第35話
露見するのは、名ではなく「扱い」
ヴァル=カディアに入って数日が経った。
歓迎されない空気には慣れたが、
“測られている”感覚には、どうしても慣れない。
「……なあ」
パンをちぎりながら、俺は言った。
「これ、ずっと続くのか?」
「続く」
カイが即答する。
「俺らが“害じゃない”って確定するまで」
「確定したら?」
「次は“使えるかどうか”だ」
カイは笑う。
「国ってそういうもん」
「夢がない」
レナが冷たく言う。
「現実的って言ってくれ」
リィナは会話に入らず、湯気の立つ杯を見つめていた。
この国に入ってから、彼女は少し静かだ。
(戻ってきた場所、なんだよな……)
それを口にするには、まだ早い。
⸻
市は今日も淡々としていた。
人も魔人も、必要な距離を守って動いている。
ぶつからない。干渉しない。
その中で、リィナが露店の一角で足を止めた。
転移触媒。
ダンジョン用の、やや高位のもの。
「……」
リィナの指が、無意識に動きかけて止まる。
「欲しい?」
俺が聞くと、
「いらない!」
即答だった。
「ぜったい!」
「強調しすぎだろ」
カイがにやにやする。
「だって、ろくなことにならないもん!」
「自覚はあるんだな」
レナが淡々と言う。
その時だった。
露店の奥から、ひとりの女が現れた。
地味な服装。だが歩き方が違う。
(……あ)
フェリスに近い匂い。
“立場を持たされる側”ではなく、
“立場を動かす側”。
女の視線が、リィナに向く。
ほんの一瞬。
だが確かに、測る目だった。
驚きではない。
確認。
そして――判断保留。
女は何も言わず、視線を外して買い物を済ませ、去った。
「……今の」
俺が小声で言う。
「気づいた」
レナが頷く。
「扱いが変わった」
「扱い?」
リィナが首を傾げる。
「“重要かもしれない物”を見る目」
ユウが短く言う。
「壊したら面倒、って顔だな」
カイが笑う。
「そういう言い方やめて」
リィナがむっとする。
フェリスが静かに言った。
「線を守れ」
「余計な動きをするな」
「……うん」
その返事が、やけに素直だった。
⸻
夜。
路地に入ったところで、ユウが足を止めた。
「来る」
逃げない足音。
隠れない気配。
呼ばれている。
「行く?」
カイが楽しそうに言う。
「行かない選択肢はない」
フェリスが答えた。
灯りの下に、昼の女が立っていた。
「異端旅団」
低い声。
「名は、ミラ」
「用件は?」
フェリスが問う。
ミラの視線が、リィナに向く。
だが、名も立場も口にしない。
「……その子」
一拍置いて。
「軽い立場ではない」
「そう感じた」
“確信”ではない。
あくまで、推測と確認。
リィナが一歩前に出る。
「無事だよ」
明るく言う。
「元気」
ミラは、その言葉を否定しなかった。
「ならいい」
「今は、それだけで」
フェリスが言う。
「我々は保護者ではない」
「偶然、同行しているだけだ」
「偶然でも」
ミラは淡々と返す。
「壊せば責任は生まれる」
「壊さない」
フェリスが即答。
ミラは頷いた。
「……公表はしない」
「確定していないことを、国は騒がせない」
その言葉で、立場が分かる。
分かってはいない。だが、無視もできない。
それが今の評価だ。
「帰る場所は、ある」
ミラはリィナに言った。
「だが、いつ使うかは――」
「わたしが決める」
リィナが答える。
ミラはそれ以上言わず、影に溶けた。
名はまだ伏せられている。
だが、
“扱い”は確実に変わり始めていた。




