第53話
先にいたのは、想定外だった
遺跡は、思ったより近かった。
地図上では半日。
実際には、慎重に進んだ分だけ時間がかかったが、それでも夕方前には“それ”が視界に入った。
「……あれか」
カイが、ぽつりと言う。
森の切れ目。
低い丘の向こうに、石造りの構造物が顔を出している。
崩れている。
だが、完全には潰れていない。
古い遺跡だ。
壁の一部が露出し、柱が二本、斜めに立っている。
入口らしき場所は半分埋もれているが、人が通れないほどではない。
「近づくな」
フェリスが即座に言った。
「今日は確認だけだ」
「……分かってる」
エッグが答える。
声は落ち着いている。
それだけで、少しだけ空気が和らいだ。
ユウが前に出て、地面を確認する。
「……足跡」
「複数」
「新しい」
「何人?」
俺が聞く。
「三……いや、四」
ユウ。
「重さが違う」
「冒険者だな」
レナ。
「確定?」
カイ。
「可能性が高い」
レナ。
アリスは、遺跡そのものを見ていた。
人ではなく、構造を。
「……妙ね」
小さく呟く。
「何が?」
俺が聞く。
「人が出入りしている割に」
「周囲の警戒が薄い」
フェリスが頷く。
「同意」
「“隠す気がない”か、“隠す必要がない”」
「どっちも嫌だな」
カイ。
俺もそう思う。
隠す気がない=強気。
隠す必要がない=罠か、余裕。
どちらにせよ、ろくな話じゃない。
⸻
慎重に距離を詰める。
遺跡の入口付近で、人影が動いた。
「……いるな」
俺が低く言う。
四人。
装備は揃っている。
だが、統一感がない。
冒険者だ。
それも――そこそこのランク。
「Cか、B」
レナが即座に判断する。
「うわ」
カイが小さく声を出す。
「普通に強いじゃん」
「普通ではない」
ユウ。
「動きが雑」
「油断してる?」
俺。
「慣れている」
ユウ。
「遺跡に」
エッグが、喉を鳴らした。
「……あいつら」
「見たこと、ない」
それは、良い情報でもあり、悪い情報でもある。
「気づかれるな」
フェリス。
だが。
「――おい」
あっさり、見つかった。
「そこの木陰」
「覗いてるの、分かってるぞ」
……やっぱりな。
フェリスは、即座に判断した。
「出る」
隠れたままより、
中途半端な警戒状態の方が危険だ。
俺たちは、ゆっくりと姿を現した。
相手の四人が、こちらを見る。
「……なんだ?」
「増援か?」
リーダーらしき男が、一歩前に出た。
短剣と片手剣の二刀。
軽装だが、無駄がない。
「通りすがりだ」
フェリスが言う。
「遺跡に興味はない」
「へえ?」
男は笑った。
「じゃあ、何しに来た?」
「確認だ」
フェリス。
「近づくつもりはない」
男は、仲間たちと視線を交わす。
「……まあ」
「嘘はついてなさそうだな」
その視線が、エッグに止まった。
「ん?」
「……お前」
エッグの肩が、わずかに揺れた。
「どこかで見た気がする」
エッグは、何も言わない。
だが、目を逸らさなかった。
「……気のせいだ」
男は肩をすくめた。
「で?」
「ここで引くなら、問題ない」
「引く」
フェリスは即答した。
「賢い」
男は笑った。
「じゃあな」
その瞬間。
「――待て」
別の男が声を上げた。
「こいつら」
「変だぞ」
空気が、変わる。
「人数が合わない」
男は言った。
「装備の割に、統制が取れすぎてる」
「……それ、褒め言葉?」
カイが小声で言う。
「黙れ」
レナ。
男は、俺を見る。
「お前」
「前に出てないのに、立ち位置が戦闘員だ」
俺は、何も言わない。
アリスが、一歩だけ位置を変えた。
目立たない。
だが、逃げ道を塞ぐ位置。
「……」
男の視線が、一瞬だけアリスに向いた。
そして、眉をひそめる。
「……お前」
「冒険者じゃないな」
「違う」
アリスは即答した。
「今は」
男が、口の端を上げる。
「……面白い」
フェリスが、間に入る。
「これ以上の接触は望まない」
「そう言うと思った」
男。
「だがな」
彼は、遺跡を親指で指した。
「ここ」
「昨日から、中で動きがある」
全員の意識が、一瞬遺跡に向く。
「魔獣じゃない」
男。
「人だ」
エッグの呼吸が、僅かに乱れた。
「……」
俺は、それを見逃さなかった。
「目的は?」
フェリスが聞く。
「分からん」
男は肩をすくめる。
「だから、今は様子見だ」
沈黙。
情報は、欲しい。
だが、深入りは危険だ。
「……忠告だ」
男は続ける。
「ここは、ただの遺跡じゃない」
「どういう意味?」
カイ。
「意味深なだけだ」
男は笑った。
「それじゃ」
四人は、遺跡の反対側へと移動していった。
足音が消える。
⸻
「……」
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……あれ」
カイが言う。
「普通に嫌なやつらじゃね?」
「普通に強い」
レナ。
「そして」
ユウ。
「普通に危険」
フェリスは、遺跡を見つめたまま言った。
「今日は、入らない」
「決定だ」
エッグは、何も言わなかった。
だが、拳は強く握られている。
アリスが、静かに言った。
「……中にいる“人”」
「あなたの探している相手と」
「無関係とは言い切れない」
エッグは、ゆっくりと頷いた。
「……分かってる」
俺は、エッグを見る。
「なあ」
声を落として言う。
「焦るな」
「……分かってる」
エッグは答えた。
「でも――」
「でも、だな」
俺は遮った。
「それでも、今は入らない」
エッグは、少しだけ苦しそうに笑った。
「……ああ」
フェリスが振り返る。
「戻る」
「準備を整える」
誰も反対しない。
だが、全員が分かっている。
これは、もう避けられない。
遺跡には、人がいる。
そして、その人間は――
エッグの過去に、繋がっている可能性が高い。
ノイズは、まだ踏み込まない。
だが。
踏み込む日が、近いことだけは――
全員が理解していた。




