第45話
情報は集まらず、癖だけ集まる
街道宿は、思ったより賑やかだった。
賑やか、というより――
人が多い。
旅人、行商人、冒険者、護衛。
立地がいいのだろう。情報が集まる場所には、人も集まる。
「……嫌な予感がする」
カイが入るなり言った。
「それはいつものことだ」
俺は返す。
「いや、今回は質が違う」
カイは真顔だった。
「“変なのがいる”空気だ」
「お前が言うと説得力があるな」
俺が言うと、
「褒めてないだろ」
レナが即座に突っ込む。
フェリスは周囲を一瞥してから、短く指示を出した。
「散開」
「情報収集」
「無理はしない」
「了解」
ユウ。
「了解でーす」
カイ。
アリスは、何も言わずにカウンターの端に腰を下ろした。
相変わらず、輪に入らない。
でも、ちゃんと“聞いている”。
俺は酒場の中央に向かった。
こういう場所は、真ん中に立ってると向こうから話が転がってくる。
「最近、この辺で魔獣が出たらしいな」
「赤い目のやつ?」
「いや、別の――」
……断片ばかりだ。
どれも曖昧で、具体性がない。
噂止まり。
情報としては弱い。
(まあ、今日はそんな日か)
そう思った時だった。
「おい、兄ちゃん」
妙に軽い声が、背後からかかった。
振り返ると、男が一人立っていた。
年は……二十歳そこそこか。
髪はぼさぼさ。装備は安物。
剣も盾も、明らかに使い込まれているが――質が低い。
冒険者だ。
しかも、低ランク。
「何?」
俺が答える。
「いやー、あんた強そうだなって」
男は笑った。
「どこのランク?」
「ランク?」
俺は首を傾げる。
「さあ?」
「さあって何だよ!」
男は笑う。
「冒険者だろ?」
「一応」
俺は答えた。
「一応な」
男は胸を張った。
「俺はエッグ!」
「ランクEの冒険者だ!」
……堂々と言うことか?
カイが横から顔を出す。
「E!?」
「逆にすげえな、ここまで来て」
「褒めてる?」
エッグが聞く。
「微妙」
カイ。
「微妙かー……」
エッグは肩をすくめたが、気にした様子はない。
「でさ」
エッグは身を乗り出す。
「この辺で妙な依頼、知らない?」
「妙?」
俺が聞き返す。
「そう、妙」
エッグは指を立てる。
「危険度の割に、報酬が合わないやつ」
「……嫌な匂いしかしないな」
カイが言う。
「だろ?」
エッグは嬉しそうに頷く。
「だから探してる」
「なんで?」
俺が聞くと、
「目的があるから」
エッグは即答した。
……即答しすぎだろ。
「目的って?」
カイが聞く。
「それは言えない」
エッグ。
「言えないのに探してるのか」
カイ。
「そう!」
エッグは元気よく頷いた。
レナが後ろから冷ややかに言う。
「典型的なトラブル源」
「ひどくない!?」
エッグが振り返る。
「正確」
レナ。
その時、酒場の奥で怒号が上がった。
「だから言ってるだろ!」
「その依頼はもう受けられてる!」
「嘘だ!」
「昨日まで空いてたって聞いたぞ!」
冒険者同士の揉め事だ。
よくある。
……よくある、はずだった。
エッグが、ぴくりと反応した。
「……あ」
小さく声を出す。
「知ってるのか?」
俺が聞くと、
「たぶん」
エッグは言った。
「俺が探してるやつだ」
「やっぱりトラブルじゃねえか!」
カイが即座に突っ込む。
揉めているのは、二組の冒険者。
一方は装備が整っている。ランクはCかD。
もう一方は、寄せ集め。焦っている。
「依頼内容は?」
フェリスが静かに聞いた。
酒場の主が怒鳴る。
「遺跡調査だ!」
「だが最近、魔獣が増えて危険度が跳ね上がってる!」
「報酬が変わってないのが問題だろ!」
冒険者が叫ぶ。
「だから今、見直し中だ!」
……なるほど。
アリスが、カウンターから小さく呟いた。
「典型的な“釣り依頼”ね」
誰も否定しなかった。
エッグが、俺たちを見る。
「な?」
「妙だろ?」
「妙だな」
俺は頷いた。
「で、お前はそれを――」
「受けたい」
エッグ。
「やめとけ」
俺。
「即答!?」
エッグが驚く。
「死ぬ」
レナが淡々。
「死ぬ!?」
エッグが二度目の驚愕。
カイが肩を叩く。
「悪いこと言わねえ」
「今日は帰れ」
「でも……!」
エッグは食い下がる。
「俺には、どうしても必要なんだ!」
「理由を言え」
フェリスが言う。
エッグは、口を開きかけて――閉じた。
「……言えない」
沈黙。
酒場の空気が、微妙に張る。
「なら無理だ」
フェリスは即断した。
「我々は関与しない」
「……そうか」
エッグは、少しだけ肩を落とした。
その様子を見て、俺は思った。
(……こいつ)
嘘はついてない。
でも、全部も言ってない。
アリスが、エッグを見る。
視線は鋭いが、敵意はない。
「……面白い」
小さく、そう呟いた。
俺は聞こえないふりをした。
結局。
情報収集は、進展なし。
魔獣の件も、遺跡の件も、確証は得られなかった。
でも。
妙な男だけは、しっかり印象に残った。
「じゃあな!」
エッグは去り際に、妙に明るく言った。
「また会おうぜ!」
「会わない方がいいタイプだ」
カイが即答。
「同意」
レナ。
「……厄介そうだ」
俺が言うと、
フェリスは短く答えた。
「十中八九、また会う」
アリスは、何も言わなかった。
ただ、エッグの背中を見つめていた。
情報は得られなかった。
だが、種は蒔かれた。
そんな一日だった。




