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異端(仮)  作者: vastum
分岐編
51/103

閑話

王は、待つことを選んだ


 玉座の間は、静かだった。


 広い。

 広すぎる、と王は思う。


 竜人王国ヴァル=カディア。

 この国を治める王として座るには、慣れたはずの場所だ。


 だが今日は――

 ただの父として、この空間が重い。


「……まだ、見つからぬか」


 王の声は低い。

 怒りではない。焦りでもない。


 抑えられた不安だ。


「はい」

 玉座の下で跪くのは、王府補佐官ミラ。

「確定情報はありません。ただし――」


「ただし」


「人族圏を抜け、国境付近で“似た気配”が確認されています」


 王は目を閉じた。


 ――やはり、か。


「転移か」

 独り言のように呟く。


「可能性が高いかと」

 ミラは慎重に言葉を選ぶ。

「ダンジョン由来の、不完全な暴走」


「……あの子らしい」


 王は苦く笑った。


 好奇心。

 探究心。

 危険への距離感の薄さ。


 すべて、王自身から受け継いだものだ。


「追うか」

 王は問う。


 それは、命令でも確認でもない。

 選択肢だ。


 ミラは即答しなかった。


「……追えば、連れ戻せます」

「ですが」


「だが?」


「殿下は」

 ミラは静かに続ける。

「“逃げた”ままになります」


 王の指が、玉座の肘掛けを叩いた。


 ――それだ。


 それが、王が一番恐れていること。


「……逃げたままでは」

 王は低く言う。

「戻ってきても、王になれぬ」


「はい」


 ミラは知っている。

 王が、娘に王座を望んでいることを。

 だが同時に――


「殿下は、まだ“選んで”いません」

 ミラは言った。

「王女であることも」

「国に戻ることも」


 沈黙。


 王は立ち上がり、玉座の間を歩いた。


 大きな窓。

 外には、ヴァル=カディアの街。


 魔人も、竜人も、亜人も。

 この国は混ざり合っている。


「……わしはな」

 王は背を向けたまま言った。

「この国を、力で縛った覚えはない」


「存じております」


「ならば」

 王は振り返る。

「娘も、縛らぬ」


 ミラは小さく息を吐いた。


「では、追わずに?」


「追う」

 王は即答した。


 ミラが顔を上げる。


「……矛盾しております」


「違う」

 王は静かに言った。

「“見失わぬ”だけだ」


 追いつかない。

 捕まえない。

 だが、見ている。


 それが王の選んだ答えだった。


「……ノイズ、という旅団」

 ミラが言う。

「殿下は、その者たちと行動を共にしている可能性が高い」


 王は目を細める。


異端旅団ノイズか」


 最近、報告書に頻繁に出てくる名だ。

 国にも属さず、だが破壊もしない。


「厄介だな」

 王は言った。

「……だが、悪くない」


「そう思われますか」


「わしはな」

 王はゆっくり言葉を選ぶ。

「娘に“安全な檻”を与えたいわけではない」


 ミラは黙って聞く。


「世界を見て」

「選び」

「それでも戻るなら」


 王は拳を握った。


「――その時こそ、王として迎える」


 ミラは深く頭を下げた。


「では、どう動きましょう」


 王は即答する。


「静かに」

「そして、必要以上に近づくな」


「……もし」

 ミラは躊躇いながら言う。

「殿下が、“戻らない”選択をした場合は」


 王は、一瞬だけ目を伏せた。


 だが、すぐに顔を上げる。


「それも選択だ」

「……その時は」


 言葉が、少しだけ詰まる。


「その時は、父として」

「ただ、生きていろと願う」


 王は、再び窓の外を見た。


 玉座は、空いている。


 だがそれは、失ったからではない。


 まだ、座る時ではないからだ。


「次に会う時までに」

 王は、誰にともなく呟く。

「立派になってこい」


 その声は、命令ではない。


 ただの、祈りだった。


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