第43話
それは、視線の正体だった
さっきから、誰かに見られている気がしていた。
敵意はない。
殺気もない。
でも――気になる。
焚き火の前で、俺は何度目か分からないくらい周囲を見回した。
夜は静かで、音も少ない。
だからこそ、余計に分かる。
(……いるな)
「シオン、落ち着きねえな」
干し肉を齧りながら、カイが言った。
「そっちこそ、音立てすぎだ」
俺は返す。
「俺はいつも通りだ!」
「いつも通りがうるさい」
レナが即座に刺す。
「はいはい、すみません」
ユウは焚き火の向こうを一度だけ見て、何も言わなかった。
だが、その視線の動きで分かる。
――気づいてる。
フェリスは地図を畳みながら、低く言った。
「……いるな」
その一言で、全員の空気が締まった。
直後。
草を踏む音がした。
隠す気はない。
だが、無警戒でもない。
焚き火の光が届くぎりぎりの場所で、足音が止まる。
「こんばんは」
女の声だった。
落ち着いていて、張りもある。
俺は立ち上がる。
剣には触れない。
でも、距離は詰めない。
「……こんばんは」
「急に出てきて悪いわね」
女はそう言って、両手を軽く上げた。
「敵意はない」
「その言葉、信用するかどうかは状況次第だ」
フェリスが静かに言う。
「ええ、分かってる」
女はあっさり頷いた。
「だから、まずはお願いから」
レナが一歩前に出る。
「何を?」
「水を少し」
女は言った。
「それと……話を」
「話?」
カイが首を傾げる。
「ずいぶん曖昧だな」
「曖昧でいい内容だから」
女はそう答えた。
嘘はついていない。
でも、全部も言っていない。
(……この人)
俺は、その時はっきり分かった。
さっきから感じていた視線。
間違いなく、この人だ。
じっと見て、測って、
距離を間違えない視線。
戦場で何度も感じた、
“観察されている感覚”。
「……さっきから、見てた?」
俺は率直に聞いた。
女は一瞬だけ目を細めた。
「気づいていたのね」
「まあ」
俺は肩をすくめる。
「落ち着かなかったから」
「それは失礼」
口ではそう言いながら、表情は変わらない。
フェリスが言う。
「名を聞いていいか」
女は、ほんの一瞬だけ考えるような間を置いた。
「……呼び名なら、ある」
「アリスでいいわ」
“名前”ではなく、“呼び名”。
カイがすぐに噛みつく。
「でいい、ってなんだよ」
「本名じゃないって言ってるようなもんじゃん」
「必要なら、後で」
アリスは淡々と返した。
「今は、それで足りる」
ユウが低く言う。
「……目的」
「知りたいことがある」
アリスは答えた。
「あなたたちについて」
「有名人だなあ、俺たち」
カイが笑う。
「噂は、少し」
アリスは言った。
「全部が本当かどうか、確かめたかった」
「確かめて、どうする」
フェリス。
「判断する」
短い答え。
沈黙が落ちる。
焚き火の音だけが響く。
俺はアリスを見る。
この人は、信用できない。
でも、敵でもない。
そして何より――
俺たちを“仲間”として見ていない。
それが、妙に心地よかった。
「……一晩だけなら」
俺は言った。
全員が俺を見る。
「話を聞くくらいなら、いいだろ」
「軽いな」
レナが言う。
「シオン基準だ」
カイが肩をすくめる。
「だいたい当たる」
「当たらなかった時が問題」
レナ。
フェリスは少し考え、頷いた。
「条件付きだ」
「こちらの行動に口出しはさせない」
「了承する」
アリスは即答した。
「観察するだけ」
「観察って言うな」
カイが即ツッコむ。
「努力するわ」
ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
アリスは焚き火の外側に腰を下ろした。
近すぎず、遠すぎず。
線を引く距離。
(……厄介な人だな)
でも、不思議と嫌ではなかった。
さっきまで感じていた視線は、
もう気にならない。
目の前に、いるからだ。
夜は、まだ長い。
この出会いが何をもたらすかは、
まだ誰にも分からない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
――また、面倒ごとが増えた。
それだけは、間違いなかった。




