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異端(仮)  作者: vastum
分岐編
57/103

閑話②

フェリスが“隊長”と呼ばれるようになった理由


 最初に言っておくと――

 フェリスは、最初から“隊長”だったわけじゃない。


 名乗ったこともない。

 立候補したこともない。

 「私が指揮を執る」なんて言ったことも、一度もない。


 なのに、気づいたら全員が“隊長”と呼んでいた。


 その理由は――

 かなりくだらない。



 ノイズが、まだノイズと呼ばれていなかった頃の話だ。


 人数は今より少ない。

 役割も曖昧。

 共通していたのは、「どこにも居場所がない」という点だけ。


 その日、俺たちはとある遺跡に潜っていた。

 古い。狭い。暗い。

 そして――地図が間違っていた。


「……行き止まりだな」

 俺が言った。


「違う」

 ユウが即座に否定する。

「行き止まり“に見える”」


「どっちにしろ進めないって意味では同じだろ」

 カイが壁を叩く。

「おい、反対側から回れねえの?」


「戻るしかない」

 レナが淡々と結論を出す。


 その時点で、俺たちは三回道を間違えていた。

 戻るたびに、同じ場所に出る。


「……あれ?」

 カイが首を傾げる。

「さっきここ通らなかった?」


「通った」

 ユウが言う。


「でも違う通路だぞ?」


「同じ」

 ユウは地図を指でなぞる。

「地形がループしている」


「最悪じゃねえか」

 カイが笑う。

「迷路だ」


 フェリスは、少し離れた位置で壁を観察していた。

 触れる。

 叩く。

 音を聞く。


「……罠だ」

 短く言う。


「どんな?」

 俺が聞く。


「方向感覚を狂わせる」

「精神干渉系」


「嫌なやつ」

 レナが吐き捨てる。


 カイが肩をすくめる。


「まあまあ」

「出口があるなら、いつか出られるだろ」


「食料は?」

 ユウが聞く。


「……半日分」

 俺が答えた。


「水は?」

 レナ。


「三分の二日」


 一気に空気が重くなる。


 フェリスが言った。


「落ち着け」

「まだ詰んでいない」


 その声が、妙に通った。


 俺はその時、初めて思った。

(……あ、この人の声、指示向きだな)


 でもまだ、この時点では誰も“隊長”とは思っていない。



 問題は、その直後に起きた。


 カイが、やらかした。


「なあ、こっち行けそうじゃね?」

 カイが、壁の隙間を指差す。


「待て」

 フェリスが言った。


「なんで?」

 カイが振り返る。


「床が違う」

 フェリスは冷静だった。

「踏むな」


「大丈夫大丈夫」

 カイはいつもの調子で言う。

「俺、罠には慣れて――」


 踏んだ。


 次の瞬間、床が沈み、天井から石杭が落ちてくる。


「カイ!!」

 俺が叫ぶ。


 カイは反射で転がり、致命傷は避けた。

 だが、右足を打った。


「ぐっ……!」


 罠は止まらない。

 石杭が一定間隔で落ち続ける。


「引きずれ!」

 レナが叫ぶ。


「無理だ!」

 カイが歯を食いしばる。

「足が……!」


 その時、フェリスが動いた。


「私が行く」


「無茶だ!」

 俺が叫ぶ。


「時間がない」


 フェリスは、ためらいなく罠の範囲に入った。

 石杭の落下間隔を一瞬で見切る。


「今!」


 俺は理解した。

 理解した瞬間には、体が動いていた。


 フェリスの合図で、俺がカイを引きずる。

 レナが後ろから支える。

 ユウが罠の制御部を探す。


 全員が、フェリスの声だけを聞いて動いていた。


「次、三歩!」

「止まれ!」

「今、引け!」


 混乱はない。

 迷いもない。


 罠の外に出た瞬間、石杭が止まった。


 静寂。


 カイが、荒い息のまま言う。


「……助かった」


 フェリスは一言。


「動くな」

「応急処置をする」


 手際が良い。

 包帯。固定。確認。


 その間、誰も口を挟まなかった。


 挟めなかった。



 少し落ち着いた後。


 カイが苦笑して言った。


「……なあ」

「俺、今の完全に戦犯だよな」


「自覚はある」

 レナが即答。


「自覚あるならいい」

 ユウが続ける。


「刺すなよ!」

 カイが呻く。


 フェリスが言った。


「謝罪は後だ」

「今は脱出を優先する」


 ユウが地図を見直す。


「精神干渉は一定範囲」

「外周に出れば影響が薄れる」


「外周は?」

 俺が聞く。


「ここから右」

 ユウは即答。


 フェリスが頷く。


「進路決定」

「シオン、先導」

「レナ、後衛」

「ユウ、補助」

「カイ――」


 一瞬、間が空く。


「……運ばれる役」


「扱い雑!!」

 カイが叫ぶ。


「文句を言う体力があるなら問題ない」

 フェリスが淡々と返す。


 そのやり取りで、俺は気づいた。


(……あれ?)


 誰も疑問に思っていない。

 フェリスが指示を出すことを。


 自然すぎた。

 空気みたいに。



 脱出は成功した。


 外に出た瞬間、全員が地面に座り込んだ。


「……生きてる」

 カイが言う。


「生きてる」

 俺も言う。


 レナがフェリスを見る。


「ありがとう」


「当然のことをした」

 フェリスはそう返す。


 ユウがぽつり。


「……指示が的確だった」


「役割を言っただけだ」

 フェリスは首を振る。

「判断は全員がした」


 その時。


 カイが、何気なく言った。


「なあ、フェリス」


「なんだ」


「次からさ」

「……隊長でいい?」


 一瞬、空気が止まった。


 フェリスが眉をひそめる。


「却下」


「え」

 カイが間抜けな声を出す。


「私は指揮を執るつもりはない」

 フェリスは淡々と言う。

「必要なことを言っただけだ」


「いやでもさ」

 カイが食い下がる。

「今日のアレ見て、“隊長じゃない”は無理だろ」


「同意」

 ユウが短く言う。


「同意」

 レナも頷く。


 俺も言った。


「……俺も」


 フェリスは、少し困った顔をした。


「役職は不要だ」


「名前みたいなもんだって」

 カイが言う。

「呼びやすいし」


「呼びやすさで決めるな」


「でもさ」

 カイは笑った。

「俺、今日フェリスの声しか聞いてなかった」

「なんか……安心した」


 その言葉に、フェリスは黙った。


 しばらくして、ため息を一つ。


「……限定的にだ」


「何が?」

 カイが聞く。


「非常時のみ」

「平時は、各自判断」


「隊長なのに条件付き!?」

 カイが叫ぶ。


「条件を付けないと受けない」


「面倒な人だな!」


 レナが静かに言った。


「だから、向いてる」


 フェリスは、何も言い返さなかった。



 それ以来。


 誰かが困った時。

 状況が混乱した時。

 判断が分かれた時。


 自然と、フェリスを見るようになった。


 彼女は、命令しない。

 怒鳴らない。

 まとめようともしない。


 ただ、必要なことを必要な順で言う。


 それが、どれほどありがたいかを、

 俺たちは身をもって知っていた。


 カイが後日、ぽつりと言った。


「なあ、フェリス」


「なんだ」


「隊長ってさ」

「偉い人じゃないんだな」


「当然だ」

 フェリスは言う。

「責任を引き受ける役だ」


「……重いな」


「だから、嫌なんだ」


 その返しに、俺たちは笑った。


 異端旅団ノイズに、正式な階級はない。

 でも――


 非常時に、

 全員が迷わず従う声がある。


 それだけで、十分だった。


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