第46話
だいたい面倒ごとは、選ばせてくれない
森の朝は静かだった。
湿った土の匂いと、木の葉を踏む音。
昨日の街道宿を出てから、特に変わったことはない。
「……静かだな」
カイが言った。
「何も言うな」
レナが即座に返す。
「え、俺、今のもダメなの?」
「ダメ」
レナ。
「厳しすぎない!?」
フェリスは何も言わず、先頭を歩いている。
ユウは周囲を警戒。
アリスは、少し離れた位置を保ったまま黙っている。
俺は――嫌な予感がしていた。
理由はない。
ただ、こういう日はだいたいろくなことが起きない。
「……止まれ」
ユウが低く言った。
全員、即座に足を止める。
次の瞬間。
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
森の奥から、必死な悲鳴が響いた。
カイが空を仰ぐ。
「……ほらな」
「言うな」
俺は言い返す。
フェリスは即断した。
「行く」
走る。
音の方へ。
⸻
木立を抜けた先で、見覚えのある背中が転がっていた。
「――うわっ!」
男が地面に転び、必死に盾を構えている。
相手は魔獣。中型が二体。
「……あいつ」
俺は思わず声を出した。
「昨日のEランク!」
カイが叫ぶ。
「エッグだ!」
本人が叫び返す。
「また会えたな!」
「会いたくなかった!」
状況は悪くないが、放置できるほど良くもない。
「配置につけ」
フェリスの声が通る。
ノイズが一瞬で散開する。
魔獣の一体が俺に飛びかかってくる。
速い。
でも、読みやすい。
俺は半歩踏み込み、剣を斜めに当てる。
斬らない。
流す。
魔獣の体勢が崩れる。
「今!」
レナ。
氷が地面を走り、足を取る。
ユウが影のように入り、腱を切る。
もう一体がエッグに迫る。
「ちょっ、こっち来るな!!」
「動くな」
フェリス。
カイが割って入る。
「相手するのは俺だ!」
「こい、犬っころ!」
魔獣が吠え、突進する。
だが、途中で軌道が乱れる。
「やっぱ来るなあああ!!」
カイが叫びながら逃げる。
「自覚はあるのね」
レナ。
俺は残った一体に距離を詰める。
剣を逆手に持ち、柄で顎を打つ。
意識が飛ぶ。
フェリスがもう一体を制圧する。
無駄のない動き。
――終わった。
⸻
「……生きてる……」
エッグが地面に座り込む。
「だから言っただろ」
俺は言う。
「死ぬって」
「本当に死ぬと思わないじゃん……!」
「思え」
レナ。
カイが腰に手を当てる。
「なあ」
「お前、なんでこんなとこにいた?」
「近道かなって……」
エッグが言う。
「ランクEが?」
カイ。
「ランクEでも歩く権利はあるだろ!」
「あるけど、場所を選べ」
俺。
エッグは苦笑いした。
「……助かった」
「マジで」
「礼はいらない」
フェリス。
「でも……」
エッグは言い淀む。
「この先、一人で行くのはちょっと……」
誰も即答しなかった。
沈黙。
重くはない。
だが、無視もしづらい。
アリスが、静かに言った。
「あなた、焦ってるわね」
エッグが一瞬、言葉に詰まる。
「……まあな」
「理由は?」
アリス。
「言えない」
エッグ。
カイが肩をすくめる。
「じゃあ聞かない」
「めんどくさいし」
「即切り捨て!?」
エッグ。
「でも」
俺が続ける。
「死にそうなのは見過ごせない」
フェリスが頷く。
「勝手な行動は許可しない」
「指示に従え」
「……はい!」
エッグは勢いよく頷いた。
ユウがぽつり。
「……声がでかい」
「すみません!」
こうして。
特に宣言もなく、
特別な約束もなく、
ただ成り行きで――
エッグは、俺たちの後ろを歩き始めた。
それだけだ。
誰も「一緒に行く」とは言っていない。
誰も「来るな」とも言っていない。
気づけば、そこにいる。
それだけ。
森を抜け、街道に戻る。
「なあ」
カイが小声で言う。
「……なんか増えてない?」
「気のせいだ」
レナ。
「気のせいだな」
俺。
エッグは、後ろで元気よく手を振っていた。
「よろしくな!」
……本当に、面倒ごとは選ばせてくれない。




