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異端(仮)  作者: vastum
分岐編
55/103

第40話

背中だけが、答えだった


 朝。


 リィナの荷物は、最初から少なかった。

 増えたのは、物じゃない。

 思い出だ。


 焚き火の跡を踏まないように、リィナはゆっくり立った。

 靴の先が、ほんの少しだけ震えている。


 寒いから。

 そう思いたかった。


「……決めた?」

 カイが言う。


 リィナは頷いた。


「行く」


 言い切った声は、意外なほど落ち着いていた。

 揺れているのは声じゃない。

 目の奥だ。


 誰も驚かない。

 驚いてしまったら、嘘になる。


「そっか」

 カイはにやっと笑う。

「じゃあ次会う時は敬語な?」


「使わない!」

 即答。


「残念」


 軽口が、最後の救命具みたいに場を浮かせる。

 浮かせないと沈むからだ。


 レナがリィナの荷物に、布包みをそっと差し入れた。


「持っていけ」


「なにこれ?」


「薬」

 レナは短く言う。

「あと、飴」


「飴!?」

 リィナが目を丸くする。


「嫌なら捨てろ」


「捨てない!」

 リィナは即答して、慌てて付け足す。

「……ありがと」


 レナは表情を変えない。


「生きなさい」

「それだけ」


 言い方は冷たいのに、内容は一番あたたかい。


 ユウが短く言う。


「位置は分かる」

「会おうと思えば、会える」


 それは慰めじゃない。

 現実の確認だ。


「……うん」

 リィナが頷く。


 フェリスは一歩前に出た。


「行け」


 それだけ。

 それだけで、リィナの肩が少し揺れる。


 フェリスは続けて言った。


「戻りたくなったら、来い」


 重い。

 軽い言葉なのに、重い。


 リィナは、笑おうとした。

 でも笑えなくて、代わりに深く頷いた。


「……うん」


 最後に、リィナは俺を見る。


「シオン」


「ん?」


「強くなってる?」

 少し笑っているのに、目だけが真剣だ。


 俺は即答した。


「なってる」


 迷ったら負ける気がした。

 ここで迷ったら、背中が折れる気がした。


「そっちもな」

 俺は続ける。


「なるよ」

 リィナは言った。

「……ちゃんと、なる」


 少し間が空く。


 言いたいことは山ほどある。

 でも言ったら、別れが壊れる。


 リィナが深く頭を下げた。


「ありがとう」


 この一言で終わらせる。

 そう決めたみたいに、彼女は踵を返した。



 道は整っている。


 ヴァル=カディアの街道は、迷わせない。

 迷わせないというのは、逃がさないという意味でもある。

 それでも、リィナの足取りは迷っていなかった。


 俺たちは少しだけ後ろからついていく。

 見送りの距離だ。

 近すぎると引き留めになる。

 遠すぎると突き放しになる。


 この距離が一番難しい。


 途中、露店の前を通ると、店主が目だけでこちらを見る。

 声はかけない。

 だが視線が言う。


(ああ、そういうことか)


 国はもう分かっている。

 分かった上で、騒がない。


 それがヴァル=カディアの格だ。


 リィナが小さく息を吐いた。


「……不思議だね」


「何が?」

 カイがすぐ聞く。


「引き留められないのが」

 リィナは前を見たまま言う。

「……優しいって思った」


「だろ?」

 カイが胸を張る。

「俺ら、優しいロクデナシだから」


「矛盾してる」

 リィナが小さく笑う。


「矛盾してない」

 レナが淡々と言う。

「ロクデナシでも、優しくはなれる」


「レナ、今のちょっと名言っぽい」

 カイが言うと、


「気のせい」

 レナが即答。


「ひどい!」


 笑いが起きる。

 短い笑い。


 その短さが、寂しい。



 街の端に、目立たない小さな門があった。

 大きな門じゃない。

 人目を避けるための“線の出口”だ。


 そこに、昨日の若い魔人が立っていた。

 距離は近いが、近づいてこない。

 見送る立場を守っている。


 若い魔人は、リィナに深く頭を下げる。


「準備は整っています」


 リィナは頷いた。


「……うん」


 若い魔人はちらりと俺たちを見る。

 警戒ではない。

 感謝でもない。


 “認識”だ。


 害ではない。

 無視できない。


 それだけを、視線で交換する。


 リィナが一歩、門の前に立つ。


 その瞬間、風が吹いた。

 髪が揺れる。

 マントが鳴る。


 誰も喋らない。


 軽口はもう出ない。

 沈黙が落ちる。


 落ちた沈黙は、冷たいのに、どこかあたたかい。


 リィナが振り返る。


 ちゃんと、俺たちの顔を見る。

 ひとりずつ。

 逃げない目で。


 そして言った。


「……あのさ」


 声が少しだけ震える。

 震えは隠せない。


「わたし、戻っても」

「たぶん、面倒なことだらけになる」


「それはそう」

 カイが即答して、すぐ口を噤む。


 余計なことを言うと、泣きそうになるから。


 リィナが笑った。


「……面倒になったら」

「会いに来てもいい?」


 レナが淡々と返す。


「好きにしなさい」


「好きにしていい?」

 リィナが聞く。


「いい」

 レナは短く言う。

「ただし、生きてから」


 ユウが言う。


「会える」

「線は繋がってる」


 フェリスは一拍置いて言った。


「来い」

「お前の意思で」


 リィナの目が、少し潤む。

 でも泣かない。


 泣いたら、負けると思っている顔だ。


 最後に、リィナは俺を見る。


「シオン」

 呼び方が、いつもより丁寧だった。


「次に会う時」

 リィナは続ける。

「……負けたくない」


 俺は笑った。


「俺も」


 たぶん、これが一番正しい返事だ。



 リィナは、門をくぐる直前で立ち止まった。


 振り返らない。

 振り返ったら、戻りたくなるから。


 それでも、声だけ投げてきた。


「次に会う時は――」


 息を吸って、


「胸を張って、ここに来る」


 それだけ。


 そして、行った。


 門の向こうに、姿が消える。

 消える瞬間まで、足取りは迷わなかった。


 俺たちは、しばらく動けなかった。


 沈黙。


 カイが、ぽつりとこぼす。


「……寂しくなるな」


「今さら」

 レナが返す。


「今さらだから寂しいんだろ」

 カイが言い返して、笑おうとして失敗する。


 ユウが短く言った。


「選べるのは、強い」


 フェリスは前を向く。


「行くぞ」

「旅は続く」


 俺は最後に一度だけ、空を見た。


 王女は去った。

 でも、物語は終わっていない。


 胸が痛いのに、どこかぞくぞくする。

 再会は未来に置かれた爆弾だ。


 いつ爆ぜるか分からない。

 分からないから、進める。


 異端旅団ノイズは歩き出す。


 背中を残して。


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