ人だった
遺跡の中は、進むほどに“質”が変わっていった。
第一層と呼ぶには、あまりに曖昧な場所。
だが、はっきりしていることが一つある。
「……空気が違う」
カイが、小声で言った。
「湿度」
レナ。
「それと、魔力濃度」
壁は同じ石造りのはずなのに、
表面がどこか生々しい。
苔ではない。
水でもない。
“染み込んだ”感触。
「触るな」
フェリス。
誰も触らなかった。
ユウが先頭を歩き、一定の距離ごとに立ち止まる。
罠はない。
だが、罠がないこと自体が不自然だった。
「……ここ」
俺は低く言う。
「守る気がない」
「違う」
アリスが即座に否定する。
「“選別している”」
エッグの背中が、ぴくりと揺れた。
「……選別?」
「入れる者と」
アリス。
「入れない者」
「……じゃあ」
カイが言う。
「俺らは?」
「……入れている」
アリス。
「全然嬉しくねえ!」
通路は、次第に細くなった。
天井が低くなり、
音が反響するようになる。
足音が、妙に大きい。
「……なあ」
カイが、また小声で言う。
「これさ」
「何だ」
フェリス。
「一本道すぎない?」
「逃げ道なくない?」
「ある」
レナ。
「戻る道だけ」
「それ逃げ道って言う?」
カイ。
「言わない」
レナ。
エッグは、黙って歩いていた。
だが、呼吸が変わっている。
一定だったリズムが、少しずつ乱れている。
「……エッグ」
俺は、隣に寄って声を落とす。
「無理なら言え」
「……無理じゃない」
エッグは、かすれた声で言った。
「……ただ」
「ただ?」
「……近い」
その言葉の直後だった。
音がした。
正確には――声。
「……――」
はっきりしない。
反響で歪んでいる。
だが、間違いない。
「……人の声だ」
レナ。
「複数?」
フェリス。
「……一人」
ユウ。
「遠い」
エッグが、立ち止まった。
「……おい」
声が、震えている。
「……今の」
「……今の声」
誰も、否定しなかった。
通路の奥から、再び声が響く。
「……だれ……だ……」
意味のある言葉。
しかし、発音が歪んでいる。
エッグは、一歩前に出た。
「……俺だ」
小さな声。
「……エッグだ」
全員が、息を止めた。
返事は、すぐには来なかった。
数秒。
いや、数十秒。
時間の感覚が、狂う。
「……エ……」
声が、再び響く。
「……エッグ……?」
確実に、名前を呼んだ。
エッグの喉が、鳴った。
「……ああ」
「……俺だ」
返ってきた声は、
笑っているようにも、泣いているようにも聞こえた。
「……よか……った……」
「……生き……て……」
カイが、歯を食いしばる。
「……くそ」
小さく。
「……どこだ」
エッグが言う。
「……迎えに来た」
沈黙。
そして。
「……来る……な……」
その一言で、空気が凍った。
「……何?」
エッグ。
「……こ……こ……は……」
「……だめ……だ……」
声が、苦しそうになる。
「……変……だ……」
「……俺……俺……」
言葉が、崩れていく。
「……おい!」
エッグが叫ぶ。
「……何が起きてる!」
返事は、なかった。
代わりに――
低い音。
重たい、何かが動く音。
「……来る」
ユウ。
「違う」
アリス。
「……“見られている”」
その瞬間。
通路の壁に、光の線が走った。
模様。
いや、刻印。
「……術式!?」
レナ。
「管理者だ」
フェリス。
エッグは、振り返った。
「……あいつ」
「……あいつ、まだ……」
言葉が、続かない。
俺は、エッグの肩に手を置いた。
「……聞いたな」
「……ああ」
エッグは、歯を食いしばる。
「……声は、人だった」
それが、何より残酷だった。
人であることを、
まだ失っていない。
――いや。
失いきれていない。
通路の先で、
何かが起動する音がした。
歯車。
魔力の循環。
「……ここから先」
フェリスが言う。
「本拠層だ」
アリスが、静かに続ける。
「……管理者がいる」
「そして」
「“失敗作”ではない存在も」
エッグが、拳を握る。
「……行く」
「……行かないと、終われない」
フェリスは、短く頷いた。
「……進む」
声は、もう聞こえない。
だが、確かに残った。
人だった証拠として。
そして、全員が理解している。
次に進めば、
もう“確認”では済まない。
選ばれる側ではなく、壊す側になる。
それでも――
ノイズは、足を止めなかった。




