表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端(仮)  作者: vastum
分岐編
52/103

第37話

戻る道は、用意されている


 ヴァル=カディアの朝は、静かだ。

 静かというより――音が削られている。


 小鳥の声はする。どこかの家の扉の開閉音もする。金属を打つ鈍い音だって遠くにある。

 なのに、耳に残らない。余計な音が最初から存在しないみたいに、生活の音が“整列”している。


「……落ち着かない」

 カイが宿の前で肩を回した。

「静かすぎる」


「うるさくても文句言うくせに」

 レナが冷たく返す。


「うるさいのは嫌いだけど、静かすぎるのも嫌い」

 カイは真顔だ。

「ほどほどがいい」


「ほどほどで生きてきた顔じゃない」

 レナが容赦なく刺す。


 ユウは会話を無視して、路地の奥を見ていた。視線が固定されている。


「……来る」

 短く言う。


 俺も気配を拾う。

 近いのに、近づいてこない。

 隠れているのに、隠す気がない。


 影が一つ、路地から滑るように現れた。


 ミラではない。

 若い魔人だ。角は小さく、服装も地味。だが、歩幅と姿勢が“役目の人”のそれだった。


 距離が保たれている。

 こちらが不快にならない距離。

 こちらが襲えない距離でもある。


「失礼します」

 深く一礼。


 礼の角度が正確すぎる。

 王府の訓練を受けた者だと、俺でも分かる。


「用件は」

 フェリスが短く問う。


 若い魔人は一瞬だけ言葉を飲んだ。

 視線が彷徨うのは迷いではなく、“線の選び方”だ。


「……伝言です」

 声は落ち着いている。

「“戻る道”が整いました」


 その一言で、空気が変わった。


 強制じゃない。命令じゃない。

 ただ、選択肢を置かれた。


 それだけなのに――置かれた瞬間、選ぶ責任が生まれる。


 リィナが、わずかに息を吸った。

 驚きはない。

 “来ると分かっていた”顔だ。


「いつでも、ですか」

 リィナが言う。


「はい」

 魔人は頷いた。

「あなたが“帰る”と決めた瞬間に繋がります」

「期限も条件も設けません」


 カイが俺に小声で言う。


「な? 重いだろ」

「優しい顔して一番重い」


「優しくない」

 レナが即座に切る。

「合理」


「合理って便利だな」

 カイは口の端を上げた。

「嫌なこと全部押し付けられる」


 魔人は続ける。


「……追われてはいません」

「ただ、見失ってはいない」

「そういう意味です」


 この国らしい。

 捕まえない。だが見ている。

 縛らない。だが責任は逃がさない。


 フェリスが一歩、前へ出た。


「我々に条件は?」


「ありません」

 魔人は即答した。

「あなた方は、あなた方の線で動けばよい」


 “あなた方の線”。

 それはつまり、ノイズの在り方を試すということでもある。


 リィナの目が、ほんの少しだけ揺れた。


「……ありがとう」


 礼を言うのが自然な場面なのに、礼が重い。

 その言葉の先に別れがあるからだ。


 魔人は深く頭を下げる。


「以上です」

「どうか……ご無事で」


 最後の一言は、役目を外した温度が混じっていた。

 それを悟られないように、魔人は踵を返して去っていく。


 残されたのは沈黙。


 フェリスが言った。


「……急ぐ必要はない」

「答えは今日でなくていい」


 リィナは頷く。

 頷きの角度が、どこか“学んだもの”に見えた。


「うん」

「考える時間、あるよね」


「ある」

 フェリスは即答。

「決めるのはお前だ」


 その言葉が、この数日で一番あたたかかった。



 昼。

 俺たちは街を歩いた。


 ヴァル=カディアの市は、整っている。

 値段は明示され、取引は短い。争いが起きても、周囲は無闇に介入しない。

 線の外から見て、線の内で終わらせる。


 俺たちが歩くと、人の流れがわずかに変わる。避けられているというより、ぶつからないように“調整”されている。


「……昨日までの“異物”じゃない」

 ユウがぽつり。

「“観察対象”に格上げされた」


「格上げって言い方嫌だな」

 俺が苦笑すると、


「安心しろ」

 カイが笑う。

「格上げされても俺らの中身は変わらん」

「相変わらずロクデナシだ」


「自分で言うな」

 レナが刺す。


「仲間内の皮肉呼称、採用してくれてありがとうな?」

 カイがリィナを見てにやっとする。


「ありがとうって言ってない」

 リィナが即答する。

「……でも、嫌いじゃない」


「嫌いじゃないのかよ!」

 カイが大げさに驚く。


「嫌いじゃない」

 リィナはぷいっと横を向く。

「だって、悪口のわりに、優しいじゃん」


「優しくはない!」

 カイがすぐ否定する。

「俺はただのロクデナシだ!」


「訂正」

 レナが淡々と言う。

「“自称”ロクデナシ」

「本当にロクデナシなら、もっと被害が出る」


「褒めてる? けなしてる?」

 カイが混乱する。


「どっちも」

 ユウが即答。


 リィナが小さく笑った。

 でも、その笑いは風に紛れてすぐ消えた。


 市の外れ、触媒を扱う露店を見つけた時、リィナは足を止める。

 転移関連の小物。ダンジョン由来の、危険な香りのする道具。


 リィナの指が、無意識に動きかけて止まる。


「……欲しい?」

 俺が聞く。


「いらない!」

 即答。

「ぜったい!」


「強調しすぎ」

 カイがにやにや。


「だって、触ったら絶対ろくなことにならないもん!」


「自覚があるの偉い」

 俺が言うと、リィナがむっとする。


「偉くない」

「普通だよ!」


「普通は“触ったら暴走”って自覚しない」

 レナが冷静に追撃。


「うるさい!」


 その時。


 露店の奥から、ひとりの女が現れた。

 地味な服装。だが歩き方が違う。視線が研ぎ澄まされている。


(……ミラとは違う。でも同類だ)


 女の視線は俺たちを通り過ぎ、リィナで止まった。


 ほんの一瞬。

 驚きはない。

 確認。判断保留。警戒と、少しの安堵。


 そしてすぐ、視線は露店の商品へ戻る。


「……今の」

 俺が小声で言う。


「気づいたね」

 レナが頷く。

「扱いが変わってる」


「“重要かもしれない物”を見る目」

 ユウが短く言った。


「壊したら面倒、って顔だな」

 カイが笑う。


「その言い方やめて!」

 リィナがむっとする。


 フェリスが静かに言う。


「線を守れ」

「余計な動きをするな」


「……うん」


 その返事が、やけに素直だった。

 素直すぎて、俺は逆に胸がきゅっとなる。


(……もう答えに近づいてる)


 本人はまだ決めていないふりをしている。

 でも体は、心は、すでに方向を向いている。



 帰り道。

 街の端に差し掛かった時、リィナがふいに立ち止まった。


「ねえ」

 俺にだけ聞こえる声。


「ん?」


「戻るって、怖いね」

 リィナは笑って言った。

「……行くのが怖いんじゃなくて」

「戻ったら、自由じゃなくなる」


 その言葉が刺さった。


 自由。

 俺たちが欲しかったもの。

 俺たちが奪われたもの。


「自由ってさ」

 カイが背後から割り込んできた。

「選べるってことだと思うんだよ」


 リィナが驚いた顔で振り返る。


「聞いてたの!?」


「聞こえる声で喋ってた」

 カイは平然と言う。


「……うそ」


「本当」

 レナが淡々と追撃する。

「防音が甘い」


「なにそのダメ出し!」


 カイは歩きながら続けた。


「自由がなくなるって怖いだろ」

「でもさ、自由って“なくなる”だけじゃない」

「“守る側”になる自由もある」


 リィナは黙って歩いた。

 その横顔が、少しだけ大人びて見える。


 フェリスが言った。


「夜に話す」

「今日は、それでいい」


 リィナは頷く。


 戻る道は用意された。

 だが、戻る決断はまだ先だ。


 今はまだ、

 火を囲んで話す時間が残っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ