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異端(仮)  作者: vastum
アリス編
63/103

第44話

取引は正規、魔獣は不正規


 朝の空気は、澄んでいた。

 澄んでいるのに、胸の奥が落ち着かない。


 理由は分かってる。分かってるんだけど、口に出すと急に自分が神経質みたいで嫌になる。


「……シオン、また周り見てる」

 カイが横から言った。歩きながら干し肉を齧ってる。朝から元気すぎる。


「見てない。普通だ」

 俺は言い返す。


「普通って言うやつ、だいたい普通じゃない」

 レナが後ろから刺してくる。


「お前ら、俺の“普通”に厳しすぎない?」


「厳しいんじゃない」

 カイが笑う。

「お前の普通が厳しい」


「意味わからん」


 フェリスは先頭で地図を畳み、短く告げた。


「この先に小さな街道宿がある」

「物資の補充をして進む」


「了解」

 ユウが淡々と頷く。


 そして――少し離れた位置を歩く影が一つ。

 輪の中に入らず、でも離れすぎもしない。歩調はぴったり合っている。


 アリスは、今日も「いる」。

 いるけど、こちらを“仲間”として扱う気配はない。


 その距離が、むしろ助かる。

 旅団ってのは、放っておいても空気が濃くなるから、たまに外気がいる。


「……なあ」

 カイが不意に小声になった。

「さっきからアリスのこと見てね?」


「見てない」


「絶対見てた」

 カイはニヤつく。

「気になるんだろ、あの感じ」


「気になるのは“感じ”じゃない」

 俺は言う。

「“視線”だ」


 カイが一瞬、真顔になった。


「あー……言うと思った」

 そして、すぐいつもの調子に戻る。

「で? あの人が視線の主だって確定した今、どう? 落ち着いた?」


「……まあ、前よりは」


「ほらな」

 カイは勝ち誇った顔をする。

「目の前にいると安心するタイプだ」


「言い方!」


 レナがため息をつく。


「あなたたち、静かに」

「今日は“何も起きない”日じゃない」


「フラグやめろ!」

 カイが即座に叫ぶ。


 ユウが、歩みを止めた。


「……音」


 全員が止まる。


 遠くから、車輪が石を噛む音。

 そして――短い悲鳴。


「助けてくれ!」


 フェリスが即断する。


「行く」


「また“何も起きない日”じゃなかったな」

 俺が言うと、


「私のせいにしないで」

 レナ。


「してないしてない」


 アリスは何も言わず、ただ少しだけ速度を上げた。

 走らない。

 でも、遅れない。


 その姿が妙に自然で、余計に気になる。



 街道を少し外れたところで、馬車がひっくり返っていた。


 行商人らしい男が一人、荷台の陰に隠れている。

 馬は縄が切れて逃げたのか、姿がない。


 そして――魔獣。


 狼に似た体躯。だが、背中に硬い棘が並び、目が妙に赤い。

 涎が糸を引き、地面に落ちてジュッと音を立てる。腐食性だ。


「うわ、やだなあ」

 カイが露骨に嫌そうな声を出す。

「涎が酸って、口臭どころの話じゃない」


「臭いの話じゃない」

 レナが冷たく言う。


 魔獣は二体。

 いや、もう一体……木陰にいる。三体だ。


 ユウが短く数える。


「三」

「行商人は一」

「怪我は不明」


 フェリスが指示を飛ばす。


「シオン、前に出るな」

「レナ、行商人の回収」

「ユウ、周囲警戒」

「カイ――」


「はいはい、俺は派手にやらかさない」

 カイが手を上げる。


「派手にやらかす前提で言ってない」

 フェリス。


「えっ、じゃあ何?」

 カイが聞き返す。


「いつも通り、だ」

 フェリスが言った。


「ひどい!!」


 俺は剣を抜いた。片手剣。まだ借り物だ。

 でも馴染んできた。借り物なのに、俺の手の方が覚えていくのが厄介だ。


「……行くぞ」


 魔獣の一体が飛びかかってきた。


 速い。

 牙が、喉を狙ってる。


 俺は踏み込む。


 剣を振る――のではなく、斜めに置く。

 当たり前の防御。

 でも、刃が触れた瞬間、魔獣の軌道が“ずれる”。


 空中で姿勢を崩したところに、足を払う。


 魔獣が地面を転がる。


「おっ、うまいじゃん」

 カイが横で軽口を叩く。


「軽口叩いてないで動け」

 俺が返す。


「了解!」


 カイは別の一体へ飛び、わざと足音を大きくした。

 相手がカイに向く。――厄付きらしい誘導だ。


 だが、その魔獣は途中で方向を変えた。

 レナの方に行く。


「……やっぱ厄だな」

 カイが歯を見せて笑う。


「今さら自慢するな」

 俺が言うと、


「自慢じゃない! 嘆きだ!」

 カイが叫んだ。


 レナは行商人を引きずり出しながら、片手で短杖を構える。

 顔色一つ変えず、魔獣の鼻先に氷の針を撃ち込んだ。


 魔獣が怯む。


「今よ」

 レナが言う。


 ユウが音もなく背後へ回り、短い刃で腱を狙う。

 斬るというより、切り離す。

 魔獣の脚が崩れた。


 フェリスは最後尾で全体を見ている。

 戦わないわけじゃない。

 でも、今は「勝ち筋」を固定する動きだ。


「シオン」

 フェリスが呼ぶ。


「分かってる」


 俺は転がった魔獣へ近づいた。

 暴れる前に、頸を狙う。


 ……だが、殺さない。


 フェリスの方針だ。無駄に命を奪わない。

 俺も同意してる。俺たちが“殺し慣れた集団”に見られるのは損だ。


 剣の腹で顎を打つ。

 衝撃で意識が飛ぶ。魔獣が倒れた。


 残り二体。

 一体はカイに釣られたまま、カイを追いかけている。

 もう一体は、周囲をうろつきながら機を窺っている――賢い。


 賢い魔獣は厄介だ。

 賢いのに凶暴だと、なお厄介だ。


 その賢い個体が、ふとアリスを見た。


 ……アリス?


 彼女は輪の外にいたはずだ。

 なのに、いつの間にか位置が変わっている。


 前に出ていない。

 でも、逃げもしない。


 視線だけで、魔獣を見ている。


 賢い個体が唸った。

 そして、真っ直ぐアリスへ――


「!」


 俺の足が先に出た。

 意識より先に。


「アリス!」


 アリスは動かない。

 いや、動けないんじゃない。動かない。


 その瞬間、彼女が指を一本だけ立てた。


 空気が「固まる」感覚。

 魔獣の動きが一瞬鈍る。


 遅延。

 妨害系の術式。


「……便利だな」

 俺が口にした瞬間、アリスがこちらを見た。


「便利という言い方は、好きじゃないわ」


「じゃあ、助かった」

 俺は言い直す。


 アリスは答えない。

 でも、目がほんの少しだけ細くなった。たぶん、それが彼女の“返事”だ。


 その隙で、俺は魔獣に近づく。


 斬る――ではなく、叩く。

 腹。肩。脚。

 動きを奪う。


 魔獣が唸り、涎を飛ばす。

 地面が焼ける。


「うわっ、酸!」

 カイが逃げながら叫んだ。

「レナ、あれやばいって! 俺の靴が!」


「靴の心配をするな」

 レナ。


「靴は大事だろ!!」


 フェリスが短く命じる。


「散らすな」

「まとめろ」


 ユウが頷き、木立の位置を変える。

 逃げ道を塞ぐ。

 魔獣は本能で安全な方へ行こうとする。そこに誘導するだけだ。


 カイが挑発しながら、魔獣を“安全じゃない方”へ追い込む。


「こっちだワンちゃん!」

「お手! お座り! 酸撒くな!!」


「黙って走れ」

 俺が言う。


「無理!」


 魔獣が二体、同じ方向に寄った。

 瞬間、フェリスが動いた。


 彼女の剣閃は無駄がない。

 殺しではなく、制圧。


 腱。関節。

 倒すための斬り方。


 二体が同時に崩れる。


 俺は最後の仕上げに入る。

 剣を逆手に持ち、柄で顎を打つ。

 意識が落ちる。


 ……静かになった。


 息が白い。

 でも、戦闘は短かった。

 短いほどいい。余計なものが増えないから。


「終わり?」

 カイが息を切らしながら近づいてくる。


「終わり」

 ユウが淡々。


「よし! じゃあ俺は――靴を確認する」

 カイが膝をついた。


「優先順位」

 レナが冷たい。


「いやいや! 酸だぞ!? 酸!」

 カイは必死だ。


 フェリスは行商人に目を向けた。


「怪我は」


「だ、大丈夫です……!」

 行商人が震える声で言う。

「腕を擦っただけで……それより積み荷が……!」


 レナが荷台を覗く。


「破損は少ない」

「ただ、食料がいくつか潰れてる」


「……本当に、ありがとうございます」

 行商人が深く頭を下げた。

「お礼を……どうかお礼を……!」


 俺はカイを見る。

 カイは口を開きかけた。


「いら――」


「いる」

 レナが即座に被せた。


「え?」

 カイが間抜けな声を出す。


「あなたが壊した鍋の分もある」

 レナ。


「鍋壊してない!」


「未来の話」

 レナが淡々と言った。


「未来の罪を押し付けるな!!」


 フェリスが静かにまとめる。


「金はいらない」

「だが、取引はする」


 行商人が目を瞬く。


「取引……?」


「必要な物資がある」

 フェリスは言う。

「包帯、塩、針、保存食」

「薬草と、可能なら簡易ポーション」


「あります!」

 行商人は勢いよく頷いた。

「ありますあります! 旅人向けに積んでます!」


「正規の値で買う」

 フェリス。


「でも……命を助けてもらったのに……!」


 カイが横から口を挟む。


「命助けたからって値引きされると、こっちが困るんだよ」

「俺ら、そういうの慣れてない」


「慣れろ」

 レナ。


「やだ」


 行商人は困った顔をしたが、最後には折れた。


「……分かりました」

「では、正規の値段で」

「その代わり、少しだけ……おまけを」


 フェリスが一瞬だけ考え、頷く。


「消耗品なら受ける」

「金品は受けない」


 その線引きが、ノイズの“癖”だ。


 俺は積み荷を確認しながら、ふとアリスを見た。


 彼女は少し離れて、馬車の破損箇所を観察していた。

 興味があるのは、行商人でも魔獣でもなく――状況そのもの。


「……よく動けるな」

 俺が小声で言うと、


「動いていない」

 アリスが淡々と返した。


「動いてた」

 俺は言い切る。


 アリスは否定しなかった。


「……危険を避けただけ」

 短く言う。


「それ、助けたって言うんだよ」


「定義の問題ね」


「面倒くさいな」

 俺は笑った。


 アリスは笑わない。

 でも、少しだけ視線が柔らかくなった気がした。



 取引は、静かに進んだ。


 包帯は二巻。

 保存食は数日分。

 針と糸。

 塩と油。

 簡易ポーションは少量。高い。だが必要だ。


「これ、結構するな」

 カイが財布を覗き込んで呻いた。


「命より安い」

 フェリス。


「命の値段を比較するなって」

 カイは言いながらも、ちゃんと金を出した。


 行商人はおまけとして、薬草束と火口箱を追加で渡してきた。


「これくらいは……!」

 行商人が言う。


「助かる」

 レナが短く礼を言った。

 こういう時のレナは、ちゃんと人間味がある。料理以外は。


 カイが俺に耳打ちする。


「なあシオン」

「これが旅団っぽいってやつ?」


「たぶんな」

 俺は答える。

「助けて、金は取らず、必要なものは買う」


「なんか不思議だよな」

 カイは笑う。

「悪い奴らから見たら、めんどくさいタイプ」


「めんどくさいのはお前だ」

 レナ。


「知ってる!」


 行商人が最後に、震える声で言った。


「あの……あなたたち、名前は……?」

「旅団か何か……?」


 フェリスは答えなかった。

 代わりにカイが、口を開く。


「別に旅団じゃねえよ」

 言いながら、ニヤッとする。

「……ただのノイズだ」


 行商人が首を傾げる。


「ノイズ……?」


 カイが肩をすくめる。


「うるさいって意味だよ」

「覚えやすいだろ?」


「覚えやすいですけど……!」


 フェリスが少しだけ咳払いをした。


「……異端旅団ノイズだ」

 それだけ。


 行商人の目が丸くなる。


「異端旅団……!」

「あ、あの……!」


 言いかけて、飲み込んだ。

 噂を知ってる顔だ。


 でも、次に出た言葉は、意外だった。


「……ありがとうございました」

「どうか、道中お気をつけて」


 それで十分だ。


 俺たちは、荷を整えて、また歩き出した。



 街道に戻ってしばらく。


「なあ」

 カイが言う。

「やっぱ俺たち、有名なんじゃね?」


「悪名も名のうち」

 レナ。


「悪名って言うな!」


 ユウがぽつり。


「……魔獣」

「この辺りに出る種類ではない」


 フェリスが足を止めた。


「同意」

「通常の分布から外れている」


 アリスが、初めて自分から口を開いた。


「……赤い目」

「腐食性の涎」

「棘の硬化」

「特徴が揃いすぎている」


 俺は眉をひそめる。


「揃いすぎ?」


「自然発生の個体差にしては、過剰」

 アリスは淡々と言った。

「……誰かが“作った”可能性がある」


 空気が、少しだけ冷える。


 カイが乾いた笑いを漏らした。


「やめろよ」

「日常回に急に嫌な伏線入れるな」


「……今のは、あなたの感想?」

 アリスがカイを見る。


「俺の願望」

 カイが即答した。


「残念」

 アリス。


「残念って言うな!」


 フェリスは淡々と進路を決める。


「次の街道宿に着いたら、情報を集める」

「噂があるはずだ」


「了解」

 ユウ。


「俺は?」

 カイ。


「黙ってろ」

 レナ。


「ひどい!」


 俺は歩きながら、アリスを横目で見た。


 この人は、何者でもない顔をしている。

 でも、言葉だけは妙に刺さる。


 視線を感じる。


 さっきまでの“遠い視線”じゃない。

 目の前にいる、測る視線だ。


(……やっぱ、厄介だな)


 でも。


 旅団っぽくしていくなら、

 こういう“厄介”が必要なのかもしれない。


 ノイズが、ノイズのまま広がっていくには。


「……シオン」

 フェリスが呼んだ。


「ん?」


「前に出るな」

「日常回でもだ」


「日常回って言うな」

 俺が即返すと、


「言ってない」

 フェリスは真顔。


 カイが笑った。


「言ってたじゃん、隊長」


「言ってない」

 フェリス。


「言ってた」

 俺。


「言ってた」

 レナ。


「言ってた」

 ユウ。


 フェリスが小さく息を吐いた。


「……黙れ」


 その一言で、全員が笑った。


 空は澄んでいる。

 道は続く。

 消耗品は増えた。金は減った。


 そして――

 変な影が、一つ増えた。


 旅団らしくなってきた、と思う。


 良い意味かどうかは、まだ分からないけど。


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