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異端(仮)  作者: vastum
アリス編
70/103

第50話

逃げない、と決めた日


 朝は、やけに静かだった。


 街の朝特有のざわめきはあるのに、

 焚き火の周りだけが、少し落ち着いている。


「……珍しいな」

 カイが欠伸をしながら言った。

「今日は誰も騒いでねえ」


「それ、後で回収されるやつだ」

 俺は言う。


「やめろって!!」


 フェリスは朝の支度を終え、短く言った。


「一時間後に出発」

「北街道を使う」


「了解」

 ユウ。


 アリスは、地図を一度見ただけで視線を外した。

 必要な情報は、もう頭に入っている顔だ。


 ――その時。


「……あのさ」


 エッグが、珍しく小さな声を出した。


 全員が、同時にそちらを見る。


「なに」

 レナ。


「……いや」

 エッグは一瞬、言葉に詰まった。

「あとで、話したいことがある」


 沈黙。


 重くはない。

 でも、軽くもない。


「今?」

 フェリスが聞く。


「今じゃない」

 エッグは首を振った。

「……ちゃんと、場を選びたい」


 カイが目を丸くする。


「お前が“場を選ぶ”とか言う日が来るとは」


「俺だって考えるんだぞ!」


「えらいえらい」

 カイは笑った。


 フェリスは、それ以上追及しなかった。


「分かった」

「だが、行動は変えない」


「……はい」


 それだけで、話は終わった。


 誰も詮索しない。

 誰も茶化さない。


 ノイズは、そういう時は妙に大人だ。



 街を出て、しばらく進んだ頃。


 北街道は、視界が開けている。

 だが、その分――逃げ場は少ない。


「……来るな」

 ユウが言った。


 前方。

 道を塞ぐように、三人組が立っている。


 装備は雑多。

 だが、視線が慣れている。


「通行料だ」

 中央の男が言った。

「この道は、今“俺たちの”もんでな」


「……出た」

 カイが小さく言う。

「街出てすぐの名物」


「無視」

 フェリス。


 だが、男たちは動かない。


「無視は困るなあ」

「命か金か、どっちか置いていけ」


 その瞬間。


「……俺が話す」


 エッグが、一歩前に出た。


 全員が、息を飲む。


「エッグ」

 俺が言う。


「大丈夫だ」

 エッグは振り返らずに言った。

「……逃げないって、決めたから」


 男たちが、鼻で笑う。


「なんだ? ガキが一人で出てきて」


「通行料の話なら――」

 エッグは、ゆっくり息を吸った。

「払えない」


「は?」

「正直だな」


「でも」

 エッグは続ける。

「通る」


 一瞬、静まり返る。


「……舐めてんのか?」

 男の一人が剣に手をかけた。


 エッグは、逃げなかった。


 震えている。

 でも、下がらない。


「俺は弱い」

 エッグは言った。

「ランクEだ」


 男たちが笑う。


「分かってるじゃねえか」


「でも」

 エッグは、拳を握る。

「後ろにいる人たちは、強い」


 男たちの視線が、俺たちに向く。


 フェリスは動かない。

 俺も。

 カイも、ユウも、レナも。


 アリスは、ただ見ている。


「俺は」

 エッグは続けた。

「この人たちに、嘘をついてる」


 空気が、変わった。


「だから」

 エッグは、はっきりと言った。

「ここで逃げたら――」

「俺は、一生ダメだ」


 男たちは、一瞬だけ黙った。


 それから、舌打ち。


「……めんどくせえ」

「強そうなのもいるしな」


 男たちは、道を空けた。


「今日は引く」

「だが覚えとけ」


 去っていく背中。


 静寂。



「……」

 エッグは、その場に座り込んだ。


「足、震えてる」

 カイが言う。


「見ないでくれ!!」


 俺は、エッグの肩を叩いた。


「よくやった」


「……ありがとう」

 エッグは、深く息を吐いた。


 フェリスが言う。


「話があると言ったな」


 エッグは、ゆっくり立ち上がった。


「……ある」

 そして、覚悟を決めた顔で言う。

「ちゃんと、全部じゃないけど」

「言う」


 アリスが、目を細めた。


 風が吹く。


 北街道の先は、まだ長い。


 でも。


 逃げないと決めた人間の背中は、

 少しだけ――強く見えた。


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