第56話
門は、既に開いていた
遺跡は、夜の闇の中で光っていた。
灯りではない。
炎でもない。
生き物の鼓動に似た、淡い脈動。
「……気持ち悪い」
カイが、正直に言った。
「同意」
レナ。
「視界に入るだけで、魔力がざわつく」
「だが」
フェリスは短く言う。
「止まらない」
遺跡は、もう目覚めている。
こちらが動かなくても、向こうは進行する。
ユウが前に出る。
「入口」
「開いている」
「開いた?」
俺。
「いや」
ユウ。
「“開かされた”」
その言い方に、嫌なものを感じた。
入口は、本来なら瓦礫で塞がれているはずだった。
だが今は、明らかに人の手でどかされた痕跡がある。
「管理者勢力」
レナ。
「間違いない」
フェリス。
その瞬間。
「――止まれ」
低い声が、遺跡の影から響いた。
現れたのは、五人。
昼間に見た冒険者たちとは違う。
装備が揃っている。
統一された軽鎧。
動きが“軍”に近い。
「……あ」
カイが小さく声を出す。
「ガチだ」
中央に立つ男が、一歩前に出た。
「ここから先は、立入禁止だ」
「遺跡は、我々が管理している」
「理由は?」
フェリス。
「理由は不要だ」
男は淡々と答える。
「従え」
エッグが、息を呑んだ。
男の視線が、まっすぐエッグに向く。
「……やはり、来たか」
男が言った。
空気が、張り詰める。
「何の話だ」
俺が前に出る。
「関係者だ」
男は言った。
「この遺跡に“触れた”人間だ」
フェリスが、剣に手をかける。
「説明を」
「する義務はない」
その一言で、決まった。
「――突入する」
フェリス。
次の瞬間。
ユウが消えた。
影のように前に出て、
管理者側の一人の足元を払う。
「っ!?」
同時に、レナが詠唱を切る。
「――〈拘束〉」
地面から伸びる魔力の糸が、二人を絡め取る。
「今だ!」
フェリス。
俺は、剣を抜いた。
鍛冶屋の剣。
癖はある。
だが、もう迷わない。
最初の一撃は、正面の男。
斬る、というより――流す。
剣と剣がぶつかる。
「……ほう」
男が低く笑う。
「いい剣だ」
「剣じゃない」
俺は言う。
「使い手だ」
踏み込む。
間合いを詰め、
体ごとぶつける。
男が後退する。
「隊長!」
管理者の一人が叫ぶ。
「構うな!」
男。
「遺跡を守れ!」
その言葉に、違和感が走る。
(守る?)
侵入者を排除するなら分かる。
だが、“守る”という言い方は――
考える暇はなかった。
「――来るぞ!!」
カイが叫ぶ。
遺跡の入口から、魔獣が這い出してきた。
オオカミ型。
だが、明らかにおかしい。
骨格が歪んでいる。
皮膚が不自然に硬い。
そして――目。
人間の感情を残したような目。
エッグが、息を止めた。
「……っ」
「エッグ!」
俺が叫ぶ。
「……平気だ」
エッグ。
「……似てるだけだ」
本当かどうかは、分からない。
「数は三!」
ユウ。
「前衛対応!」
フェリス。
俺は、一気に踏み込む。
動きは、洗練されている。
知識じゃない。
反射でもない。
戦闘の天才としての動き。
一体目の首を落とす。
だが、血の出方がおかしい。
「……魔力反応が残ってる」
レナ。
「生きてないのに、動いてる」
カイ。
「……違う」
アリスが、静かに言う。
「“生かされている”」
二体目が、エッグに飛びかかる。
「ッ!」
エッグは避けきれない。
俺が、割り込む。
剣で受ける。
衝撃。
「……重い!」
だが、斬れる。
斬れるが――躊躇う。
ほんの一瞬。
その隙を、ユウが埋めた。
背後から、急所を突く。
魔獣が崩れ落ちる。
最後の一体は、管理者側の方を向いた。
「……?」
男が、目を見開く。
魔獣は、管理者に向かって吠えた。
意味のない咆哮ではない。
拒絶に近い感情。
「……制御が甘い」
男が、舌打ちした。
その一言で、確信した。
(こいつら)
(分かってやってる)
フェリスが、男に剣を向ける。
「これ以上は許容しない」
「……そうか」
男は、少しだけ疲れた顔をした。
「だが、もう遅い」
遺跡の奥で――
さらに大きな魔力反応が、立ち上がる。
地面が、震える。
「……起きた」
エッグが、震える声で言った。
「“あいつ”が……!」
男は、撤退の合図を出した。
「引くぞ!」
「入口はもう――」
言葉の途中で、
遺跡の扉が完全に開いた。
闇の奥から、
何かが、こちらを見ている。
形は、まだ分からない。
だが――
“人の名残”だけは、はっきりと感じた。
フェリスが、短く言う。
「……進む」
もう、引き返せない。
ノイズは、遺跡へ踏み込んだ。




