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異端(仮)  作者: vastum
分岐編
53/103

第38話

焚き火の前で


 夜。


 野営地の火は、小さくていい。

 この国の規律は、炎にも及ぶ。

 派手に燃やせば目立つ。目立てば線を疑われる。


 焚き火は低く、赤い。


 炎の周りで、俺たちは輪になった。

 輪といっても密着はしない。距離は少し離れ気味。

 ヴァル=カディアの空気に、身体が勝手に合わせている。


 リィナは火を見ていた。

 目が合っても、笑わない。


 最初に口を開いたのはカイだった。


「で」

 前置きなし。

「戻るの?」


 直球すぎる。

 普通なら殴られてもおかしくない。


 でも、リィナは怒らなかった。


「……分かんない」


 答えた声が、意外と小さかった。


「正直」

 カイは頷いた。

「いいね、そういうの」

「“分かんない”って言えるやつは、ちゃんと考えてる」


「告白?」

 レナが冷たく言う。


「違うわ!」


 軽口が一瞬、空気を薄くする。

 薄くなった分、また重さが戻ってくる。


 リィナは火に小枝を放り込んだ。

 ぱち、と小さく弾ける音。


「逃げたまま戻るのは嫌」

 リィナは言った。

「でも、戻らないままも嫌」


「面倒な性格」

 ユウが淡々と言う。


「自覚はある!」

 即反論して、リィナは少し肩を落とした。

「……でも、そうなの」

「戻る道があるって言われた瞬間」

「ほっとした」


 ほっとした。

 その言葉は優しいのに、残酷だった。


 安心は、帰る場所を認めることだ。

 認めた瞬間、今の場所は“仮”になる。


 フェリスが言う。


「戻るなら、逃げるな」


「うん」


「戻らないなら、覚悟を持て」


「……うん」


 簡潔な言葉が、深く刺さる。


 リィナは顔を上げた。


「……ねえ」

「みんな、わたしが戻ったら、困る?」


 レナが即答する。


「困らない」

「寂しいだけ」


「寂しい、は困るに入らない?」


「入らない」

 レナは真顔。

「困るのは生活」

「寂しいのは感情」


「この国の人みたい」

 カイが笑う。


「褒めてない」

 レナは冷たい。


 ユウがぽつり。


「欠ける」

「だが、崩れない」


 リィナが目を瞬く。


「……それ、慰め?」


「事実」

 ユウは淡々と答えた。

「ノイズは、そう作った」


「作った?」

 リィナが首を傾げる。


「最初から欠ける前提で、形を作った」

 ユウは言う。

「欠けても形が残るように」

「それが、生き残り」


 リィナは火を見つめた。

 そして、少しだけ笑った。


「……優しいね」


「優しくない」

 ユウは即否定。

「合理」


「合理、便利すぎない?」

 リィナが呆れる。


「便利だ」

 ユウが即答。


 カイが両手を頭の後ろで組む。


「俺らさ」

「誰かがいなくなるのに慣れてる」

「慣れたくなかったけど」


 その言葉に、リィナの目が揺れる。


「……カイも?」


「俺も」

 カイは軽い声で言った。

「俺なんて、慣れてるレベルじゃない」

「逃げるのも逃げられるのも、専門分野だ」


「専門分野で自慢しないで」

 レナが刺す。


「でもさ」

 カイは続けた。

「逃げるってのは悪いことじゃない」

「生きるための選択だ」


「うん」

 リィナが頷く。


「ただ」

 カイが少しだけ真面目になる。

「逃げっぱなしは、しんどい」

「いつか、足が止まる」


 リィナは黙った。


 俺は剣を磨いていた。

 磨く手を止めたら、何かがこぼれる気がして。


「シオンは?」

 リィナが俺に聞く。


「……俺?」

 予想してなくて、少し間が空く。


「どう思う?」


 俺は正直に言う。


「戻るなら、戻ればいい」

「でも、戻った先で負けんな」


「負けないよ」

 リィナは笑う。

「……たぶん」


「たぶんは負けるやつの言い方」

 カイが即ツッコミ。


「うるさい!」


 笑いが起きる。

 小さい笑い。

 それが逆に、寂しさを増やした。



 しばらく、火の音だけが続いた。


 リィナがぽつりと呟く。


「……わたしね」

「この旅、好きだった」


 誰もすぐに返さない。


 好きだった。

 過去形が混ざった瞬間、もう別れは始まっている。


「好きだった、じゃなくて好きだろ」

 カイがわざと軽く言う。

「まだ終わってない」


「……うん」

 リィナは小さく笑った。

「好き」

「でも、好きだからこそ……」

「ずるずるしちゃう」


 レナが言う。


「ずるずるするのも選択」

「ただ、後悔するならやめた方がいい」


「後悔しない選択ってあるの?」

 リィナが聞く。


「ない」

 レナは即答した。

「だから、後悔しても歩ける方を選ぶ」


 リィナは目を見開いた。

 レナは感情をあまり出さない。だからこそ、その言葉が重い。


 フェリスが言った。


「お前が戻るなら」

「戻った場所でも、お前でいろ」


「……できるかな」


「できる」

 フェリスは短く言う。

「できないなら、壊れる」


「怖い言い方」

 リィナが苦笑する。


「現実だ」

 フェリスは淡々と返す。

「王府は優しくない」


 リィナの肩がわずかに跳ねる。

 王府。

 その単語をフェリスが自然に言ったことで、リィナの立場が輪郭を持ってしまう。


 カイがすぐ割り込んだ。


「まあまあ」

「王府でもどこでも、飯はうまいだろ」


「何の慰め?」

 レナが冷たく聞く。


「飯は大事だろ」

 カイは真顔。

「飯がまずいと国は滅ぶ」


「雑学で誤魔化すな」


 リィナが笑った。

 今度は、少し長く。


「……ありがとう」

 小さな声。


「何が?」

 カイが聞く。


「重くしないでいてくれて」


 カイは一瞬だけ黙って、いつもの顔に戻す。


「俺はいつも軽い」

「軽さが売りだ」


「売り物の品質が不安」

 ユウが即答。


「ひどい!」


 火が弾ける。


 リィナは火を見つめたまま、最後に言った。


「……決める」

「ちゃんと」


 その声は、もう迷っていない。


 答えは出ていない。

 でも、方向は決まった。


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