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異端(仮)  作者: vastum
分岐編
60/103

閑話⑤

シオンが“規格外”を自覚した一番どうでもいい瞬間


 それは戦闘でもなければ、

 修羅場でも、覚醒でもなかった。


 世界の命運も、誰かの生死も、

 一切関係ない。


 ただ――

 どうしようもなく、どうでもいい瞬間だった。



 その日は移動日だった。


 目的地まで半日。

 街道も安全。

 魔物の気配なし。


 つまり、何も起きない日。


「平和だな」

 カイが言う。


「不吉」

 俺が即返す。


「なんでだよ!?」


「お前が“平和”って言うときは、だいたいフラグだ」


「俺、そんな役割なの!?」


 レナが前を歩きながら言った。


「今日は何も起きない」

「警戒対象が存在しない」


「レナが言うと逆に怖い」

 カイが呻く。


 ユウがぼそり。


「……確率的には、今日は静か」


「ユウが言うなら大丈夫か」

 俺が言うと、


「油断は禁物」

 ユウ。


「どっちだよ」


 フェリスは、黙って地図を確認している。

 指揮官の顔だ。


 そんな、

 本当にどうでもいい時間だった。



 問題が起きたのは、

 小さな川だった。


 街道沿いの浅瀬。

 幅も狭く、飛び石が並んでいる。


「よし、渡るぞ」

 フェリスが言う。


 カイが先に行く。


「余裕余裕」

「こんなの――」


 ズルッ。


「うわっ!」


 カイが足を滑らせ、

 川に落ち――


「ちょっ、待っ……!」


 流された。


「カイ!?」

 俺が叫ぶ。


「大丈夫だ!」

 カイの声が聞こえる。

「浅い! でも足――」


 流れは弱い。

 溺れるほどじゃない。


 でも――

 流されている。


「……引き上げる」

 レナが言う。


「待て」

 フェリスが止める。

「足場が悪い」


 ユウが川を見て言う。


「……距離、三歩」

「腕を伸ばせば届く」


 俺は、何も考えずに動いた。


「行く」


「シオン、待て」

 フェリスが言う。


 だが、もう遅い。


 俺は川に入った。

 水は冷たい。

 流れもある。


 でも――


「掴まれ」

 俺が言う。


「お、おう!」

 カイが俺の腕を掴む。


 その瞬間。


 俺は、引いた。


 ただ、それだけ。


 カイの体が、

 水から抜けた。


 勢い余って、

 岸まで飛んだ。


「……え?」


 カイが、地面に転がったまま固まる。


 俺も、一瞬固まった。


(……あれ?)


 重さが、なかった。


 いや、正確には――

 想定より、圧倒的に軽かった。


「……シオン」

 カイが、ゆっくり顔を上げる。


「なに?」


「俺さ」

「流されてたよな?」


「うん」


「それ、普通さ」

「引っ張る時、あんな感じになる?」


「……ならないな」


 レナが近づいてくる。


「……今の」

「引いた?」


「引いた」


「全力で?」


「……たぶん、七割」


「七割……」


 ユウが、川と岸を見比べる。


「……水抵抗を含めても」

「物理的に不自然」


「だよな」

 カイが言う。

「俺、空飛んだぞ」


「飛んでた」

 俺も頷く。


 フェリスが、静かに言った。


「……自覚は?」


「いや」

 俺は正直に言った。

「今の今まで、特に」


 カイが立ち上がって、俺の肩を掴む。


「なあシオン」

「お前さ」


「ん?」


「戦闘の時だけじゃなくて」

「日常でもおかしいからな?」


「今、知った」


「遅い!!」


 レナがため息をつく。


「……前から、薄々思っていた」


「何を」


「あなたが、基準にしている“普通”」

「普通ではない」


「基準って大事だぞ?」

 俺が言うと、


「基準を更新して」

 レナが即返す。


 ユウが言った。


「……規格外」

「自覚が遅いタイプ」


「自覚したらどうなる?」

 俺が聞く。


「周囲が楽になる」

 ユウ。


「自覚しないと?」

 俺。


「被害が増える」


「怖いこと言うな」


 カイが、俺の背中を叩いた。


「まあいいじゃん」

「今さらだろ」


「今さらなのか……」


 フェリスが、短く言った。


「……今のは」

「力を誇示する場面ではない」


「分かってる」

 俺は頷く。

「ただ――」


 少し考えて、言った。


「俺、強いんだな」


「今さら!?」

 カイが叫ぶ。


「いや、戦闘では分かってたけどさ」

「こういう、どうでもいい時に実感すると」

「なんか……実感ある」


 レナが、少しだけ笑った。


「しょうもない」


「だろ?」


 ユウが言う。


「……だが」

「それでいい」


 フェリスも頷いた。


「日常で制御できるなら」

「戦闘でも暴走しない」


「信用されてるのか、それ」

 俺が聞くと、


「期待だ」

 フェリス。


 カイが大きく伸びをする。


「よし」

「じゃあ次から川渡り担当な!」


「雑な役割振るな!」


「規格外なんだから、いいだろ?」


「理由になってない!」


 笑い声が、川辺に響く。


 世界は何も変わらない。

 戦争も、陰謀も、まだ遠い。


 でもこの日、

 俺は知った。


 自分が、普通じゃないことを。


 しかも、

 一番どうでもいい形で。


 ――それが、

 俺にとっては一番しっくりきた。

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