閑話②
フェリスが“隊長”と呼ばれるようになった理由
最初に言っておくと――
フェリスは、最初から“隊長”だったわけじゃない。
名乗ったこともない。
立候補したこともない。
「私が指揮を執る」なんて言ったことも、一度もない。
なのに、気づいたら全員が“隊長”と呼んでいた。
その理由は――
かなりくだらない。
⸻
ノイズが、まだノイズと呼ばれていなかった頃の話だ。
人数は今より少ない。
役割も曖昧。
共通していたのは、「どこにも居場所がない」という点だけ。
その日、俺たちはとある遺跡に潜っていた。
古い。狭い。暗い。
そして――地図が間違っていた。
「……行き止まりだな」
俺が言った。
「違う」
ユウが即座に否定する。
「行き止まり“に見える”」
「どっちにしろ進めないって意味では同じだろ」
カイが壁を叩く。
「おい、反対側から回れねえの?」
「戻るしかない」
レナが淡々と結論を出す。
その時点で、俺たちは三回道を間違えていた。
戻るたびに、同じ場所に出る。
「……あれ?」
カイが首を傾げる。
「さっきここ通らなかった?」
「通った」
ユウが言う。
「でも違う通路だぞ?」
「同じ」
ユウは地図を指でなぞる。
「地形がループしている」
「最悪じゃねえか」
カイが笑う。
「迷路だ」
フェリスは、少し離れた位置で壁を観察していた。
触れる。
叩く。
音を聞く。
「……罠だ」
短く言う。
「どんな?」
俺が聞く。
「方向感覚を狂わせる」
「精神干渉系」
「嫌なやつ」
レナが吐き捨てる。
カイが肩をすくめる。
「まあまあ」
「出口があるなら、いつか出られるだろ」
「食料は?」
ユウが聞く。
「……半日分」
俺が答えた。
「水は?」
レナ。
「三分の二日」
一気に空気が重くなる。
フェリスが言った。
「落ち着け」
「まだ詰んでいない」
その声が、妙に通った。
俺はその時、初めて思った。
(……あ、この人の声、指示向きだな)
でもまだ、この時点では誰も“隊長”とは思っていない。
⸻
問題は、その直後に起きた。
カイが、やらかした。
「なあ、こっち行けそうじゃね?」
カイが、壁の隙間を指差す。
「待て」
フェリスが言った。
「なんで?」
カイが振り返る。
「床が違う」
フェリスは冷静だった。
「踏むな」
「大丈夫大丈夫」
カイはいつもの調子で言う。
「俺、罠には慣れて――」
踏んだ。
次の瞬間、床が沈み、天井から石杭が落ちてくる。
「カイ!!」
俺が叫ぶ。
カイは反射で転がり、致命傷は避けた。
だが、右足を打った。
「ぐっ……!」
罠は止まらない。
石杭が一定間隔で落ち続ける。
「引きずれ!」
レナが叫ぶ。
「無理だ!」
カイが歯を食いしばる。
「足が……!」
その時、フェリスが動いた。
「私が行く」
「無茶だ!」
俺が叫ぶ。
「時間がない」
フェリスは、ためらいなく罠の範囲に入った。
石杭の落下間隔を一瞬で見切る。
「今!」
俺は理解した。
理解した瞬間には、体が動いていた。
フェリスの合図で、俺がカイを引きずる。
レナが後ろから支える。
ユウが罠の制御部を探す。
全員が、フェリスの声だけを聞いて動いていた。
「次、三歩!」
「止まれ!」
「今、引け!」
混乱はない。
迷いもない。
罠の外に出た瞬間、石杭が止まった。
静寂。
カイが、荒い息のまま言う。
「……助かった」
フェリスは一言。
「動くな」
「応急処置をする」
手際が良い。
包帯。固定。確認。
その間、誰も口を挟まなかった。
挟めなかった。
⸻
少し落ち着いた後。
カイが苦笑して言った。
「……なあ」
「俺、今の完全に戦犯だよな」
「自覚はある」
レナが即答。
「自覚あるならいい」
ユウが続ける。
「刺すなよ!」
カイが呻く。
フェリスが言った。
「謝罪は後だ」
「今は脱出を優先する」
ユウが地図を見直す。
「精神干渉は一定範囲」
「外周に出れば影響が薄れる」
「外周は?」
俺が聞く。
「ここから右」
ユウは即答。
フェリスが頷く。
「進路決定」
「シオン、先導」
「レナ、後衛」
「ユウ、補助」
「カイ――」
一瞬、間が空く。
「……運ばれる役」
「扱い雑!!」
カイが叫ぶ。
「文句を言う体力があるなら問題ない」
フェリスが淡々と返す。
そのやり取りで、俺は気づいた。
(……あれ?)
誰も疑問に思っていない。
フェリスが指示を出すことを。
自然すぎた。
空気みたいに。
⸻
脱出は成功した。
外に出た瞬間、全員が地面に座り込んだ。
「……生きてる」
カイが言う。
「生きてる」
俺も言う。
レナがフェリスを見る。
「ありがとう」
「当然のことをした」
フェリスはそう返す。
ユウがぽつり。
「……指示が的確だった」
「役割を言っただけだ」
フェリスは首を振る。
「判断は全員がした」
その時。
カイが、何気なく言った。
「なあ、フェリス」
「なんだ」
「次からさ」
「……隊長でいい?」
一瞬、空気が止まった。
フェリスが眉をひそめる。
「却下」
「え」
カイが間抜けな声を出す。
「私は指揮を執るつもりはない」
フェリスは淡々と言う。
「必要なことを言っただけだ」
「いやでもさ」
カイが食い下がる。
「今日のアレ見て、“隊長じゃない”は無理だろ」
「同意」
ユウが短く言う。
「同意」
レナも頷く。
俺も言った。
「……俺も」
フェリスは、少し困った顔をした。
「役職は不要だ」
「名前みたいなもんだって」
カイが言う。
「呼びやすいし」
「呼びやすさで決めるな」
「でもさ」
カイは笑った。
「俺、今日フェリスの声しか聞いてなかった」
「なんか……安心した」
その言葉に、フェリスは黙った。
しばらくして、ため息を一つ。
「……限定的にだ」
「何が?」
カイが聞く。
「非常時のみ」
「平時は、各自判断」
「隊長なのに条件付き!?」
カイが叫ぶ。
「条件を付けないと受けない」
「面倒な人だな!」
レナが静かに言った。
「だから、向いてる」
フェリスは、何も言い返さなかった。
⸻
それ以来。
誰かが困った時。
状況が混乱した時。
判断が分かれた時。
自然と、フェリスを見るようになった。
彼女は、命令しない。
怒鳴らない。
まとめようともしない。
ただ、必要なことを必要な順で言う。
それが、どれほどありがたいかを、
俺たちは身をもって知っていた。
カイが後日、ぽつりと言った。
「なあ、フェリス」
「なんだ」
「隊長ってさ」
「偉い人じゃないんだな」
「当然だ」
フェリスは言う。
「責任を引き受ける役だ」
「……重いな」
「だから、嫌なんだ」
その返しに、俺たちは笑った。
異端旅団に、正式な階級はない。
でも――
非常時に、
全員が迷わず従う声がある。
それだけで、十分だった。




