第54話
遺跡は、殴ってこなかった
異変は、遺跡から来なかった。
それが一番、厄介だった。
引き返す判断は正しかった。
フェリスの決断に、誰も異論はなかった。
遺跡を背にして、森を抜け、
視界の開けた丘を下る。
「……なんか」
カイが歩きながら言う。
「嫌な静かさだな」
「遺跡から離れている」
レナ。
「当然」
「いや、そうじゃなくて」
カイは首を振る。
「“遺跡以外”が静かすぎる」
俺も、同じことを感じていた。
鳥の声がない。
虫の音も、ほとんどしない。
森が、息を潜めている。
「……止まれ」
ユウが低く言った。
全員、即座に止まる。
ユウはしゃがみ込み、地面を指でなぞる。
「……足跡」
「多い」
「どれくらい?」
フェリス。
「十……いや」
ユウは少し考える。
「十五以上」
「多すぎだな」
俺。
「遺跡の連中?」
カイ。
「違う」
ユウ。
「向きが逆」
逆。
つまり――
俺たちに向かってきている。
「……囲まれてる?」
エッグが小さく言った。
「可能性は高い」
レナ。
フェリスは、即座に指示を出す。
「散開しない」
「ここで迎撃」
「迎撃って……」
エッグ。
「逃げ道を潰される前に」
フェリス。
言葉が終わる前に。
「――いたぞ!」
声が、正面から飛んできた。
人影が、木立の向こうから現れる。
装備は揃っていない。
だが、数が多い。
「……盗賊?」
カイ。
「半分」
レナ。
「もう半分は、素人」
寄せ集めだ。
だが、明確な敵意がある。
「お前ら!」
男が叫ぶ。
「ここで何してた!」
「通行人だ」
フェリス。
「嘘つけ!」
別の男。
「遺跡の方から来ただろ!」
「……見られてたな」
俺。
「当然」
レナ。
男たちが、じりじりと距離を詰める。
「遺跡に近づく奴は、全員怪しい」
「余計なことをされる前に――」
「止めろ」
低い声が、後方から響いた。
男たちが、はっと振り返る。
そこに立っていたのは――
武装した数人。
さっき遺跡で遭遇した、あの冒険者たちだった。
「……あ?」
カイが声を漏らす。
「何の真似だ」
先ほどのリーダー格の男が、盗賊側を睨む。
「勝手に動くな」
「ここは、俺たちが“管理”している」
「管理!?」
盗賊の一人が叫ぶ。
「ふざけんな!」
「ふざけてない」
男は冷静だった。
「遺跡に手を出すな」
「それだけだ」
空気が、一気に張り詰める。
……つまり。
(俺たち)
(盗賊)
(遺跡の冒険者)
三つ巴だ。
「面倒くさっ」
カイが本音を漏らす。
「同意」
ユウ。
フェリスは、一歩前に出た。
「我々は撤退中だ」
「これ以上の接触は望まない」
「分かってる」
冒険者の男は頷いた。
「だから、通してやる」
「条件は?」
フェリス。
「――そいつを置いていけ」
男の視線が、エッグに向いた。
空気が、凍る。
「……は?」
カイ。
「冗談だろ」
俺。
男は、表情を変えない。
「そいつ」
「遺跡に“縁”がある」
エッグの顔色が、はっきりと変わった。
「……」
言葉が出ない。
「詳しい話は知らん」
男は続ける。
「だが、遺跡に近づいた時の反応」
「妙だった」
……見られていた。
「置いていけば」
男。
「お前たちは見逃す」
盗賊たちが、ざわつく。
「なんだよそれ!」
「じゃあ俺らはどうなる!」
「知らん」
男。
「邪魔なら、排除する」
フェリスは、即答した。
「拒否する」
「……即答だな」
男は苦笑する。
「理由は?」
「仲間だ」
フェリス。
それだけ。
エッグが、息を呑む。
「……フェリス」
エッグが小さく言う。
「黙っていろ」
フェリス。
「でも――」
「黙れ」
フェリス。
「判断は私がする」
その言葉に、エッグは口を閉じた。
冒険者の男は、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
「なら、力ずくになる」
「ならない」
レナ。
「なに?」
男。
「ここで戦えば」
レナは淡々と続ける。
「遺跡に“音”が届く」
一瞬、男の顔色が変わった。
「……それは」
「避けたい」
アリスが静かに言う。
「あなたたちも」
男は、舌打ちした。
「……今日は引く」
「だが、覚えておけ」
冒険者たちは、後退する。
盗賊たちは、状況が分からず立ち尽くしている。
「……お前らもだ」
男が盗賊に言い放つ。
「消えろ」
盗賊たちは、渋々散っていった。
⸻
静寂。
誰も、すぐには動かなかった。
「……生き延びたな」
カイが言う。
「偶然だ」
レナ。
「戦ってたら、面倒だった」
ユウ。
フェリスは、エッグを見る。
「……話せ」
エッグは、しばらく黙っていた。
拳を握り、
歯を食いしばり、
それでも――逃げなかった。
「……俺」
エッグは、低い声で言った。
全員が、耳を澄ます。
「俺が探してる“仲間”」
エッグ。
「……あの遺跡に、いる」
空気が、完全に止まった。
「確定か?」
俺が聞く。
「……確定だ」
エッグは、はっきり言った。
そして、最後に――
決定的な一言を落とす。
「しかも」
エッグは、震える声で続けた。
「――あいつ」
「もう、普通の人間じゃない」
焚き火もない場所で、
背筋が、ぞくりと冷えた。
遺跡は、殴ってこなかった。
だが。
殴られる理由は、はっきりした。




