閑話⑤
シオンが“規格外”を自覚した一番どうでもいい瞬間
それは戦闘でもなければ、
修羅場でも、覚醒でもなかった。
世界の命運も、誰かの生死も、
一切関係ない。
ただ――
どうしようもなく、どうでもいい瞬間だった。
⸻
その日は移動日だった。
目的地まで半日。
街道も安全。
魔物の気配なし。
つまり、何も起きない日。
「平和だな」
カイが言う。
「不吉」
俺が即返す。
「なんでだよ!?」
「お前が“平和”って言うときは、だいたいフラグだ」
「俺、そんな役割なの!?」
レナが前を歩きながら言った。
「今日は何も起きない」
「警戒対象が存在しない」
「レナが言うと逆に怖い」
カイが呻く。
ユウがぼそり。
「……確率的には、今日は静か」
「ユウが言うなら大丈夫か」
俺が言うと、
「油断は禁物」
ユウ。
「どっちだよ」
フェリスは、黙って地図を確認している。
指揮官の顔だ。
そんな、
本当にどうでもいい時間だった。
⸻
問題が起きたのは、
小さな川だった。
街道沿いの浅瀬。
幅も狭く、飛び石が並んでいる。
「よし、渡るぞ」
フェリスが言う。
カイが先に行く。
「余裕余裕」
「こんなの――」
ズルッ。
「うわっ!」
カイが足を滑らせ、
川に落ち――
「ちょっ、待っ……!」
流された。
「カイ!?」
俺が叫ぶ。
「大丈夫だ!」
カイの声が聞こえる。
「浅い! でも足――」
流れは弱い。
溺れるほどじゃない。
でも――
流されている。
「……引き上げる」
レナが言う。
「待て」
フェリスが止める。
「足場が悪い」
ユウが川を見て言う。
「……距離、三歩」
「腕を伸ばせば届く」
俺は、何も考えずに動いた。
「行く」
「シオン、待て」
フェリスが言う。
だが、もう遅い。
俺は川に入った。
水は冷たい。
流れもある。
でも――
「掴まれ」
俺が言う。
「お、おう!」
カイが俺の腕を掴む。
その瞬間。
俺は、引いた。
ただ、それだけ。
カイの体が、
水から抜けた。
勢い余って、
岸まで飛んだ。
「……え?」
カイが、地面に転がったまま固まる。
俺も、一瞬固まった。
(……あれ?)
重さが、なかった。
いや、正確には――
想定より、圧倒的に軽かった。
「……シオン」
カイが、ゆっくり顔を上げる。
「なに?」
「俺さ」
「流されてたよな?」
「うん」
「それ、普通さ」
「引っ張る時、あんな感じになる?」
「……ならないな」
レナが近づいてくる。
「……今の」
「引いた?」
「引いた」
「全力で?」
「……たぶん、七割」
「七割……」
ユウが、川と岸を見比べる。
「……水抵抗を含めても」
「物理的に不自然」
「だよな」
カイが言う。
「俺、空飛んだぞ」
「飛んでた」
俺も頷く。
フェリスが、静かに言った。
「……自覚は?」
「いや」
俺は正直に言った。
「今の今まで、特に」
カイが立ち上がって、俺の肩を掴む。
「なあシオン」
「お前さ」
「ん?」
「戦闘の時だけじゃなくて」
「日常でもおかしいからな?」
「今、知った」
「遅い!!」
レナがため息をつく。
「……前から、薄々思っていた」
「何を」
「あなたが、基準にしている“普通”」
「普通ではない」
「基準って大事だぞ?」
俺が言うと、
「基準を更新して」
レナが即返す。
ユウが言った。
「……規格外」
「自覚が遅いタイプ」
「自覚したらどうなる?」
俺が聞く。
「周囲が楽になる」
ユウ。
「自覚しないと?」
俺。
「被害が増える」
「怖いこと言うな」
カイが、俺の背中を叩いた。
「まあいいじゃん」
「今さらだろ」
「今さらなのか……」
フェリスが、短く言った。
「……今のは」
「力を誇示する場面ではない」
「分かってる」
俺は頷く。
「ただ――」
少し考えて、言った。
「俺、強いんだな」
「今さら!?」
カイが叫ぶ。
「いや、戦闘では分かってたけどさ」
「こういう、どうでもいい時に実感すると」
「なんか……実感ある」
レナが、少しだけ笑った。
「しょうもない」
「だろ?」
ユウが言う。
「……だが」
「それでいい」
フェリスも頷いた。
「日常で制御できるなら」
「戦闘でも暴走しない」
「信用されてるのか、それ」
俺が聞くと、
「期待だ」
フェリス。
カイが大きく伸びをする。
「よし」
「じゃあ次から川渡り担当な!」
「雑な役割振るな!」
「規格外なんだから、いいだろ?」
「理由になってない!」
笑い声が、川辺に響く。
世界は何も変わらない。
戦争も、陰謀も、まだ遠い。
でもこの日、
俺は知った。
自分が、普通じゃないことを。
しかも、
一番どうでもいい形で。
――それが、
俺にとっては一番しっくりきた。




